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無職と生活の執着

 いやー、いろいろ考えてたら1日1投稿どころか2週間ほったらかしにするという放置プレーまでかましてしまいました。ははは。
 プロフからは1日1投稿消しました。めでたし。

  読んだ本は「創造」というものについてすごく考えさせられる本だったんだけど、そこからふと自分が今の状況から前に進めてない理由を考察してしまった。

 進めていないというのは現在無職で一人暮らしてて、就職はしたいと思いつつもなかなか面接まで足が進まないなんて話で。

 確かにお金やらなんやらの問題はあるんだけど、働いていないことに罪悪感はあって体調に影響が出ているところもあるんだけど、
このなんだかんだ気が付いたら時間が流れつつも穏やかであるこの時間を手放すのがすごく怖いのだなと。

 それは自分の怠惰であると決めつけていたけれど、「執着」の方が近いのかもしれないと思った。実際しっくりきている。

 私の中での社会はやはり怖いところで、外に出ることで孤立はしてないしむしろ外出は楽しくもあるけど、この社会というやつと緩やかに折り合いが付けられているのが今の生活であるように思う。

 社会の規範や空気から言うと今の自分の状況の方がアウトローではあるんだが、その一方で自分からはその時間が「穏やか」に感じている。

 無職というのが良くないということはわかりつつも、怖いということよりも、この生活を手放すと自分は転げ落ちていくのではという不安からの執着があって手放せない感覚がある。

 怠惰であれば働くように動ければいい。実際ハロワにもわりと行く方なのだが、そこから先がなかなか進まない。担当者の方はあきれているかもしれない。多分匙は遠投で投げている。

 その怠惰と認識してたものが執着ならアプローチを変えなければいけないのかもしれない。
一種の依存の域まで足を突っ込んでいるのなら、依存解消の方面でアプローチをしなければ、ただ穏やかな時間が流れつつ焦っているというわけのわからない感覚は続くのではないか。

 とりあえずこの穏やか生活依存を卒業して仕事をしつつも穏やかに過ごすような方法を編み出す必要があるのかもしれない。

 どのみちここを考えねば次があっても変わらない気がする。そんな話でした。

 一応ざっと文字を打ってから文がつながるように追加をしたけれど、思いつくままに入力していっただけなのでわけのわからない部分があるかと思います。申し訳ありません。

 これは本を読んでから一気にエネルギーをぶつけた感じですが、15分くらいで800文字までいったのは自分捨てたもんじゃねえななんてわけのわからないこと考えてます。

 あと、「書くこと」ってのはエネルギーの消費と思ってた部分があったけど、エネルギーを「作る」作業としての面もあるかもしれないと読んだ本の影響かそんなことを思った。

乱文になりまして申し訳ないですが、最後まで読んでくださってありがとうございました。久々の投稿がこんなんででよかったんだろうか。まあいいか。ではでは。


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