髪の毛を食べる
雨ばかり降る季節がある。それだけで愛おしい。
教室を見渡し、両手を広げてみて、座っている人々の後ろ姿が両腕の範囲内にすっぽりと入り込むこと。支配の感覚。それだけで心踊ってしまうような少年がいたとして、そういう少年の心にも、雨ばかり降る季節がある。もう一度言うけれど、それだけで。
髪を伸ばそう。暑くて暑くて耐えきれず自分で切ってしまうまで。Noch einmal.
私はもう一度生きなくてはならない。死んでも良いと思ったその次の日から。
赤ワインをぶちまけた彼女は、目がうつろに座っていて、もうだめだった。
もうだめだ。Noch einmal. おまじないは効かない。おまじないというのは、ごまかしのことなんだから。痛いの痛いの飛んでいけ?どこへ?痛いのを飛ばされた人の気持ちを考えたことがありますか?そう言われて、ごめんなさい、と赤面して、痛みは飛ばしてはならないものだと知り、そうか飲み込めば良いのか!痛みは胃痛になり排泄物になりどこへともなく、誰のものになるともなく、世界の果てへ消えていってしまうに違いない。そうに違いない。そうであってほしい。
汚穢はなぜ汚穢か。
自分の部屋で自分が作ったシャンハイ焼きそばを食べて、長い長い髪の毛が口に紛れ込んでくる。異物感を舌先で転がして、海老と烏賊と青梗菜と小麦粉がひしゃげている口腔に指を突っ込み、ハリガネムシのようなそれをツーッと引っ張り出す。
不意に吐いてしまう。なぜ汚穢か?この髪の毛の持ち主は誰か?
私の知らないところで、知らない私が誕生していて、知らない私の髪の毛を、呪いのようにシャンハイ焼きそばに忍び込ませていた。私はまんまと呪いにかかって、便器に顔を突っ込んでいた。吐く。酸っぱい胃液が食道を焼いていく。こんなことを繰り返しながら生きていくんだから、本当に、本当に、くだらない。
自分の髪の毛を食べて吐いている私に、もうその目を向けないでほしい。
痛みは捨てたら汚穢になってしまう。だってそれは私のもので、捨てたら私のものでも私のものではないものでもなくなってしまうから。引き受けるしかない。吐いても良いから一度口に入れるしかない。私は……にはなれない!
その少年の瞳をもう向けないでほしい。グッドマークのリアクションも、つけないでほしい。梅雨だし、雨にでも打たれてきてほしい。
私も濡れにいくから、そこで待っていてほしい。
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