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思い出小話 礼服を買った日


私は22歳まで礼服を持っていなかった。
幸いなことに礼服を着る機会がなかったから。
姉は就職でスーツを買った時に一緒に買っていたみたいだけど、私はスーツもお下がりだったので買う機会もなかった。

じいちゃんが急に入院することになって、もうあまり長くはないと知っても買わないでいた。礼服を買うとなんだか縁起が悪いような気がしていたから。

やはりじいちゃんは長くなかった。
入院して1か月経った頃、いよいよやばいかもしれないから、会うなら早めに帰ってこいと父から電話があった。
電話があったのは確か木曜日の午後。
電話を切ってう~むと考えた。
これは危篤ということなんだろうか。
上司に事情を説明して、明日は休みにして帰ろうか。
いや、じいちゃんがそんなぽっくり行くはずない。たぶん。
明日、仕事が終わってからそのまま帰ることにしよう。

とりあえず仕事に戻ったけれど、顔が全然平気ではなかったらしい。
そのあと先輩方に物凄く心配された。

金曜日。朝起きると母からメールが来ていた。
「じいちゃん、ダメだった」

ダメだった か~。

じいちゃんとは、20年間同じ屋根の下で暮らしてきたけれど、正直、好きではなかった。
ので、いざ亡くなったと知っても悲しいのかどうかよくわからなかった。
実感が全く持てない。頭がフワフワしてきた。

とにかく、帰らねば。

朝一で会社に連絡して、大急ぎで荷物をまとめて車に乗り込み、3時間ぶっ飛ばした。運転中も頭がかなりフワフワしていた。

家に着いてみると、じいちゃんはもう帰ってきていて、座敷の布団に寝ていた。
顔を見てもただ眠っているだけに見えた。いつもどうりに。

まずは礼服を買いに行かなくちゃ。

この辺りで1番大きなショッピングセンターへ。
開店と同時に店に入り、礼服コーナーへ一直線。

母のアドバイスより
年寄りになっても着れるようにフツーのデザインでポケットがついているやつを探した。

ポケットはついていなかったけれど予算内で良さげな服があったのでさっさっと買って帰った。

のだと思う。
7年後の今思い返しても、ショッピングセンターの駐車場に行ったところまでは覚えているけれど、その先が思い出せない。

この時買った礼服はその後の出番の時も淡々と役目を果たしてくれている。
サイズアウトもせず、少々歳をとったけれども似合わなくなってはいない。




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