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名拘の独房で

控訴したので一昨年の年末からちょうど今くらいまで、未決という扱いで名古屋拘置所の八階東の独房で過ごした。

基本的に何もやることはないから、逮捕されたときからバッグの中のものの扱いで入っていたバッハを弾くグレン・グールドというムックとバイオグラフィーを、隅から隅まで何度も繰り返して読んだ。
僕は子どもの頃から本質はひきこもりの本好きだったから、古い官本や忘れた頃に遅れて届けられるものと共に、起きてから寝るまでずっと本ばかり読んでいた。

グールドのムックはまだ真っ白だった頃に購入して、ガイドに従い何枚かCDを買ったりしていたが、それきりどこかに紛れ込んでいて。

浅田彰と坂本龍一さんの対談は、坂本龍一嫌いの僕には『戦場のメリークリスマス』のテーマと共に彼の多彩な活動で数少ない楽しみで、このムックにもそのページが割かれていて、ほぼ聴かなかったクラシックについて「こんなもんかな」くらいの理解はできるほどの知識は得た。

出所してからは苦手だったにも関わらずYouTubeが勧めてくる彼の動画を観て、この人は面白いとようやく気づいていろんな発言や曲をひたすら聴いていた。
基本、僕にはYouTubeは観るんじゃなくて聴くものなので。

もう長くはないことは理解していたが、朝にニュースで彼の死を知った。
拘置所にいる間に、世界史やキリスト教や仏教、各地の神話などの再理解が進んで、出所来自分の基準でそれほど的外れではない見解を各方面で持つことができた。
その中に坂本龍一さんの存在は確かなものとしてあった。
ブラームスなんてと浅田彰が挑発して、肯定しちゃったり。
フルトベングラーやバックハウスが好きなどと、意外にもオーソドックスな趣味嗜好を披露したり。

思えばものを深く考える時の基準には、どこか彼の存在がちらほらしていた。
その判断に対する僕の判断は置いておいても、政治性を最後まで失わなかったことも指摘しておきたい。
今のミュージシャンでそういう人ってほぼ皆無なんだし。

ドビュッシーの直系らしく、正調からズレながらもだからこそリリカルな美を精魂込めて弾いたこの演奏は何度観ても素晴らしい。
演歌みたいで嫌いと言っていた時期もあったと知ったが、理知と詩情が両立しているいかにも彼らしい一曲で間違いない。



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