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第4話 不可解な死因 

夕暮れ時になり、徐々に薄暗くなって、火鉢のような最後の明るさが消えていき、
黒く空は染まっていった。

明智の電話が鳴り、相手は藤田警部だった。
「明智です。何か伸展はありましたか?」
「いや、特に何もないが、佐々木はどんな様子だった?」

明智は藤田の言っている意味が解らなかった。

「どんな様子とは、どういう意味です?」
「検視官から連絡があった。ただの首吊り自殺の犯行に見せかけた
だけの殺し方では無かった」

明智は佐々木の事を聞いてきた意味を理解した。

「佐々木にここを任せて、殺しの詳細を私に見に行けと言う事ですか?」
「相変わらず察しがいいな。そう言う事だ」

明智は佐々木のほうへ目を向けた。見た感じは大丈夫そうに見えたが、
死体の腐臭で、胃液まで吐いていたのを見た明智には何とも言えなかった。

「ちょっと待っててください」
「佐々木刑事」

明智が声をかけると駆け寄ってきた。
走ることは出来るくらいにはなっていた。
「どうかされましたか?」
「私はここを一時離れて、検視官の所へ行く事になりそうだが、
佐々木がまだキツイなら残るが、大丈夫か?」

「はい。もう大丈夫です。腐臭をはじめて嗅いだのですが、
あれほど異質な臭いは初めてで、すいませんでした」

「最初はそういうものだ。ではここの指揮を一時任せるから、
何かあったらすぐに連絡してくれ」
「わかりました。お気をつけて行って来て下さい」

明智は佐々木の一言で初めて気づいた。自分も標的のひとりなのだと。

「お待たせしました。佐々木は大丈夫そうです」
「そうか。それなら検視官の所にいって、直接死因を見て来てくれ」
「分かりました。何かわかれば連絡します」

明智は電話を切り、そのまま乗って来た車に乗り込んだ。
敢えて聞かなかったが、死因を直接見る必要があるのか? と、明智は
思っていた。

死体を下ろして、署に搬送する時、服を着たまま首には
くっきりとロープの跡が残っていた。彼は思案を巡らせながら、
署まで車を走らせた。

明智が検視室に入ると、すぐに医療用の薄い手袋をして、検視官に
話しかけた。
「何か問題でもありましたか?」明智は解剖された警官の姿を見下ろした。
「私はこんな死体を見たのは初めてよ」黒田検視官は苦悶の表情を見せていた。

その顔つきを見て、単なる警官殺しでは無いと明智は察した。

「まず、これを見て」そう言うと、下半身にかけていたビニールをはがして見せた。
明智も一瞬戸惑った。検視官は明智の顔つきを見て、話し始めた。

「見て分かる通り、性器が根元から切り取られているわ。相当な出血をしたはずだけど、現場に血痕はほとんど無かったそうね?」

「ええ。ざっと見た程度ですが、見当たりませんでしたね」
「それならこれは、用意周到な計画的な殺人事件になるわね。見ての通り切り取ってすぐに、おそらくは鉄を熱した何かで、血止めしてるわ」

「死因はなんですか?」
「窒息死よ」

明智は黒田の言葉に疑念を持った。
「絞殺じゃないんですね?」
「そうよ。まずはここを見て頂戴」
黒田は拡大鏡で、死体となった小林の口の奥を見せた。

明智は拡大鏡に顏を近づけて口の中を見た。特別変わった様子は無かったが、
異様にべたつく透明な何かが、喉の奥まで見えた。
「あれは何ですか?」
「ローションよ」

明智は姿勢を正して「ローションってあのローションですか?」と問いかけた。
「そう。風俗店などで使われるものよ」

そう言われて明智はようやく理解した。
「まさか……」明智は黒田を見た。
「御察しの通りよ。あなたを呼ぶように、わたしが藤田に頼んだの。
この事件はあなたでも簡単には解決できないわ」

言葉を失った明智に黒田はそう言った。
明智は言葉を失いつつも、色々思案を巡らせていたが、回答は得られなかった。

「胃まで届いていたのですか?」
「ええ、取り出してそこに置いてあるわ。これに何の意味があるのか、何も無いのかもしれないけど、殺害の手口から見て、怨恨絡みの猟奇的な殺人者ね」

「手口から見るに、初犯ではないでしょう。あまりにも無駄が無さすぎる」
「私もそう思うわ。警官を狙う前に、何人か殺しているはずよ」

「問題は地元の人間か、他から来た人間か……難しいところですね」
「警官を狙った無差別殺人を装って、恨みを持つ警官を殺すつもりかもしれないわ」

「それなら地元の人間の犯行だと断定できますが、問題は他にもあります」
「何が問題なの?」
「警官殺しを予定通り決行する前に、他にも数人殺しているなら、恨みを持つ警官を
狙うはずです。仮に無差別を装うとして、ここまで用意周到にしますかね?」

黒田は小さく何度も頷いた。「確かにそうね。今日も誰かが狙われるわ」
「藤田警部を始めとする40名の警官と、殺人課の刑事が数名出ています」

明智は大勢の警官や藤田警部などが出ていても、背筋が凍るような思いが走った。

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