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自由エネルギー原理について誰でもわかる、明快かつ深い解説 -4-  

 前回まで3回にわたってFEPの基本を説明してきました。その中で何回か能動的推論について触れてきましたが、今回はこの能動的推論を中心にまとめていきたいと思います。
前回:自由エネルギー原理について誰でもわかる、明快かつ深い解説 -3-

7.能動的推論 (active inference)の方向
 能動的推論はVFEでもEFEでも登場しました。VFEにおける能動的推論は、いわば「泥棒がいるのではないか」という仮説を検証するためのものでした。過去に起因して現在に至る事象の知覚(サプライズ)に対して、それがどれほど正確であるかを確かめるものでした。これに対してEFEにおける能動的推論は、望ましい、あるいは避けるべき未来に向かうための、現在の評価(見直し)になります。いわば、未来に起因する事象へと向かう道筋の推論です。VFEとEFEでは、能動的推論の時間方向が逆になります。(図15)
 ここは、期待自由エネルギー提唱後の自由エネルギー原理の一つの肝になりますので、参考文献の原文を載せておきます。(訳書では最後の太線部が訳されていませんので、原文を載せました。)
“This is a subtle point that can be understood in terms of outcomes switching their roles. When evaluating the free energy of outcomes, the outcomes are the consequences. However, when evaluating the expected free energy, the outcomes play the role of causes in the sense they are variables that are hidden in the future but explain decisions in the present.
Thomas Parr, et al. (2022) p.34


図15

(筆者注:戦略策定や思考法の分野では、従来のフォアキャスト(forecast)に加えて、バックキャスト(backcast)という概念が提案されています。backcastとは、最初に未来のありたい姿を描き、そこから逆算して現在の戦略を考えるものです。このバックキャストがEFEにおける推論の方向です。また、過去を原点にして現在、そして未来を見れば前向きなのでpredictionですが、未来を原点にして現在、そして過去を見れば後ろ向きなのでretrodictionとなります。)

 VFEにおける能動的推論は、行動(action)ですが、EFEにおける能動的推論は、未来の行動はまだ起こっていないために、方策(policy)と呼ばれます。つまり、方策とは反実仮想上の行動(計画)にあたります。
 ここも、参考文献から少々引用させていただきましたので、よろしければご覧ください。
「ポリシーの選択確率は変分自由エネルギーと期待自由エネルギーの両方に依存して決定される。前者が過去の成果(outcomes)に基づいてポリシーを追及する尤度を表すのに対し、後者は未来の成果(outcomes)に基づいて特定のポリシーを追及する尤度を表している。つまり、これはそれぞれのポリシーの遡及的な(後ろ向きretrodiction)評価と展望的な(前向きprediction)評価を与える。
乾 敏郎 坂口 豊 (2021) p.89

8.能動的推論 (active inference)の射程
 VFEにおいては、能動的推論はいわば過去に関する仮説の検証です。そして、フリストンは、FEPを提唱する際、ヘルムホルツの無意識的推論を参考にしたそうです。これは、過去の出来事を元にした推論は無意識的なもの(学習)によることが多いからだと思われます。前回の最後にも書きましたが、無意識による推論は、意識による推論よりはるかに速く行われます(数10~数百msのオーダー)。従って、VFEにおける能動的推論は、サッケード(注視点を変える時に発生する早いスピードの眼球運動)が例として示されるように、無意識的で時間の短いものが多いと言えるでしょう。
 これに対してEFEにおける能動的推論は、文字通り「考えて」決断する、意識的な「遅い」過程でのことだと思われます。時間のオーダーは、少なくとも秒以上で、かなり長い時間をかけて推論することもあるでしょう。意識的過程であれこれ未来をシミュレーション(反実仮想)しているので時間を必要とするのだと考えれらます。
 ただし、過去に対する意識的な推論、未来に対する無意識的な推論も存在します。過去においては、(意識による)過去の「反省」も可能です。「あの時ああしておけば良かった」、「あの人の言ったとおりだった」などです。また、未来については、例えば、野球のバッターが、ピッチャーが投げた球筋を予測してバットの位置を微調整する際は、未来に対する無意識的な推論が行われていると考えられています。このような能動的推論はスポーツや運動の際に多く起きていると思われます。
 前項で書いた時間の方向の違いに加えて、VEFにおける能動的推論と EFEにおける能動的推論の時間の射程の違いが、能動的推論のVEFとEFEにおけるもう一つの違いとなっています。この構造を図にまとめました。

図16

9. 再びEFE、変形2
 ところで、EFEについても、VFE同様にもう1つの変形が可能です。

 EFE(期待自由エネルギー)
= Eq(xτ) Eq(sτ|xτ) [log q(xτ) – log p(xτ, sτ)]            (9)
= Eq(xτ) Eq(sτ|xτ) [log q(xτ) – log p(sτ | xτ) – log p(xτ)]
= Eq(xτ) Eq(sτ|xτ) [log q(xτ) – log p(xτ) – log p(sτ | xτ)]
= Eq(xτ) Eq(sτ|xτ) [log q(xτ) – log p(xτ)]
 + Eq(xτ) Eq(sτ|xτ)[– log p(sτ | xτ)]

= Eq(sτ|xτ) [DKL{q(xτ) || p(xτ)}]
 + Eq(xτ) Eq(sτ|xτ) [– log p(sτ | xτ)]               (12) 

自由エネルギー原理について誰でもわかる、明快かつ深い解説 -5-公開しました。第1部完結編です。

特別編:「能動的推論の知覚ー行動ループ」公開しました。

参考文献

Friston, K. J. (2010). The free-energy principle: a unified brain theory?
 
Friston, K. J. et al. (2015). Active inference and epistemic value.

Friston, K. J. et al. (2016). Active inference and learning.
 
乾 敏郎(2019)自由エネルギー原理ー環境との相即不離の主観理論 認知科学26 巻 3 号
 
乾 敏郎 感情とはそもそも何なのか (2018) ミネルヴァ書房
 
乾 敏郎 坂口 豊 脳の大統一理論 (2020) 岩波書店
 
乾 敏郎 坂口 豊 自由エネルギー原理入門 (2021) 岩波書店
 
国里愛彦 他 計算論的精神医学 (2019) 勁草書房
 
国里愛彦 計算論的精神医学 第 7 章「ベイズ推論モデル」の補足資料
https://cpcolloquium.github.io/cp_book/fig/ative_inference_suppl.pdf

Thomas Parr, Giovanni Pezzulo, Karl J. Friston (2022) Active Inference
( 乾 敏郎(訳)能動的推論 (2022) )
 


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