異世界から本物の聖女が来たからと、婚約破棄と追い出された聖女は自由に生きます。

○あらすじ

「ヒーラギ、お前とは婚約破棄する!」

 十年間、聖女を勤めた伯爵令嬢ヒーラギ。異界から聖女が来たと婚約者の王子ローザンに、聖女十周年の舞踏会で婚約破棄されてしまう。
 聖女のお勤めから、ようやく解放されて自由になったヒーラギだったが。王族達は裏で、ヒーラギをこき使うとしていたのをヒーラギは知っていた。

「このままここにいたら、死ぬまで働かされる!」

 ヒーラギは舞踏会を抜けだし、伯爵家に帰った。
 久しぶり温かなベッドで眠り、美味しい食事を食べて、ヒーラギは違う国へと旅立つ。
 その旅の途中でケガをした子犬を拾う、その子犬との出会いがヒーラギの運命を変えた。

○キャラ

♢ヒーラギ・サーヘラ(18)

10年間聖女を務めたが、異界から新しい聖女が現れたと言われが、まだ使い道があるとして王家に捕まりたくなくて、隣の国に行く途中にブランと出会う。

♢ブラン・ゴルバック(?)

白狼 白いオオカミにもなれる隣国の第三王子(本当は第一王子)

♢スラ(?)スライム。ブランの相棒
♢ロン(?)エルフ。ブランの師匠

♢ヤンとリコ竜人族 

ヤンとリコは夫婦。リコにケガをさせたブランと義理の兄弟を恨んでいる
リコ・竜人族 ブランの兄弟のせいで目を怪我して、見えなくなった。

♢魔王
魔王嫁が人間に捕まっている。


♢ブランの父親と兄弟。

国王と第一と第二王族。ブランの母親の能力欲しさに政略結婚をした。戦争狂で人間の国へ戦争をふっかけ負けて、政略結婚をした王妃を差し出し、すぐ元恋人を王妃にした。

♢トール父さん。ブランのお父さん、もと近衛騎士、真面目。

♢ジジ母さん・元王妃。ブランのお母さん。白狼、明るい性格。ヒーラギが聖女になる前の聖女様。

♢ヒーラギの両親、金に目がない2人。

♢ギリシアン・サーヘラ(17)
ヒーラギの弟。1人で伯爵家と領地を守っている。

♢聖女アリカ(18)異界の少女。ある目的の為に呼ばれた女の子。

♢ローザン・カザール殿下 (23)
カザール国の王太子、異界の少女に一目惚れをして、ヒーラギを聖女から解任した。

1話

 ローソルト大陸にある、緑豊かな小さな国カザール。

 この国の近隣に、濃い瘴気が発生するズローの森がある。その森に住む動物達は森で発生した瘴気にあたり、魔物化してカザール国の国民を襲った。

 異常事態に国民は神に祈り、神様は願いを聞き入れ――のち、神に選ばれし聖女が生まれた。
 神に選ばれた聖女の祈りがカザールの国土を覆う結界を張り、魔物達から守ったのが始まりとされている。

 それ以降、カザール国は聖女が祈りを捧げ、張った結界により魔物から守られている。聖女なしでは成り立たないカザールだが……。

『神が異界より聖女を送りくださった』

 数ヶ月前、長い艶やかな黒髪と黒い瞳を持った女性が、この地に現れる。その異界の女性は麗しい見た目と、癒しの力を持っていた。常日頃、現聖女が気に食わないこの国の王子、ローザンは異界から来た女性に恋をして彼女を聖女と呼び。

 そして。

 今宵開かれた聖女十周年を祝う舞踏会で、その王子――金髪碧眼のローザン・カザールは黒髪、黒い瞳の異界の聖女アリカを連れて舞踏会へと現れて、現聖女の私に指をさして。

「いいか、よく聞けヒーラギ嬢! 長年の聖女活動ご苦労だった……だが、我が国にも新しい聖女が現れた。貴女の聖女の力はこの国には必要なくなったのだ……僕と婚約を破棄してもらおう!」

 と、若芽色の長い髪と琥珀色の瞳、伯爵令嬢ヒーラギ・サヘーラに婚約の破棄を告げた。だが私は驚く事も悲しむ事もせず……少しだけ口に笑みを浮かべ。

「そうですか……謹んで、婚約の破棄を受けたわまります」

 深く頭を下げて、舞踏会の会場を後にしたのだった。



 +



 婚約の破棄後。私はカザールの王都から離れた、伯爵家の屋敷に十年ぶりに戻ってきた。だが連絡もせず、いきなり戻った私を出迎える者はなく、とうぜん寝る部屋もないかな。

(両親には会いたくないけど、弟と使用人は……もう、夜も遅いから勝手にさせてもらうね)

 とりあえず空いている部屋を見つけて、お風呂にゆっくり浸かり、フカフカなベッドに潜り込みグッスリ眠った。

 翌朝、カーテンの隙間から入る朝日で目を覚ますが、ベッドに潜り再び二度寝を楽しむ。国の為に朝の祈りをしなくてもいいし、寝坊しても文句を言う人が"ここ"にはいない。

「んん、最高の朝だわ!」

 まったり二度寝後。私はのんびり鼻歌を歌い持ってきたトランクケースから、唯一持ってきた水色のワンピースに着替え。
 朝食をとりに食堂へ向かう前、厨房で働くコックにあるものを頼み、出来上がりを今か今かと待っている。

(十年ぶりに会うから「誰だ!」って言われるのかと思ったけど覚えていてくれた……「ヒーラギお嬢様おかえりなさい」とも言ってもらえた)

 これも新しい聖女様のおかげ。王子達に理不尽なことを言われ、大変な目にもあったけどすべて解放された――私は自由になったのだ。

「失礼します。ヒーラギお嬢様、頼まれたものが焼き上がりました」

「ありがとう。うわぁ、いい香り!」

 コックが今テーブルに運んできたのは『ふわふわパンケーキ三段の、たっぷり果物乗せ』私は久しぶりの甘ったるい香りに、喉がゴクンと鳴らしてお腹もぐうっ〜と鳴った。

「ごゆっくり、お召し上がりください」
「ありがとう、いただくわ」

(ほんと、いい香り……今日から、これを辛抱しなくていいなんて幸せすぎる)

 出来立てで、フワフワなパンケーキに蜂蜜をたっぷりかけても、バターを多めに乗せても、小言を言われない幸せに微笑み。パンケーキにナイフをスーッと入れ、一口の大きさに切りパクッと食べた。

(ん! んん〜口の中が幸せ〜)

 忘れかけていた蜂蜜の甘さと、バターのコクと塩っぱさ。私はゆっくり咀嚼して、ゴクリと飲み込んだ。

「甘くて、美味しい〜」

 あまりの美味しさにお行儀悪く、フォークとナイフを持ったままテーブルを叩き、テーブルの下では足をバタバタさせた。

「これよ、これを私は待っていたの! フワフワに焼き上がったパンケーキに濃厚な蜂蜜と、バターが染みておいひい。付け合わせの桃と葡萄、苺も最高だわ!」

 楽しげな朝食を取る私の元へドタドタと足音をさせ、忙しなく食堂に入ってきた人物は、テーブルでパンケーキを食べる私を見つけると名前を呼んだ。

「ヒーラギ姉さん!」
「どうしたにょ、ギリシニャン?」

 パンケーキを口いっぱいに頬張って、リス、ハムスターの様に頬を膨らませた私を見た、弟のギリシアンは呆れた表情を浮かべた。

「まったく、ウチの料理長が作る、フワフワパンケーキが美味しいのはわかりますが。そのリスの様に膨らんだ口の中を食べてからお話しください……お行儀がわるい」

「なによ、先に話しかけてきたのはギリシアンなのに」

寝 それに、久しぶりの兄弟の会話がこれ?
 私がムスッとしたのが、わかったのか。

「淑女は顔に出して怒らない」

「ほっといて、人の朝の至福のひとときを邪魔した訳は何?」

「至福? そうでしたかすみません。ですが……執事から話を聞きました」

「そう」

 執事のユッカに伝えておいたことを、弟に話してくれたのね。私はフウッとため息を吐き、パンケーキを口に運んだ。



 +



 執事に話したのは昨夜の舞踏会なことだ。
 弟は真剣な面持ちで話し始める。

「なんでも、異世界から来た女性を新聖女と呼び。お姉様の聖女として十周年記念の舞踏会でローザン王太子殿下が、ヒーラギお姉様に婚約の破棄を言ったのは本当なんですか? 僕は執務の仕事が終わらず、舞踏会に行けなかったので……」

 ――舞踏会に来られなかった?

 両親が遊び呆けているせいね。
 屋敷に戻って見れば……十年前は大勢いた数名しかいない。その残った使用人と弟は私が聖女になってから、領地などの執務の仕事をやる羽目になっている。

 だけど、右も左も分からない子供に領地経営なんてできない。いまの今まで、お父様についていた執事のユッカ、メイド長リリーヌ夫妻、料理長で、なんとか今まで乗り切ってきたようだ。

 今、弟の身の回りをしてくれるメイドが、ユッカとリリーヌの子供ね。

「……ギリシアン、大変だったねぇ」

「えぇ、ユッカとリリーヌ、ララ、ソルア料理長のお陰です。じゃなくて、昨夜の舞踏会はヒーラギお姉様の聖女十周年を祝うための、舞踏会ではなかったのですか?」

「…………モグモグ」

 何も言わずパンケーキを口に運ぶ、私に弟はもう一度「婚約破棄は本当ですか?」と聞き、反対側のテーブルに着き、メイドのララを呼び朝食を頼んだ。

 でも良かった。婚約破棄なんて知ったら煩い両親がいない。あの二人にバレると面倒そうだから、婚約破棄の話が彼らの耳に入る前、私は消えてしまおうと思っていた。

「……ヒーラギ姉さん?」

 ローザン王太子殿下と私の婚約破棄は本当の話だし、弟に現状を話してもいいか。バターを塗り、蜂蜜たっぷりをかけパンケーキに食べた。

「ギリジアン、婚約破棄は本当の事よ。ローゼン王太子殿下は異世界から来た、新聖女アリカと結婚するんですって。昨夜、国王陛下と王妃、周りの重役の貴族達、騎士団長、副団長もアリカが新聖女だと、昨夜の舞踏会で認めたわ」

 ギリジアンは食事の手を止めて、眉をひそめた。どうやら、私のことを心配してくれているようだ。

 心配しなくても平気……王太子殿下との婚約破棄の話は、噂好きのメイド達が話しているのを聞いて知っていた。

 でも問題はその後だった。

 国土を覆うほどの結界を張れる、聖女の力がアリカになかった場合。見目の良いアリカはそのまま聖女を名乗らせて、裏で私をこき使うという恐ろしい計画を聞いてしまった。

(ヒィ⁉︎ このままだと私は国に飼い殺される)

 逃げるなら婚約破棄される舞踏会の日だと決めて、荷物をせっせとまとめて、婚約破棄の後すぐ王都を出てきたのだ。

「ヒーラギお姉様、お辛いでしょう……なんて言ったらいいのか分かりませんが……元気を出してください」

「ありがとう。でも、心配しなくても大丈夫よ。まぁ王城の書庫に通えなくなるのは少し寂しけど、好きでもない人と結婚しなくていいし。毎日、祭壇でお祈りをしなく良くなったのよ。ようやく肩の荷が降りたわ」

「そうですか……それはよかったのですが。これから、どうするんですか? この屋敷に残るのですか?」

「屋敷には残らないわ。それに行き先はもう決めてあるの」

「え?」

「ギリシアンは覚えているかしら? 国境近辺にウチが保有する、別邸があったわよね。そこで本を書いたり読んだり、困った人を助けて美味しい物をたらふく食べて、ゆっくりしようと思っているの」

「そこには、いつ出発するんですか?」

「今よ、いまから出て行くわ。料理長、パンケーキごちそうさま!」

 パンケーキを全て平らげて、私はトランクケースを握った。これから、なにを自由に食べてもローザン殿下に口うるさく言われない。

 殿下は私に関心がなさ過ぎて知らないでしょうが、魔力は使えば使うほどお腹が空くのって、あの方に何度言っても、信じてくれなかったなぁ。

 だかと、元々ローザン殿下の事は好きじゃなかったから、せいぜいする。

「そうだ、ギリシアン。しばらくしたら、国から昔使っていた私の口座に慰謝料が入ると思うわ。それを使って領地経営を……ユッカとリリーヌ、ララ、料理長とでやってね、ごきげんよう!」

 私は革製のトランクケースを手に持ち食堂を手で行こうとする、私にギリジアンは声をかけた。

「ヒーラギお姉様、お気を付けて」

「えぇ、あなたもたまには休みなさい。……体には気をつけるのよ。落ち着いたら手紙を書くわね」

 笑顔で弟に手を振り、伯爵家を後にした。



 +



  私、伯爵令嬢ヒーラギ・サーヘラ十八歳は、カザール国の元聖女で、第一王子ローザン・カザールの元婚約者だった。

 どうして、私が聖女に選ばれたのかと言うと。

 十歳の時に弟、ギリシアンが負った大怪我を泣きながら、必死に治そうと何度も何度も手をかざしたとき、聖なる力でキズを癒してしまった。

 私はそのとき反動で気絶して、そのときことを全く覚えていないのだけど……あっ、という間に痕も残らず、綺麗に弟の傷を癒やしたらしい。

 私の力を知った両親は『娘に奇跡の力』が宿ったと、一番は金になると大喜びした。――そして舌の根が乾かぬうちに『うちの子に神から奇跡の力を授かった』と、招待された社交界に出ては、私の自慢話を貴族達にして回った。

 その噂は国中に広がる。

 人々は五年前に亡くなった、大聖女様の後継者が生まれた。
 新しい聖女が国に誕生したと喜び。
 それは、それは国中から、奇跡の力を求めて伯爵家の領地に人々が押し寄せた。

 当時、十歳の私には毎日、朝から晩まで癒しの力を使うのは困難だった。『体調が悪くて無理です』と両親に言っても話を聞きいてれくれず。

 決まって。

『ヒーラギ、癒やして差し上げなさい』
『癒しは貴女しかできないのよ』
『素晴らしい力は使わなくてはね』

 と、言うのだった。

 叩かれるのが嫌な私は『……はい』と言うしかなく、両親に言われるまま訪れた人の怪我を治した。後で知った話なのだけど……両親は治療のお礼として金品、お金、宝飾品、鉱山を受け取っていた。

 奇跡の力で多額の金が手に入ると分かった両親は……癒す対象が金持ち、貴族達になり、お金のない者は追い返していた。
 こうして、サンドリア伯爵領にどんな傷でも癒やす、娘がいるという噂は王都に届く。

 五年前に亡くなった大聖女が張った国土を覆う、結界が薄くなってきていた。国は森に瘴気が溢れ、魔物化した魔物が増えてきていた。

 この噂を知った国王は聖職者たちに命令した『なんとしてもその娘を、新聖女として向かい入れろ!』と。

 命令を受けた聖職者達はサンドリア伯爵領まで訪れ、聖女は国には必要だと両親を説得し。渋る両親に一生遊んで暮らせるだけのお金を見せた。

 余の金額の多さに両親は陛下の頼みならと快く、私を国に売った。国王陛下はすぐ、新聖女がカザールの国に誕生したと国民に知らせ、聖女として私を王城の離れに住まわせた。



 早朝五時。

『聖女様、お祈りの時間です』

 聖職者達は大聖女様が行っていた、毎朝五時から祭壇で祈りを一時間、昼に二時間、夜に一時間、カザール国のために祈りを捧げさせた。祈りと言っても大聖女が張った国土を覆う結界を補強するだけ。

 最初は出来ないと思っていた、結界の強化が私に出来てしまった。

 それから毎時間祈りを捧げないと、食事が貰えず食べられない。少しでも寝坊をすれば、引きずられて祭壇に座らされた。彼らは両親のような、暴力は振るわれなかったけど、祈りは強要させられた。

 それには訳がある。

 1つは森の動物達の魔物化。
 もう1つはカザール国の近辺には魔王が収める、ジュストラルクという魔族の国があった。古代歴史書によれば三百年前に勇者が冒険者仲間と魔王を倒して、ジュストラルク国は滅びたと記されていた。

 魔王がいないと安心したのも束の間――最近、新しく魔王が誕生したらしく、静かだったジュストラルク国は勢力を増した。この国の平穏な日常が終わる。
 魔族たちは瘴気を放ち隣接するズロー森の近くの、サタナの森を超えてカザール国に攻めてきたのだ。

 魔物におびえた国王陛下は『聖女、聖女様のお力をお貸しください』と、当時十二歳になったばかりの私に願った。


 +


  今思えば当時の私は真面目過ぎだった。
 朝の祈りのあと、書庫で本を読み昼の祈り、そして書庫、夜の祈りの時間――こんな毎日を王城の離れで過ごしていた。

 しかし、まわりが聖女の力を誉めてくれたのは初めだけ、何年も続けば人は慣れてしまい、傷を癒すのでさえ当たり前になる。

『お疲れ様でした、次の祈りの時間までお寛ぎくださいませ』

 最初はご機嫌取りなのか。庭園で開かれるお茶会などに呼ばれていたけど、時期にそれもなくなった。私が文句をひとつも言わず、言われた事を従順に従ったからだろう。

 それに、祈りも慣れて仕舞えば苦痛じゃなくなった。
 ただ与えられた聖女の力で、国に張られた結界を補強するだけの、毎日を過ごせばよかった。だが、魔物の動きが活発になり瘴気が森に充満してきた。

『お前の聖女の力を騎士団達にも使ってやれ』

 瘴気を祓うためローザン――ポンコツ殿下の指令で騎士達の遠征に着いて行くことになり、魔物と戦い傷付いた騎士の傷も奇跡の力で癒した。

 切り傷、引っ掻き傷、骨折、一番難しいのは手足の再生だ。書物で体の仕組みを理解して、立体に想像しながら癒やさないと再生できない。私は書庫で本を読みポンコツに気持ち悪いと言われながらも、手帳に絵を描き、体の仕組みを頭にたたき込んだ。

 魔法に至ってもヒール、広域回復魔法、聖魔法……覚え出したらキリがないし魔力も足りない。自分自身でも使用する回復薬にも関心を持ち、魔術師に錬金術を学びポーション作りにも参加した。森に生えている薬草だけで、回復薬が作れるとも知った。

 やれる事はやり、知ったことは全て手帳に書き留めた。

『いくらでも娘をお使いください』

 伯爵家に跡取りの弟もいるからかと、両親はお金さえ貰えれば何も言わない。そして十五歳――成人をむかえた時、私の知らないところで国王陛下と両親は制約が交わして、私はローザン殿下の婚約者になっていた。

 ――あんなにも、ローザン殿下には嫌われているのに。

 初めは――こちらから歩み寄ろうと開いたお茶会でも、舞踏会のエスコートでさえ一言も話さず、目も合わない……口を開けば冷たい言葉、暴言ばかり、そんな人を私も好きになれなかった。

『また、騎士団の遠征について行けと言うのですか? ローザン殿下はどうなさるのですか?』

『僕は私用があってな。君は聖女だ一人でも多くの人を助けたいだろう? 気を付けて行って来るがいい』

 十六歳になり私は知ったのだ。
 騎士達が命をかけて魔物と戦うなか。王子は他の令嬢を招待して茶会を開き、のほほんと王城で待っていたことを……。

 そして私を毎回遠征に行かせる彼の魂胆も……ローザン殿下は遠征で、私が魔物に襲われ怪我をすればいいと思っていたと、彼の専属のメイド達の世間話から知った。

 遠征から騎士達と無事に王城に戻り、宴の舞踏会で私が陛下、王妃、貴族達に賛辞を述べられると嫉妬して睨みつけていたものね。

 決まってローザン殿下は『断じて、お前の力のおかげではない!』と、私に言い放った。

 私が聖女の力で活躍すればするほど、ローザン殿下は私に意地悪をした。例えば舞踏会でダンス中に足を引っ掛ける、庭園で散歩途中に突き飛ばされる、遊びだと言って笑いながら真剣を向けられたこともあった。

 逃げたくても逃げられない、そんな時にアリカが異世界からこの国にやって来た――彼女は私とは違う可憐な乙女。殿下は直ぐ綺麗な黒髪の可憐なアリカに、夢中になった。

『聖女アリカにもヒーラギと同じく癒しの力があった、カザール国に聖女は二人もいらぬ』

『ヒーラギさん、あとは本物の聖女のあたしがやるから。あなたは出ていってもいいし。どうしてもと言うのなら、ここに残ってもいいわ』

『いいえ、後のことはホンモノの聖女様にお任せいたします』

 聖女としての役目は終わった……こんな場所から出ていける。少しずつ荷物をまとめて、書庫で必要な本を借りメモにとり、着々と出立の準備を始めた。

 新聖女としての、アカリのお披露目の舞踏会。
 ローザン殿下に『お前とは婚約破棄だ!』と言われたとき、余りの嬉しさに小躍りしそうだった。

 だけど、これは表向きの発表で。その裏ではまだ利用価値があるとして。私をどうにか引き止めようとする、力が動き始めている事を知っていた。

(ヤツらに捕まりたくない)

 私は婚約破棄の後に黒のレースで顔を隠し、準備していた荷物を持って、城から姿を消したのだった。



 +



  伯爵家を出て別邸に向かう私は、行商帰りのおじさんが操縦する、荷馬車の御者席に乗せてもらいゆったり畑道を移動していた。ちなみに持ってきたトランクケースは、おじさんのご好意で荷台に乗ってせもらっている。

 どうして、こうなったのかは遡ること数時間前。屋敷を出て、トランクケースを手に持ち畑道を歩いていた。

「お、ツユユクサ見つけ」

 この薬草って解熱とか下痢止めになるのよね。こっちのオバコは腫れ物に効くのよ。ラッキー、と道草を食いながらのんびり進んでいた私の目の前に道端で、荷馬車を止めて唸るおじさんを見つけた。

 私は何事かと駆け寄り話しかけた。

「どうかされました?」

「ん? あぁ家に戻る途中で腰をやっちまってね、痛みが引くのを待っているんだ」

 イテテと、顔をしかめて痛そうなおじさん。
 私は見捨てることができず辺りを見渡したあと、おじさんに再度、話しかけた。

「よろしければ、私が治療しましょうか?」

「治療? お嬢さんにそんなことができるのかい?」
「はい最近まで、王都で治療師をやっておりました」
「治療師? ……そ、それじゃ、頼むよ」

(ふぅ、どうやら私が元聖女だと、おじさんには気付かれいないみたい)

 多分あれでかな?

 つねに聖女パレードのとき殿下に顔が貧相だと言われて、毎回黒いベールで顔を隠していた。だけど、後々のことを考えて治療師だと、おじさんに伝えた。

「今から、腰を治しますね【ヒール】」

 私はおじさんの腰に手を当てて、回復魔法を使い腰を治した。すぐに痛みがひき、動けるようになったおじさんは喜び。お礼だと言っておじさんが住むアース村まで、荷馬車に乗せてもらえることになったのだ。


「ほんと、助かります」

「いいや、お礼を言うのはオラの方だよ、ありがとう。お礼と言っちゃなんだが……母ちゃんが朝飯にと握ってくれたオニギリ食うかい?」

「おにぎり?」

 首を傾げた私に。

「なんだ、嬢ちゃんはオニギリを知らないのか? 王都ではまだ米は食べられないのか……うまいのにな」

 おじさんに米というものを炊いて、握ったオニギリを貰った。

「いただきます」

 王都の外では米がパン、麺類以外の主食らしい。
 知らなかった――聖女は慎ましくと言われて、食事は固いパンと少しの野菜入りの味の薄いスープだけだった。

「オニギリ、美味しい」

 おじさんに貰ったこの米は噛めば噛むほど、甘くモチモチしていた。ん? おにぎりの中から出てきた赤いものはなに? ――すっ、酸っぱいけどこの酸っぱさが美味しい。こっちはしょっぱいお魚? この茶色いものは噛めば噛むほど味がでて美味い。

「ハハハッ、無我夢中でオニギリを食べているな。そんなに美味いか?」

「はい、とても美味しいです。このオニギリの中からでてきた赤い食べ物は何ですか? あとしょっぱいお魚と、茶色い物も」

「ああ、それはな東の大陸で採れた梅を漬けた梅干しで、魚はシャケの塩漬けを焼いたもので、鰹節を醤油で和えたおかかのオニギリだな」

「梅干し、シャケ、おかか……初めて聞くものばかり。どれも美味しくて、おじさんのオニギリを3つも食べてしまいました」

 おじさんは笑って『いいよ』と言ってくれたけど。
 何かな足しになればと持ってきた、殿下から貰った悪趣味なアクセサリーをお礼に渡した。おじさんは初め高そうだからと驚いていたけど「母ちゃんへのプレゼントにする」と言って受け取ってくれた。

 困ったときに、売ってもお金になるからいいだろう。

「お嬢さん、ここがアーク村で、これがオラんちだ。ちょっと待っていてくれ」

 おじさんは荷馬車を降りると、外に私をまたせて家に入っていき。次に来る時には手に大きな肩掛け鞄を持っていた。

「これ母ちゃんからのお礼だ、このまま持っていってくれ」

 中を覗くとお肉、野菜などが入っている。

「こんなに沢山の食べ物と鞄まで貰っていいんでか? ……あのお礼に私ができる事ないですか? 治療しかできませんが」

「うーん、それなら村のみんなにも声かけてくる」

 おじさんの声掛けで集まった村の人達を。私が癒せば癒すほどお礼にとお野菜、パン、おにぎり、果物を貰い。革製の肩掛けカバンの中身は、治療が終わる頃に食べ物でパンパンに膨らんだ。

「たくさんの食べ物、ありがとうございました」

「こちらこそ、村のみんなの怪我を治療してくれてありがとう、気を付けて行くんだぞ」

「はい、ありがとうございました」

 お礼を言って村を後にした。
 村のみんなのお礼の品で荷物は増えたけど平気だ……騎士団の遠征について回っていたから体力には自信がある。
 誰も荷物を運ぶ手伝いをしてくれず、回復薬、薬などの荷物は自分自身で運んでいた。

 村を出て国境付近の別邸まで、貰ったパンにチーズを挟み食べながら。王都の外はこんなにも綺麗なんだと、忘れかけていた景色を眺めてのんびり歩いていた。

 あれが、おじさんが言っていたコメが採れる田んぼかな? とよそ見をしていた私はムニッと足元に落ちていた、白いふんわりした物を踏んだ。


2話

 私にムニッと踏まれた白いフワフワは『キュウン』と力なく鳴いた。

「……ひゃっ、え、だ、大丈夫?」
「キューン」

 私が踏んでしまった白いフワフワは――子犬。その子はお腹に怪我をしていて苦しげに息をしていた。犬同士の争いに負けたのか、はたまた猫にでも負けたのかな。

 この子のキズを治そうとして触ろうとした私に、子犬は唸り声をあげて威嚇した。だけど、この道はいつ馬車、荷馬車が通るわからない畑道だ。

「お願い、私にあなたの怪我を直させて」
「キュー、キュー」

 やめろと言わんばかりに触れば嫌がり、暴れる小さなモコモコを無理やり抱き上げて、道外れの木陰で聖女の癒しの力を使いお腹のキズを治す。

「キュ?」
「大丈夫だよ。直ぐに、君のケガはよくなるからね」

 でも、この子のお腹のキズは鋭い爪のようなもので引き裂かれていて、キズを治すときかすかに瘴気を感じた。

 騎士団でも、魔物のキズを直すときに感じたことがある……この子は犬や猫ではなく魔物に襲われたんだ。


「うそ?」


 カザール国の結界が薄れてしまった? 私は空を見上げ結界を確認したけど、結界がまだ薄れた気配はなかった。

(よかった……新聖女のアリカが祭壇で、祈りを捧げたのね)

「キュ?」
「キズは治したから、動いても大丈夫よ」

 ケガが治った子犬はクリクリな瞳で、キュンと可愛く鳴いた。

「他に痛い場所ない?」

「キュン」

「ないのか、よかった。お腹すいていない? チーズを挟んだパンを食べる? 私の食べかけだけど……」

「キュン、キュン」

 食べると鳴いたのでパンをちぎって渡すと、美味しそうにかぶりつき、よほどお腹が空いていたのか子犬は一瞬でパンを平らげた。

 ――おお、この食べっぷりは私と同じ食いしん坊かもしれない。食いしん坊仲間の発見に喜んでいたら、子犬は残りのパンにもかぶりついた。

「あ! 君もよく食べるね。私にも少しちょうだい」

「キュン」

 残りのパンは半分こにして、仲良く食べてしまい。次におじさんに貰った桃をカバンから取り出して、携帯ナイフで小さく切って渡すと、子犬は美味しそうに食べてくれた。

「桃、美味しい?」
「う、美味い、もっとくれ!」


「いいよ、って、え? ……ええ⁉︎」


(この子、人の言葉を話した?)

 人と同じ言葉を話した……もしかすると、この子は精霊か魔物かもしれないけど、この子に帰る家がなかったら私の話し相手に連れて行きたい。その為に、この貰った桃をたらふく食べさせて……と、思ったのだけど、この子よく食べる。

 子犬用にと剥いた桃が足りなかったみたいで、私の桃も欲しがった。

「ダメ、これは私の桃です!」
「いいや、俺のだ」

 食いしん坊同士の取り合いの末、一口残った桃を食べようとした私に飛びついた子犬の口と、私の口がチュッとくっ付いた。
「きゃっ!」初めてを子犬に奪われた……だが、子犬は焦る私の口元をペロッと舐めた。

「お前の唇、桃のように甘いし、なぜだかわかないが俺の魔力が回復する」

「魔力が回復? って、こら! 私の口を舐めないで、離れて!」

 と、出した手もペロッと舐めて、子犬は徐々に大きくなり……150くらいの私よりも身長が高く、短い白銀の髪と琥珀色の瞳の男性に変わった。

 そして、人型になった彼は自分のお腹をペタペタ触り、声を上げる。

「スゲェ、魔物に受けた傷がどこにもない、傷痕もなしに綺麗に治っている」

「こ、こ、子犬が、人の姿になった……?」

 この子は精霊でも、魔族でもなく獣人?

 そう言えば書庫の書物で魔族国の他に、カザール国の隣国には狼が収める、獣人の国があると本で読んだことがある。だけど彼らは人間を嫌い、憎み国境は開いていないから図鑑でしか見たことがなかった。

 彼のフワフワな耳と、フンワリな尻尾……可愛いけど、この人は裸だ、全裸だ!

 私は彼の裸を見ないように後ろに向いた。……でも私は成人男性の裸は騎士団で慣れてる。騎士の彼らは全然気にせず、天幕を張ったキャンプ地で鎧を脱ぎ裸で歩く。

 最初は子供だった私が大人になっても、彼らは同じだった。

「そこの女! 俺の腹のキズをどうやって治した?」

「どうやったって……普通に治療しましたけど……」

「嘘つけ! あれは魔物に受けた瘴気を纏ったキズだ……普通の癒しでは治らない!」

 しまった……彼に私が、聖女だったことがバレてた?
 私は彼に捕まって、王城に連れていかれて閉じ込められる。そして、騎士団の遠征に着いて行けと言われて、ケガを治せと言われる?

 どれだけ祈っても、キズを治しても……周りは。
 お前は聖女なのだから当たり前だと言ったし、私は文句を1つも言わずに今までやってきた。

 新しい聖女が来て……私の力は要らないと言われて、私の役目は終わった。やっと外に出られて自由にもなれた。
 なにをしてもいいし、好きな物だって食べてもいい。

「…………」

「お前、顔色が悪いが平気か?」

「いや、近寄らないでぇ、私は絶対に王城なんかに戻らない!」

「ハァ? 王城? ち、違う! 俺はお前を捕まえにきたんじゃない、お前の力を借りたいんだ……お前は聖女なんだろう?」

 裸の男は私にそう言った。



 +



「あの服を着るか、子犬の姿に戻ってください」

「子犬? 別に俺はこのままでいいが? ……あ、そうか、人間はいつも服を着ると師匠が言っていたな」

「そうです、服を着てください。話はそれからです」

 獣人の男性が私の後ろで、なにかしらの魔法を使ったのがわかった。そして「着替えた」の声に振り向くと、彼は外套とチュニック、皮の肩掛け鞄といった、旅人の様な服を身に纏っていた。

 この人……今まで私の近くにいたどの男性達よりも美形だ。その姿にモフモフの耳と尻尾がくっ付いて、ますます魅力的に感じた。

「これでいいか? それで、お前は俺に力を貸してくれるのか?」

「お前ではありません。私はヒーラギといいます、そうお呼びください」

「わかった、ヒーラギ――あなたの聖女の力を貸して欲しい」

 彼は地べたに片膝を着くと胸に右手を当て、深深く私に頭をさげた。この仕草は王族、貴族の男性がする礼だ……この人はもしかすると、獣人の国の王族か上級貴族?

 ここは用心深くいかないと、今度はこの人の国に捕らえられるかもしれない。

「あなたの国が、なぜ? 聖女の力が必要なのか聞いてもいいですか?」

 彼の瞳を真っ直ぐ見つめながら聞くと、コクリと頷いた。

「俺達、獣人の国はいま魔物と交戦中なんだ。父上、兄上、騎士達は傷付きながら……今も魔物と戦っている」

「ま、魔物と戦っている……?」

 魔王が復活したの?

 私が騎士の遠征について行ったときは、まだ魔王が復活したとは確証が出来なかった。その遠征からは数ヶ月は経っているから、彼の言っていることは本当なのかもしれない。

「……俺は作り置きしていたポーションを使い、仲間のキズを癒して魔法で瘴気を払っていたんだ……だがポーションの在庫が切れ、瘴気を払える魔力も底をついた」

「……!」

 この人、瘴気が払える?
 相当な魔力の持ち主なのね。

「……ヒーラギ、このままでは国は落ち、ほかの亜人領にも魔物が攻め込んでしまう。人間が苦手だとか嫌いだとか、今はそんなこと言っていられなくなった。人間の国にいる聖女の力が必要なんだ……」

 頼む! と彼は深く頭を下げた。

 彼の話が本当だとしたら獣人達の戦力、ポーション、魔力、全てが切れれば獣人の国は魔王の手に落ちる。落ちて仕舞えば瘴気に満ちた国へとなる。

 ……ゴクッ。

 私とて瘴気に満ちた国が、後々どうなるかまでは知らない。

「噂で、人の国に素晴らしい聖女がいると聞いた……その癒しの力はホンモノだと。だから俺は残りの魔力を使い、この国まで聖女の力を借りに来た。まあ、来る途中の森で魔物に襲われて、腹に怪我をしちまったけどな……ハハッ」

「笑い事ではないわ! だったら……王都から離れたこの場にいるのですか? カザール国の聖女はアリカ様です。あなたはその方に助けを求めたのですか?」

 その、アリカ様の名前に彼は眉間に皺を寄せた。

「アリカ? 昨夜の舞踏会で聖女だと紹介された、あの女性か……あの方は聖女で癒しの力はありそうだが……瘴気まで払う能力はない」

(え? 嘘……)

 お会いしたとき、確かに彼女から私とは違う感じがしたけど……聖女の力は感じた。だけど、彼の話が本当なら……アリカ様の癒しの力は最強でも魔物に受けたキズは厄介だ。体に受けた瘴気を祓わずしてキズを治しても、すぐにキズは復活してしまう。

 私は騎士団の遠征て嫌っていうほど、彼らを癒してきたからわかる。忘れないよう、手帳にもしっかり記した。

 一度だけ――アリカ様にお会いしたとき、書き記した手帳を渡そうとしたけど。アリカ様は笑いながら『必要ないわ』と言って、情報のやり取りは出来なかった。

「昨夜の舞踏会で婚約破棄されたベールの女が、本物の聖女だ! ……彼女は王城を出たすぐ膝を突き祈りを捧げた。そのときに見えた神々しい光と、緑色の髪と琥珀色の瞳、風が届けた薬草の香り……アレはポーションに使う薬草の香りだった」

 彼に昨夜のアレを、彼に見られていたのね。
 私は王城を立つ前、数日間持ちこたえるように結界補強をした。

 ――ただ、この国の人々を思って。

3話

「祈りを終えると、その女性は王城から馬車に乗り去っていった。あとを追いたかったが、肝心なときに腹のキズが開き動けなかった」

 と、腹をさする彼はキズを治すだけで、瘴気を払う力が残っていなかった。私を闇雲に探して道端で力尽きたの?

「あなたは私が見つからなかったら、どうしていたの?」

 その問いに彼はあっけらかんと、笑って答えた。

「ん、わかんねぇ。でも俺はこうして聖女に会えた、運がよかった」

「運が良かったって……」

「だってそうだろう? 俺の腹のキズが治って聖女には会えた……いやぁヒーラギが人々を思いやれる聖女でよかったよ」

 ――え?

「わ、私が人々を思いやれる聖女? 王城から役目を放り出してきたのに?」

「役目を放りだしてか……クックク。ヒーラギ、ここに来るまで荷馬車にも乗ったが、ゆっくり徒歩で移動していただろ?」

(どうしてそれを知っている? もしかして、彼は私をずっと見ていた?)

「そんなの、た、たまたまよ……たまたま移動手段がなかっただけよ」

「嘘だな、魔力を持つ俺にはわかる。ヒーラギの先回りをしようとして、ここで倒れて動けなくなった俺は温かな魔力を感じた。土地の浄化と作物の実りを願う、温かな魔力が移動してるってな」

 温かな魔力? そんな大したものじゃない。

「違う! 私は自分が悪者になりたくないだけ、私が祈りを止めたせいでこの土地が枯れたって言われたくない。王族、上級貴族たちはどうなってもいいけど……誰だって悪者になりたくないじゃない」

「ケッ、なるわけないだろう! ヒーラギはこの国に何年も祈りを捧げ、人々を癒しキズを治してきた。ポッとでの異世界人のアリカを次の聖女だと王族、聖職者、騎士団が決めたんだろ!」

「そうだけど……」

「自分の国の人々に何があったら、ヒーラギのせいではなく、そうした王族たちのせいた。聖女という肩書きがなくなったヒーラギはいち市民だ。もうお前は王族に守られる立場だ、お前が一人で心配して体を張らなくていいんだよ」

 そう言った、彼の言葉が心に響く。私はずっと聖女の役割から逃げたいと思っていた『でも、私がいま祈りをやめたら?』と思うだけで怖かった。

 聖女でなくなった私は国王陛下、王妃、王子が決めた、聖女アリカ様に役目を任せていいんだ。

「そっか、私はいち市民……アリカ様に任せていいのね」

「そうだ、あっちにはあちらが決めた、聖女アカリがいる。その聖女に任せればいい……ヒーラギには俺の国を助けて欲しいけど」

 私は聖女ではなくなったけど、力までは失っていない。私の力を必要としてくれる、彼の国に行って彼の国の人々を助けたい。

「わかった、あなたの国に行くわ。その前にあなたの名前を教えて」

「あ、そういや俺の自己紹介してなかったな。俺はゴルバック国の第三王子ブラン・ゴルバックだ。ブランと呼んでくれ」

 ゴルバック国の第三王子……やはり、この人は王族。

「ブラン様、私の力がどれくらい……お役に立てるかわかりませんが。よろしくお願いします」

 スカートを持って、彼にカテーシーをした。
 それを見たブランは口を尖らせて、モフモフな尻尾をブンブン振った。

「ヒーラギはかたっ苦しいな……様はいらない、ブランでいいよ。それも呼び捨てじゃないと俺は返事しねぇ。さて行くか」

「はい、ブラン」

 と、返事したのだけど「キュルルルル」と私のお腹が盛大に鳴った。



 +



「…………(恥ずかしい)」

「クク、デカい腹の音、ヒーラギは腹減ってるのか? ……そうだよな魔力ずっと使いながら来て、俺のキズを癒して魔力もくれた――よし、俺が美味いものを作ってやる」

「ありがとう、でも魔力はブランが勝手に持っていったの!」

「そうだったな。ヒーラギの甘い魔力は助かったよ」

 甘い……彼にされた事を思い出して頬が熱くなる、その姿を見て笑い。ブランは自分の肩掛けカバンを漁って――小さなテーブル、折りたたみの椅子、ナイフ、まな板、鍋、フライパン、調味料を次々取り出した。

 木の下に椅子を置き、まな板とナイフをセットしたテーブルの上に置いた。この開けた場所に火を起こすのか、石でカマドを作ると、近辺に落ちている落ち葉や木の枝を集めはじめた。

 一連の無駄のないブランの動作を、ボーッと見ていた私はあることに気付く。

(ブランが持ってるカバンって、私がおじさんから貰ったカバンよりも……小さくない?)

 それなのに、あきらかに容量が違うテーブル、椅子をカバンから取り出した。遠征にいく騎士団だって、調理器具、寝袋、テントなどを運ぶ荷物運びの人がいた。

 どう言う仕組み?

「ねぇ、どうしてそんな小さなカバンから……次々、カバンよりも大きな道具が出てくるの? 私を見てよ!」

 と、言ったのは。片手にアタッシュケースを持ち、肩にはパンパンなカバンをかけているから。

 ブランは集めた枝をカマドに置き、私を見て。

「ヒーラギは大荷物だな。俺が持っているカバンはマジックバッグと言って、なんでも収納できる魔法の鞄さ。いいだろう」

「ま、魔法のカバン? マジックバッグって本で読んだことがある。なんでもカバンに収納できて、しまった食材が腐らないって書いてあった……それ、ほんとうなの?」

「おぉよく知ってるな。で、ヒーラギが持ってるアタッシュケースと、パンパンなカバンの中身は何入ってんだ?」

 ブランに聞かれた私は「見てみなさい!」とアタッシュケースをバーンと開けた。その中身を見たブランは瞳を大きくする。

「はぁ? その何種類ものパンが入ったアタッシュケースは? そっちのカバンの中身はなんだ?」

「パンは家から拝借したもので。こっちのカバンはここに来る途中で、キズを癒したおじさんの村でいただいた食べ物です!」

「……せ、全部、食いもんかよ? 着替えは? 雨具は? 護身用のナイフくらいは持ってるだろう?」

「ナイフ? あ、あとは薬草の本と魔法の本がニ冊と、書き溜めたメモ帳が入っています」

 ほんとうか? と、ブランの目が点になる。
 今日中に別宅へ着けば……なにかしら服が置いてあるだろうし、必要ないと思っていた。

「ぷっ、はははっ! おもしれ聖女だな」

「だって、ここでブランに会わなかったら国境近くの、別宅に行くだけだから必要がないわ」

 ブランはハァとため息をつくと、ツカツカと寄ってきて、人差し指でおでこをツンツン押した。

「な、なに?」

「ヒーラギには護衛がいないんだぞ! 自分の身を守る護身用ナイフくらいは持っておけ、何かあってからでは遅いんだぞ!」

「それは大丈夫です。そんな輩に効く、目眩しの魔法を知っています!」

「目眩しの魔法?」

「えぇ」

 ブランに見てください「ライト!」と、自信満々に魔法を唱えたのだが――ますますブランの表情が曇る。魔法の書物に光の魔法だと書いてあったし、魔力が少なくても使えそうだったから覚えたのだけど……違うの?

 ブランは呆れた顔と、ポリポリ頬をかいた。

「あのな、ライト魔法は明かりのないダンジョン、夜に使う光源の魔法だ。周りを見てみろ、ヒーラギの前に丸い灯りの玉しかでねぇだろ?」

 彼の言う通りで、私の周りには丸い光の玉がプカプカ浮かんでいるだけだった。

「……ほんどうだ」

「クックク、ヒーラギは今まで祈りとか癒しかして来なかったんだろ? ……しかたねぇ、国に行く道中で俺が魔法を教えてやる、その前に腹ごしらえだな……俺が持ってきた食材は少ないかな? ヒーラギ、そのパンパンなカバンの中身見せて」

 ブランに食べ物が入ったカバンを渡すと中を漁り、目を輝かせた。それは酪農のおっちゃんに貰った牛肉の塊。

「こ、これは人間の国にしかない牛から取れる牛肉だ! 浄化とハーブに漬けないと食べられない魔物の肉と違って、癖ながなくて油が乗って美味いんだろ?」

 そんなキラキラな瞳で聞かれても、遠い昔に数回、食べた記憶しかない……

「た、多分、美味しかったかな?」


「なに? ヒーラギは牛肉の味を忘れたのか? いつも、どんな食事を食ってたんだ?」

 ――どんな、食事を食べていたって。

「えーっと硬めのパンと野菜スープ……誕生日の日はパンケーキでした」

 彼の瞳が鋭くなり。

「硬めのパンと野菜スープ?……食いもんが少ない俺たちよりもひでぇ食事だ! だから、ヒーラギはそんなに体の線が細いのか……クソッ、待ってろ! いま美味いもんを作ってやる」

 ブランは牛肉の塊を使い調理を始めた。

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