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学級づくり~感覚と現実のズレを見つけよう 「私の名前載っていない」という子どものつぶやきから~

こどものつぶやき


学級だより

なるものを書いています。ある学年を担任したときもそうでした。

事の始まりは、2学期開始後、3週間がたったころでした。

「先生、私の名前載ってなーい。」

ある子が話しかけてきます。

「そんなことないよ。この間載せたよ!!」

と私。

確かに載せたのです。その子の作文を。秀逸だったので別の子にもぜひ見せたいと思ったからです。


それから数日後

「先生、私の名前やっと載った。」

とその子。

(そんなはずはないのに・・・)

と心の中でつぶやく私。

名前の掲載回数(写真含む)数えていなかったんですね。この3週間。

でも「載せた」ことは覚えているんです。この子の作文。

回数に注目してみたら

2学期に入って発行した17号分を週末に振り返ってみてわかりました。

作文は特定の子のものが連続して掲載されることがあります。

ですので、名前を伏せて学級だよりに掲載します。

だから、私としてはその子のものを掲載していたのですが、その子の手に渡るときに名前が掲載されていないため、「私の名前載っていない」となっていたのです。

17号分の掲載回数を数えてみても一番多い子が7回、その子は2回でした。5回も開きがあったらそりゃ「私載っていない!!」となることでしょう。

バイアス


人間にはこれがあります。

「その子の作文をのせた」という想起を優先的に頼って「何度も載せている」という判断をしてしまったと思われます。

利用可能性バイアスってやつだと思います。

自分の感覚って本当にあてにならないなって思いました。だからこそ「記録」として現実を切り取る、残す必要があるなとも。

ただ、全員の名前の掲載はしているという感覚は「一人2回は掲載されていた」ので正しかったともいえます。

しかしながら、多い少ないという感覚は相対的に決まります。30人の集団の中です。「自分の名前が載っていない」という感覚を持たせてしまったことは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

この事実に出会ってから、子どもの名前の回数、発行ごとに記録するようになりました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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