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雨の宮益坂

 あれから三年、雨の日の出来事だった。
 コロナの中、緊急事態宣言が続いていた。
 高山は、山手線で渋谷へ向かっている。
 リモートワークが進んで彼の会社もZOOMを使って顧客と営業をしている。
 それでも肝心な場合は訪問せざるを得ない時がある。
 正に今日がその日であった。
 駅を降りると急に雨が降りだしてきた。
 アポが十時だったので目的を果たすとそのまま会社へ戻ろうかと考えていたが、
 思いのほか、商談が長引き昼近くになっていた。
 宮益坂の途中で喫茶店でも入ろうかと店を探していた。
 そんな矢先に、
 「すみません。川井さんですか」
 細身で、長身のセミロングで美人であった。
 「違いますよ」
 「ごめんなさい」
 待ち合わせの男と背格好が似ていたのだろう。
「あなたみたいに魅力的な人から声をかけられたんで、少しドキドキしましたよ」
 「まあいかにも営業トークですね」
 「そりゃそうですよ」
 歯の浮くセリフが良く出るものだと感心した。
 「待ち合わせしていたんですけど。すっぽかされたみたい」
 「それは残念」
 渋谷だからキャッチかなと思いつつ、彼女と会話を楽しんでみようと思った。
 「雨が止むまでどこか雨宿りでもしませんか?」
 「そうですね」
 彼女もこちらの誘いにのってきた。
 一緒に店に入り、高山は彼女の注文を聞きながら、席を取っておいてと頼んだ。
 「さっきまで立ち話しだったから、座ると落ち着くね」
 「私もよ」
 彼女の笑みをみて、少しホッとした。
 その時、彼女のスマホが鳴った。
 すると着信の表示に「月島商事・川井」の名前が見えた。
 仕事の電話なのか、それとも待ち合わせの相手だったのか。
 彼女は席を離れ、こちらに会話の内容が聞かれない所で話を始めた。
 随分と話し込んでいた。
 そして会話が終わり席に戻ってきた。
 「ごめんなさいね」
 彼女が謝った。
 あえて彼女に聞いてみた。
 「ところですっぽかしたのって、誰?」
 「あなただから正直言うけど」
 「SNSの知り合いなの」
 意外とあっさり教えてくれた。
 「テレワーク中だから息抜きしたかったの」
 「結構バレたりしない?」
 「いいのクライアントから緊急の呼び出しがかかったと上司にメールしてあるから」
 「なあんだそうだったんだ」
 「そうしたら相手も急な商談が入ったみたいで」
 彼女の説明に納得がいった。
 「ところで仕事は何をしているの?」
 「テレワークを推進する営業ってとこかしら」
 「結構忙しいんじゃない」
 「だって、途中までみんな乗り気だけど助成金ありきだから、社長さん達ってみんなケチなんだもん」
 彼女はそう話すとどこか遠くを見つめていた。
 すると、彼女のスマホにメールが入ってきた。
 「ちょっといいかしら」
 すぐさまメールで連絡をとり始めた。
 さっきまでの暗い表情が消えてきた。
 しばらく彼女の顔をまじまじと眺めながら、
 何か良い知らせがあったんだと確信した。
「やった!」
「助成金の申請が通ったの」
「あめでとう。良かったね」
 それから彼女とテレワーク中の話で大いに盛り上がった。
 いつの間にか雨も止み、日差しも明るくなった。
「今日はありがとう」
 そう言って、高山のスマホを取りあげていじりはじめた。
 すると彼女のアドレスが登録されていた。
 森田純子という名前で。

とにかくありがとうございます。