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キタダヒロヒコ詩歌集 153 10代の頃の詩より③ ジャイアンツ(1985年)



ジャイアンツ    キタダヒロヒコ



雨は百晩降り続いた
 (ベンチに帰る篠塚の背なかと
和子のオーブンの中も湿気になってしまった
 (原辰徳の鬱屈した笑顔
しかしもう利雄はかぼちゃパイを待ってはいないだろう、
 (の間隙を僕の思いで縫う(縫いつける
和子はタカをくくっていた
 (スコアボードに阪神はどうやら負ける、と白書きされる


きっと 甲子園にいるんだわ
 (177)
甲子園は雨
雨の中で試合をやってる
和子はオーブンの湿ったままコンセントを入れて
噴いてくる黒煙を
なにかみえないものがオーブンの中で
焦げてくるのをみている
甲子園は雨です(あのとき
利雄は泥濘の三塁ベースで左目をこすっていて
隠し球で刺されたのでした
かれは泥だらけの手で左目をごしごしこすって
ごしごしとそのまま泣いていたのでしたね)
だからきっと甲子園だわ


TVに
スコアボードの湿ってくるのが映る
 (途中経過は横浜 平和台 大阪所沢川崎
ジャイアンツは4点負けている
 (甲子園は………ない
雨に煙る水道橋駅で
 (原辰徳の鬱屈した笑顔
和子の肩に向かって来た利雄
 (七回裏
 山倉の打球が
 センター前へ力なく抜ける)


霧雨のカーテンの向こうは晴れ
そこから聞こえてくるのは琴の音(ね)だ
襟足から洩れる柔(やは)な部分に
利雄は零(こぼ)れてしまう日がある
TVを点けたままそういう女を抱く
TVにはいつも
泥濘の江川の帽子


水煙の後楽園で
 (いったいいつまで
頬こけた本塁打王と一塁コーチャーの隙間を
 (ひとけたの数字だけで和子との間を計算できるのだろうか
スタンドの利雄の思いが
 (ひとけたの夜をかさねれば
縫いこんでしまう
 (いつか僕に868回の
 (本塁打が打てるのだろうか〈和子のグラウンドで〉それは
 (いったいいつだ



TVの画面が
きゅうに変わり
映し出される
エラーするブーマー
ファインプレーのブーマー
エラーするブーマー
エラーする中畑
エラーするブーマー
 その顔をみていて
 突然おもうの
本当に甲子園かしら
 (こう楽えんの三塁ベンチで
もしそうでないならあたしは
 (わらうのは中日の選手、ではなく広島のコーチではなく
こんなあたしのままで利雄のところへ戻れるわけがない
 (大洋のかんとく、ではなくヤクルトの八重樫ではなく
利雄はあたしに
 (泥濘のユニフォームに包まれた利雄だ
かぼちゃパイを求めつづけている
 (和子のオーブンの中を湿気にする利雄だ
かぼちゃパイを一心不乱に求めつづけているのが
 (甲子園にはだからもういない利雄だ
あたしの身のなかで………
 (原辰徳の大映しになる白い前歯)
疼くようにわかるの。

                                                      (1985.11.8)






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