たまにはこういう話も…

移送先の初犯刑務所で、配属を見定める(という表現が最も相応しいとつくづく思う)までの数日間で同室のイカつい見た目の人と仲良くなった。

縁は雑誌の『レオン』で、創刊時の編集長をしていた方をずっと面白く好ましく見ていたため、僕も自分には手の出ない高額な商品のカタログでしかないソレをそれなりに愛読していた。
彼がとうに離れた最近は手に取ることもなくなっていたが、掲載されているブランドについてはそれなりに知ってはいる。

刑務所では『レオン』は大変な人気雑誌だとすぐ後に知ったが、彼もまた熱心な愛読者で、好きなブランドやらそれを購入できるだけの一応合法的な正業について話しながら打ち解けていった。

人気の出てきたグループの曲に好ましいのがあると話すと、あのボーカルはいろいろあるからと教えてもらったりもした。
話を盛っているとは思えなかったので(好きなブランドがキートンとベルルッティと言われれば、ブランドとしての方向性があまりに異なるが故に逆に彼の言うことは真実なのだろうと思われた。)

壮絶な訓練が始まってからも昼食後に会話したりしたが、一週間ごとに新しい受刑者がやってくる環境下では、あちらの世界をよく知りかつ経済的にも成功した彼は歳下から人気を集めることになり、僕が近づこうとするとジャマ!と言わんばかりに睨まれたりもした。

配属先が別になったため訓練終了後に出会うことはなかったが、手持ちの許される荷物を部屋まで持って行く際に、重い雑誌が沢山詰まった黒いスーツケースの持ち運びを手伝って一応の感謝の意を伝えた。

僕のスーツケースも誰もが驚くほど重かったため、お返しとして移動を手伝ってもらった。

墨は背中の肩甲骨の辺りにしか入っておらず喋り方も普通だったので、特別な意識をせずとも仲良くなれた。
まだ幼い娘さんが嫌がるから墨は消したと語っていたが、これも嘘ではなかったと思われる。

およそ話を盛る人はやたらと自分を大きく見せたがるものだが、彼はいつも自然体で、その後本格的に始まった刑務所生活を振り返ってもメクれる(盛って話していたことが嘘だとバレること。最もみっともないとされる。)ようなことは話していなかったと思う。

やや長い刑期を打たれていたが、どうしているかと今でも時々気になる。
その辺は上手にやれる人ではあり、だからこそ実業で成功もしたのだから、人間関係に関するあれこれで心配するようなことはない。

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