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第一章第十五話 レガの危険な切り札


一人で足止め役を買ってでた
アイアス・レガはほとんど│無拍子《無拍子》で最小限に留めた動きから、
魔物を斬り殺しながら、
目的を達するために、標的を目指しながら前へと進んでいた。

黒い血を浴びながら、その血を利用して
滑るように魔物たちの間をすり抜ける時に
殺していき、円陣の時とは打って変わって、漆黒仕立ての防具が彼を血と魔物の中に
紛れ込ませて行っていた。

そして仲間を喰っていた2匹の魔物は、
貪欲から来る衝動から、いつの間にか
男を見失っていた。

男には分かっていた。
いくら同じねぐらが劣悪な
環境だったとしても、
目の前にある小さな力を得るために
同胞を喰らうなど言語道断であり、
仲間が貴様らの口の中に消えていく
瞬間まで、レガは彼らの死を見届けながら
戦っていた。

その苦痛は尋常では無いものであり、
今、ここにいるのは
怨念から生まれた悪鬼そのものであった。

レガの力はどんどん強くなっていっていた。
それに加えて怒りの力も作用し、
本来は冷静沈着な男であったが、
今は敵討ちの為だけに一人残って
戦っていた。

彼の振るう黒い刃は空を切るように、
敵を斬り裂き、
拳激は薄皮が弾けるように、
肉を貫いていた。

2匹いたうちの先に魔物を鷲掴みにして
喰らっていた魔物は、
ただの魔物の世界から、
明らかに別の何かに変わっていた。

もう千以上を喰らっていた事は、
明らかであった。
前方にいた化け物が減っていて、
レガは狙いの敵に近づきつつあった。

先ほどまでのように、片言語で話すので
はなく、微かに耳に届く声は、
人間のように流調に話していた。

そして、巨木ほどあった大きな体は目視で
確認できないほど小さくなっていたが、
強さは確かなものだと、
命懸けで鍛練してきた男の肌がそう
告げていた。

もう1匹はまだ巨大な体であったため、
もう1匹の居場所は予測可能であった。

首をかしげて、下向きに口を
開いていることから、
巨大な魔物のすぐ近くにいると。

レガは近づくにつれて、慎重に居場所を
特定されないように、最低限の魔物だけを
殺しながら、自らの間合いに入ったら
一気に瞬殺しようとしていた。

一瞬、魔物を殺した時に、
崩れ落ちる魔物の隙間から
目視で確認できたが、
すぐにレガに対して向きを変えた。

その目は人間には決して出せない、
憎しみから生まれた憎悪と殺意が
渦巻く│眼《まなこ》であった。

激しく強い殺気は、悪魔へと変わった
魔族に届くほどまでに、強者しか出せない
闘気だった。

しかし、それはレガにとって幸運だった。
一撃で仕留めようとしていたが、
それは不可能であると悟ったからであった。

魔族と化した悪魔の気配は、
煙のように僅かな
痕跡を残して消えていた。

巨大な魔物は突然居なくなった仲間を
探しているかのように、
辺り一面の地面を目で追うように
キョロキョロしながら焦っていた。

レガはすぐに罠だと気づいたが、
巨体の魔物がこれ以上、
仲間を喰らえばああなる可能性が
あったため、罠だと分かっていても
倒すしか道は無いと即座に判断した。

彼は咄嗟に片付ける事こそ最善だと
考えて動いた。

化け物どもの中から、緩急をつけて
駆けることによって、瞬間的な俊足で
姿を消したように見せかけて、
活かすことができた。

まずは巨大な魔物の足を背する形で
陰に入る事で、
背後の危険をまずは排除した。

—————————そのはずだった。

まるで残像のように瞬間的に、
目前が揺れたかと思うと、
鋼の耳障りな音がした。

爪の刃と黒い刀の鍔迫り合い音で
あった事には、すぐに気づかされた。

レガは愛刀に再び感謝した。

頼りにできるのは黒い刃しかなかったため、
常に抜刀していて、今や矛であり、
何よりも硬い防具でもあった。

分厚い黒皮の防具は、いずれも傷があり、
中には裂けている箇所もいくつかあった。

その数だけ、彼の命は守られていることを、
目にして初めて気がついた。
悪魔と化した魔物は知性を持っていたが、
彼等が特別な人間であることは
知らなかった。

彼の刃に対して、魔族は力任せに
硬くて鋭い爪を押し込んでいきながら、
顔を顔に近づけてボソリと言葉をもらした。

「貴様はどいつよりもうまそうだ。
力と知恵を手に入れて初めてきづいたよ。
お前の魅力にな」

舌を這わすように、男の顔を
舐めようとしながら笑みを見せた。

「知性を得たと言っても所詮はその程度か」

レガの気勢は一気に高まりを見せて、
逆に黒刀を以て、牙のような爪を叩き斬って、
そのまま柄から手を離すと、両手による拳激の
連打を、体が吹き飛ぶまで、一撃一撃が魔物を
木端微塵にする程の威力のある拳を打ち込んでやった。

敵は拳の威力で吹き飛んだかに見えたが、
翼を使って、素早く後方に逃げていた。

その瞬間、レガに油断が生まれた。

そして、確かな手応えを感じたのに対して、
悪魔の目が微かに動いた。

男はそれを見逃さなかったが、油断していた
体は一瞬の差で、吹き飛んだ。

背後から巨人による激しい蹴りが放たれ、
まともに受けた体は宙を舞った。

男は蹴り上げられた時に、嫌な音と共に、
顏を歪めるほどの痛みが走った。

背骨は体を支える中央にある。
それを巨大な魔物が知っていたかどうかは
解らなかったが、レガはあの視線の動きで
魔物を動かしたのだと思い、悪魔のいた場所に
厳しい目つきを投げたが、既に移動していた。

そして再び巨大な魔物は、
宙を舞う男に追撃してきた。

巨体で飛び上がり、手と手を握り合わせて、
痛恨の一撃が放たれた。

咄嗟に防御態勢を取ったが、レガの体は生い茂る
地面に叩きつけられた衝撃で、再び体が舞い上がった。

巨体の魔物は、目の前まで上がってくるのに合わせて、
殴りつけようと腕を振りかぶって巨大な拳で殴りつけた。

レガの死んだ目に生気が宿るように青く輝くと、
体を捻って拳を避けて、腕から発される風早に
身を任せて、刃で腕から肩まで斬り裂いた。

大きな魔物は体が震えるほどの大声を出して
怒り狂ったが、すぐに仲間を掴み再び喰い始めると、
見る見るうちに腕は再生していった。

レガは回復しつつあったが、傷は重症であったため、
そこから消えるように駆けたが、空から様子を見ていた
悪魔の目は確かに男を捉えていた。

巨人よりも高い空で舞う魔族は、首を使って追えと
言わんばかりに男の方を向いて視線を投げた。

更に巨大化した化け物は視線の方へ向けて
駆け始めた。
一歩一歩の幅が広くて、レガは振動から追ってきて
いることを察知した。
一方、悪魔は翼を広げて、遥か上空から気配を
探られないようにして追っていた。

レガはただ逃げている訳では無かった。
命懸けの賭けに出るためにわざと走る速度を
落として、悪魔たちをおびき寄せようとしていた。

背骨を痛めたが、レガの身体能力は
急激に増していた。
その為、バレないように、
負傷したように見せかける必要があった。

風の便りのように懐かしい匂いの近づきを感じながら、
主が禁じた❝神木の森❞の近くまで来て一瞬、足が止まり
かけたが、そのまま北西から森の中へと駆けてゆき、
元は知り尽くした場所だけあって、すぐに神木の木を
目指して木々の間を速度を上げてすり抜けて、
悪魔たちの目から逃れて消えて行った。

北から木が倒れる大きな音と地響きが、大地を通じて
報せてきた。レガは主であるリュウガがいつもいた
場所から、やや下の枝葉の陰から悪魔の様子を見ていた。

リュウガからきつく二度と入るなと言われていたが、
今の自分では悪魔を倒すことは出来ないと悟り、
最後の手を使った。

巨大な魔物は本能的に進むのを躊躇い出していたが、
上空の悪魔には逆らえず、ゆっくりと森の中へと
入って行った。

しかし、すぐに足を止めて、空の悪魔に対して、
首を横に何度も振って、前に進むことを嫌がった。

仕方なく悪魔は巨人の前に降り立って
初めて理解できた———この地には何かがいると。

「お前はそのままヤツを追え」

「ドウヤッテオウンダ」

「腐った血の臭いの先にヤツがいるはずだ」

「ワカッタ。デモオデダケダトアイツにカテナイ」

「見つけたら大声を出して叫べ。すぐに行ってやる」

「ワカッタ。ミツケタラサケブ」

そう命じると何かから逃げるように、
再び急いで空に舞い上がって行った。

(予想通りあの悪魔のほうは察したようだな。
同時に倒すにはまだ力が足りないが、個々なら
倒せる! あとは隙をつくだけだ)

漆黒の男は気配を断ってじっと動かずに
その時を待っていた。

—————————————————————————

「何だと? レガは一人で残ったのか?」

「はい。我々では足手まといになると言われて‥‥‥」

「すいません。私がレガさんに救助をお願いしたのです。
しかし、まさか、こんな事になるとは‥‥‥」

カミーユは責任を感じている様子を見せていた。

「時はどのくらい経った?」

「2時間近く経ちます」

「それならレガは今は他の場所に行ったはずだ。
万の軍勢を相手に戦うとすれば‥‥‥まずいな。
俺が‥‥‥」

リュウガは思わず言葉を飲んだ。
生きて帰れるかどうか分からなかったからだった。
しかし、行かなければレガは間違いなく殺される。

そう思いすぐにアニーを口笛で呼んだ。

少しでも体力を温存するために、自分の力が急激に
増してきていたが、不安の種は残せないと思った。

「いいか。城塞に入っていろ。
俺はレガを助けにいくが、この事は誰にも話すな」

明らかにいつもとは違うリュウガの言葉に、
誰もが従った。

彼は一瞬で闇の中に消えると、
アニーらしき天馬ペガサスは疾風のように風を切って、
北では無く、西に飛んで行った。

「アニー! 全速力で神木の森近くまで行ったら、
安全な天近くの上空で待っていてくれ」

空は再び闇に包まれていた。それは天使軍の敗北を意味して
いた。空を覆うほどの悪魔が天に攻勢をかけて、天から光を
奪い去り、正に善悪の明暗を分ける勝負をしていた。

アニーも特別な馬の血筋であったため、リュウガの言葉を
理解していた。言葉を言える訳では無かったが、
主が焦っている事は察していた。

その加速していく速さは、リュウガの目を細めるほど
までの神風とも呼べるほどまでに速かった。

手綱を握る力はアニーにも伝わり、そこにあるのは
不安と恐怖、そして勇気の想いが込められていた。















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