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淫魔屋敷・弐拾話

〜淫魔屋敷〜

「さて、華恵も戻ってきたことだし一度全員で音合わせしてみようか」麗子

「はーい、こんなご時世でもお客さんに楽しんでもらわなきゃだものね!」純

「久しぶりだな…」麻子

「手動くかな…」久美

「笛じゃないモノで尺八なら毎日してたんだけどな…」加代

「音子ちゃん…もし良ければ一瞬に伴奏お願いしたいんだけど…」華恵

「はい!もちろんです」音子

「それじゃいくよ〜…ヨッ!ハッ!」麗子

(ベンベンベンベン……)

小気味の良い鳴物のリズムに三人の舞子が舞う。
純に舞にお蜜、それを麗子がバランスを見ながら合いの手を打つ。
私はそれに合わせて小筒を叩く。

(ヨー〜…ポン!)

「ぷーぷっ!」幼児

(ハッ!サッ〜!)

「ぷっ!ぷっ〜!」幼児

合いの手に反応して子供が笑って口を鳴らしてる。

「ふふふっ!この子スゴイ反応いいんだけど〜!」舞

「音楽が好きなのかな?」お蜜

(ジャラ〜ン…ジャジャ~ン)

「ぷっぷ〜ん…ぷっぷゃ〜ん」幼児

「ぷっぷっ言ってるね〜笑」麗子

「ぷぅちゃん…この子の名前ぷぅちゃんにしよう!」華恵

「それでいいの?!男の子でしょ?」久美

「まぁ…ココにいたら遅かれ早かれ男の娘になるからね〜」加代

「いいじゃん、ぷぅちゃん!」麻子

「ぷ〜!」ぷぅ

「ほら!この子もそれでいいって!」華恵

かくして華恵の連れ子?は「ぷぅ」と命名された。

親はなくても子は育つ…
はたして彼の行く末や如何に?
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〜梅の帰り路〜

営業も終わり、夜更けに帰り路につく梅。

「ぷぅちゃん可愛いな〜」梅

私にも一人息子がいる。
あの日、元嫁と家を出て行ったきり会えない日々が続いている。

「元気してるかな…」梅

沸々と湧き上がる感情を抑えつつ、今の自分に後悔はないと自らに言い聞かせる。

下を向いて歩くのはもうよそう…
ただでさえ江戸の夜は一人では心もとない。
私は前を向き直し、足早に家路を急いだ。

「ん?…あれは…」梅

街の外れの船着き場に、島流しされる手筈の罪人が縄で縛られ座位刑に処されている。

私は恐る恐る近づいて顔を確かめた。

「阿闍梨…」梅

見間違えようがない…
私から家族を引き剥がした男が、流刑前の拘束場に一人佇んでいた。

『この男、僧において
女犯の罪及び阿片使用の罪により
島流しの刑に処する』

私は立て札を読み、阿闍梨に近づいた。

「なんだお前は?…」阿闍梨

「覚えてないかい?」梅

「……けっ、よく見りゃアノ化け物屋敷の年増オカマじゃねぇか!あの時の仕返しにでも来たか?」阿闍梨

「やっぱりわからないか…」梅

私は川べりで水をすくい上げ、顔を洗った。
手ぬぐいで顔を擦り、化粧を落とす。

「髪の毛はだいぶ伸びたが、この顔に見覚えはないかい?寝盗り僧侶さん」梅

「は……、おめぇ初の旦那の梅吉じゃねぇのか?コイツはおかしれぇ!俺に女房盗られて気でも狂っちまったのか?!」阿闍梨

「そうかも知れねぇよ。死んじまおうかと思ったほどだからな…でも、生きてて良かったよ。こんな坊さんが縛られてるの見ること出来たからな…」梅吉

「しゃらくせえオカマ野郎が…とっとと消えな!」阿闍梨

「まぁ、そう言うな。一つだけ聞かせてくれよ、アイツは……お初は元気にやってるのかい?」梅吉

「元気かって?そんなの知ったことか。お前、返してほしいのか?あんな四十過ぎの女!」阿闍梨

「返してほしいって……」梅吉

「飯炊く位しか能のない低俗女だろ、ちょうどヤリ飽きたし、このところしつこくてウンザリしてたところだ。どの道、俺は島渡って新しい若い女でも捕まえるから飯炊き女は、のし付けて返してやらーな!」阿闍梨

怒りに肩を震わせる梅…
そして、同じように怒りに震える何者かが、裏の木の陰に隠れてコチラの様子を伺っていた。私にはそれが誰なのか分かっていた。

「どーした?あんな使い古しの腐れ女なんぞ返してやるって言ってんだろ、感謝の言葉も出ねぇのか?おい!」阿闍梨

私は陰に潜んでる者に呼びかけた。

「おい、聞いたか!そこにいるんだろ?どうするかは自分で決めろ。俺は帰る」梅吉

私は踵を返し、家へと歩き出した。

しばらく歩いていると、後ろの方から男の叫び声が聞こえてきた。

どうでもいい…

私は振り返ることもせず、真っ直ぐに自分の道を歩んだ。

〜梅吉・自宅〜

寝苦しい夜だ…
風もなく湿度がジメッとしていて、空気が淀んだ不快な暗がりの中、家の戸を叩く音で目を開けた。

(ドン…ドン…)

「……入れ!」梅吉

家の戸が開き、一人の女が入って来る。

「ゴメンね…起こしちゃって…」女

「まだ寝ついてない」梅吉

「さっき…アンタとアイツが話してるの…聞いちゃってさ…」女

「そう……助けてやったのか?」梅吉

「最初、そのつもりで行ったんだけどね…なんか、馬鹿馬鹿しくなっちゃってさ…」女

「あいつの事、慕ってるんじゃないのか?」梅吉

「意地悪言わないでおくれよ…アンタだって聞いたくせに…」女

「……ちょっと暗いから行燈つけとくれ」梅吉

女は暗がりで照明を探す。
しばらく住んでなかったとはいえ、元は暮らした家だ、火元を見つけ行燈を手元に置く。
ロウ糸に火を灯すと部屋が明るくなり、女の装いが柔らかな明かりに包まれた。

久しぶりに近くで見るお初の姿は、少し肉付きも良くなり艶っぽい女へと変化していた。

「お前、少し変わったな…」梅吉

「そうかい?そうゆうアナタも随分と変わったようね……笑」お初

「おかしいか?」梅吉

「似合ってるわよ…とても…」お初

「そうか…」梅吉

「悪かったね…一人にさせて…」お初

「………………………、章坊は元気か?」梅吉

「アタシの実家で見てもらってるよ…」お初

「お前は会ってないのか?」梅吉

「たまには会ってるよ…」お初

たまに…?
離れて行ってしまったとはいえ、自分の思慮が及ばないながらも、俺以外は上手く幸せに過ごしていると思っていた。

だが、実際はどうだ?
お初は阿闍梨に使い捨てられ、息子は母親と一緒に暮らせず実家に置きざり…
きっと寂しい思いをしていただろう。

「ねぇ…アンタ…」お初

「ん?」梅吉

「もう一度…やり直させてはくれないかい?アンタとアタシと息子の三人で…ここで、一緒に暮らすってのは…」お初

「お前……」梅吉

「勝手に出て行った分際で、都合のいい事言ってるのはわかってる…けど、仕方なかったんだ!息子に不憫な思いをさせたくない一心で……アンタには申し訳なくおもってるよ…」お初

「不憫か…」梅吉

「そもそも、あの坊主がとんでもない葬儀代持っていたのが悪いんだ!だから、アタシも……でも、大丈夫!アタシ、少しだけど銭取り返してきたんだ!それで、三人で暮らそうよ!」お初

「三人でな……」梅吉

「うん…考えてくれないかい?」お初

私はずっと考えていた。
ずっと、ずっと一人で…

「アンタ……」お初

「なんだい…」梅吉

お初は着物をはだけ、肌襦袢になり私に背を向けた。

「抱いておくれよ…」お初

そう言うと、白い襦袢を肩から降ろし、艶めかしい素肌をおれに見せつけた。

そこには、俺の知らないお初の背中が、行燈の光によって映し出されていた。

「お前?!その入れ墨…」梅吉

「気にいらないかい?…アイツの趣味でね…」
お初

その背中の彫り物を見た瞬間、自分の中の何かが完全に壊れてしまった…

続く…








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