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国際卓越研究大学制度はなにが問題なのか(東北大生の視点から)


 9月1日に東北大学が国際卓越研究大学制度の最終候補に選ばれました。私はこの制度をかねてより危険視し、その問題点についてまとめる必要を感じていましたが、9月は多忙のためなかなか作業に取り組めずにいました。すこし機を逃してしまった感はありますが、しかし問題の重要性が変わるわけではないのでぜひお読みいただけると嬉しいです。

 私はこの1年以上、さまざまな機会で国際卓越研究大学制度が問題であると訴えてきました。私が問題にしてきたのは、学外者中心の合議体が設置され、同時に総長を頂点としたトップダウン型の組織へと大学が作り変えられることで、大学の自治が実質的に破壊されてしまうとともに、「学費の自由化」と大学に課せられた年間3%の成長目標とによって、学費の増加が起こりうるということです。今年5月の学生メーデーでは、そのことを直接要望書としてまとめ、文科省に突きつけもしましたが、その時には国際卓越研究大学制度がここまで大学を大きく変えるものだとは思ってもいませんでした。

 まず、国際卓越研究大学制度の概要を説明したいと思います。この制度が大きく取り上げられるようになったのは1年半前、2022年の頭であったと記憶しています。この時は「稼げる大学法案反対」として反対キャンペーンが行われており、それなりに話題になりました。

change.org/p/5月15日17時集約-16日提出-学問の自由を壊す-稼げる大学-法案-国際卓越研究大学法案-に反対します-国際卓越研究大学法案に反対します-大学ファンド-大学の自治-学問の自由

 この時に上がった批判の声は、国際卓越研究大学制度は「選択と集中」路線を引き継ぐものであるという点に対するものが中心で、もちろんそれは重要ではあるのですが、制度の問題は別の場所にあるというのが私の認識です。ここでは、国際卓越研究大学制度の制定過程を見ていくことで、この制度がいかなる狙いをもったものなのか、そしてその問題点は何なのかを検討していきたいと思います。

【1】国際卓越研究大学制度はなんのために制定されたのか

 国際卓越研究大学制度の成立経緯について調べると、第二次安倍政権における「産業競争力会議」(参加者は竹中平蔵、科学技術振興機構理事長[JST]の橋本和仁、三木谷浩史、経団連会長の榊原定征など)に行きつきます。これはアベノミクスの3本の矢(①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略)のうちの③について議論するための会議です。ここで、文科大臣であった下村博文は「世界大学ランキングtop100に日本から10校を」と発言するとともに「産業力強化のための国立大学改革」方針を示し、それが引き継がれてJSTに10兆円ファンドを創設するためのJST法改正が2021年1月の参院本会議で可決されました。

 そして、2021年10月に岸田政権が発足すると「新しい資本主義」のトップとして大学改革と10兆円ファンドが位置づけられ、急速に計画が進みました。2022年5月には国際卓越研究大学法案が正式に可決され、ファンドも運用が開始されるようになります。

 この制定に至るまでの過程においては、関係する人々の関係についてのいくつかの疑惑が向けられていますが、そこについて検討するのはいち学生の手には余るので、「産業競争力会議」に大学が組み込まれることが問題であると指摘するにとどめておこうと思います。いずれにせよ、国際卓越研究大学制度とは、日本政府のなかで大学における研究というものが日本の競争力強化の起爆剤として位置づけ直されたことによって作られた制度であるということは分かっていただけたかと思います。

【2】成長エンジンとしての「研究大学」への転換

 前述のような「成長戦略会議」によって規定される大学改革が意味するところとは、大学は教育と(普遍的な知のための)研究機関から、一国の経済成長のためのエンジンとしての研究機関へと転換されようとしているということです。以前もTwitterで言及しましたが、国際卓越研究大学の資料を読んでいくと学部教育や文系についてびっくりするくらい言及がないのです。大学の一大改革であるから、当然これらは影響を受けるであろうにもかかわらず、計画段階ですらほとんど議論されてきていません。「経済成長に資さない学問はわざわざ国が関わる必要はない」文系学部廃止の議論などで国が用いた論理がここでも垣間見えます。では、この制度の制定を中心となって進めてきた人々はどのようなことを考えているのでしょうか?『世界と伍する研究大学専門調査会会長』を務めた上山隆大氏のインタビューから引用してみようと思います。

人への投資によって創造的な人材を輩出し、大学の知によって特許など無形資産中心の産業をけん引し、大学発スタートアップによって産業構造を転換する。研究大学はその要だ。

日本経済新聞 2022年5月3日

ここで大学に欠けているものとしてステークホルダーの多様性を挙げ、上山氏はこう続けます。

社会に目を向け企業、学生、卒業生、地域の支援機関などを意識した経営を考えるマインドセットが育たない。多くの意見が大学経営にはいるためにも資金源を多様にすべき。

日本経済新聞 2022年5月3日

 大学に多様な意見が入ってくるということに対して特に反対したいわけではありませんが、しかしこの「(多様な)ステークホルダー」という言葉は国立大の法人化以来、大学の自治の破壊と運営交付金削減のための方便として使われてきたということに注意する必要があります。多様なステークホルダーの中には当然大学の構成員や地域の人々も含まれるのですが、それらの声はむしろ無視され、政財界の人物が大学の運営ポストに就く方便として機能してきた面が少なくありません。
 さて、上山氏は「大学の役割は産業構造転換をリードすること」だと言っているのですが、さらにこの立場を鮮明に打ち出している人物に山崎光悦(福島国際研究機構理事長)がいます。いくつか彼の発言を引用してみたいと思います。

大学は、基本はキュリオシティ・ドリブン(好奇心の赴くままに進むことで自由な発想が得られる)の研究を推進するところだというのは古い。そんなので国はもう生きていけないところまで来ている。大学こそが国を救う最後の手段、砦である。

第11回大学研究力強化委員会(2023年5月10日)

たくさんある大学全部を護送船団方式で助けようなんて感覚はもうみんな捨てて議論しませんか?

第11回大学研究力強化委員会(2023年5月10日)

みんなで何かを一生懸命頑張って考えて大学改革しましょうというレベルはもう終わっている

第11回大学研究力強化委員会(2023年5月10日)

 私には、彼らが言っていることは、大学を自由にのさばらせるな、税金を投入する以上国益にかなう研究をしろというメッセージに映ってしまうのですが、これは私がこのようなトピックに関して敏感すぎるからでしょうか?上山はさらにインタビューで、大学の自律性がこの20年間で失われてきたことを認めながらも、自律性の回復のためには運営交付金の比率を下げ、さらなる競争環境に大学を置くことを求めています。国への資金的依存度が低ければ大学の自律性が高まるというのは言葉遊びでしかありません。民間からの資金のほとんどは使途が決められており、大学が自由に使える予算はますます減る一方になることは明らかです。「高価な研究機材を買うお金はあっても、蛍光灯や机などの基礎備品を買うお金がない」などということも珍しい話ではありません。

ファンドで選ばれる大学は学部の規模を小さくして大学院の活動に特化し、学部教育をトップ研究大学以外の大学に譲るべき。

日本経済新聞 2022年5月3日

 上山氏はこのような発言までしていますが、卓越大学がこのようなものになりうると認知している大学関係者がいったいどれだけいるでしょうか?研究大学に特化するという姿勢は耳当たりこそいいものの、それで発生する歪みによる負の影響がどこに来るのか、それが引き起こしうる大きな問題を(特にわれわれ文系学部生は)注意深く考えるべきだと考えます。

 また、仮に東北大学の研究力が大きく上がったとしても、それは手放しで喜べることではないと考えます。東北大学には教育機関として担うべきものがあるし、資金が東北大学だけに集中する状況はやはり好ましいとは言えないからです。近年、東北大学は関東圏からの学生数が増加傾向にありますが、私のように東北の進学校とは言えないような、受験の支援の環境も都会や私立大学で学生生活を送る資金的余裕もない学生が(これは決して少なくない数いるはずです)トップレベルの教育を受けることができるための場所としての役割が東北大学にはあって然るべきでしょう。
 また、一部の大学に資金が集中することは、通う大学によって受けることのできる教育が大きく異なってしまう、大学間での大きな格差を認めてしまうことになります。もちろん、大学間で学べることに差はあるでしょうが、たとえば同じような分野でも、大学によってできる実験などに大きな差が出てしまい学ぶ機会が損なわれるのであれば問題ですし、学問の発展という観点からも好ましくないでしょう。

【3】国際卓越研究大学に求められるものと、東北大学の計画

 国際卓越研究大学に求められるもの、そして東北大学がその要請に対してどのように応じ、計画を立ててきたのかについて見ていきます。

まず、申請の条件は以下の通りであり、この条件を満たした大学の中から東北大学が選ばれました。
①直近5年間で「トップ10%論文」数が1000本以上
②年間3%の事業成長ができる(大学独自の寄付金制度・ファンドの確立・運用など)
③大胆なガバナンス改革(学外委員を多数とする強い権限を持つ新たな合議体の設置)

https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2023/09/news20230901-koho.html

《東北大学の第1次案》(ナノテラス核に産学共創)
 東北大学の計画書によると、まず東北大学の使命として「世界的に卓越した研究、指導的人材の育成、社会の多様なパートナーとの協働を通して、平和で公正な人類社会の実現に貢献する」ことが掲げられ、その実現のために三つの公約、六つの目標と 25 項目の重要業績評価指数(KPI/数値目標)、そのための 19 の戦略があげられています。もちろんこれらをすべて検討することは難しいのでいくつか気になった点について見ていきます(できればいちど上記のURLに目を通してもらった方がいいかと思われます)。

《問題点の検討》
Twitterなどでは、この第1次計画が発表された際に、AO入試100%という計画が取り上げられて大きな騒動になっていました。実質的に18歳にしか受験資格がないAOⅡ期が拡大すれば問題といえるかもしれませんが、当然ながらもっと重大な問題はほかにもあります。

①学費の問題

 特に私が最初から気にしていたのが学費の問題です。国際卓越研究大学に認定された東北大学は学費の設定が自由におこなえるようになります。東北大学は「国際卓越研究大学に選ばれれば、学生の学費を無償化したり生活費を支給したりすることもできる」と言っていますが、これは博士課程に対してのものであることに注意が必要です。私は学費無償化論者ですし、博士課程の学生がいかに厳しい状況に置かれてきたのかについてももちろん知っていますのでこの取り組み自体には大いに賛同するところです。しかし、心配なのは学部生の経済的負担です。
 一般企業でも難しい年間3%の成長率を達成するため、あるいはファンドの運用益が出なかった場合にその補填をするために、学費の値上げが行われる可能性は十分あります。。また、東北大学が実行しようとしている計画すべてを達成するためには100億円では足りないとも言われています。日本の大学が軒並み学費値上げと授業料の高いアメリカ型の組織体制へと向かう中、この「学費自由化」に対しては相当警戒して見ていく必要があります。

②ゲートウェイ・カレッジの設置

 ゲートウェイ・カレッジが実際にどのようなものを想定しているのかは不明ですが、たとえばUCバークレーのように1~2年次は学部に籍を置かずにリベラルアーツ教育(教養課程)を行い、3年になる時点で学部に所属していくというものをイメージしているのかもしれません。アドミッション(入試制度)改革も含めて一般入試も廃止して、学部単位での入学者選抜はなくなるかもしれません。いずれにせよ、国際卓越研究大学制度を設定する段階において「卓越大学は大学院で競争力強化に資する研究に専念し、学部教育は地方大学に任せるべき」という意見が出ていることが気になります。いまの東北大学に学部廃止といった予定はないでしょうが、文科省や総長の意向がすぐに通ってしまうのが「ガバナンス改革」の進んだ大学です。将来学部教育が縮減されかねない流れには危機意識を持っておく必要があります。

③留学費用

 東北大学はすべての学生に留学を義務付けるとしています。もちろん、それを大学がきちんとサポートしてくれるのであれば歓迎すべきことでしょうが、いったいどうやってすべての学生の留学補助費用を賄うのでしょうか?さらに、院生などはただでさえ時間がなくアルバイトも制限され給付奨学金もないのに、そこから留学費用を捻出しなければならなくなります。実家からの経済支援がない学生にとっては就学の継続が困難になってしまうでしょう。さらに、円安は今後も続くと言われています。このような状況下では学生が監視者として「留学義務化なら留学補助を」と要求していく必要があると思います。
 また、留学強化と同時に東北大への留学生受け入れが進むことも書かれていますが、そこにUHを2倍化すると書かれています。この過程で、昨年の金沢大学泉学寮のように既存の学生寮の縮減や廃寮が起こりうる危険があります。

④すべての学内規定の見直し

 大野総長は国際卓越研究大学認定に合わせて「グローバルスタンダードに照らし合わせて学内規定をすべて見直す」と発言していました。しかしこの「グローバルスタンダード」とはいったいなんなのでしょうか?大学の仕組みと言うのは各国で大きく異なります。ここでの「グローバル」はおそらく欧米諸国のことを言うのでしょうが、ヨーロッパとアメリカの大学のしくみはまるで異なります。定義の曖昧な「グローバルスタンダード」を恣意的に運用し、全国の大学で進む教授会自治の縮減や学生のキャンパスでの活動制限に拍車をかけることが懸念されます。また、これまで勝ち取られてきた学生や教員の権利は一掃されてしまうということでしょう。

⑤数値目標の実現不可能性

 これはすでに多くの人が指摘していることではありますが、東北大学が今後25年間で達成すると言っている数値目標があまりに非現実的であるということです。「年間100億円支給されたら東北大学ではこんなことができます」というものを示すべきなのに「年間100億円支給される対象に選ばれるためにはこのような目標を掲げなければ」と、結論ありきで書いたもののように思われます(そもそも当初はファンドの運用益はもっと大きくなる予定で、この数値目標は300億円もらえる想定で書いたという話も聞きました)。専門調査会や大学研究力強化委員会の議事録を読んだ上でこの計画書を見ると、完全に専門調査会や大学研究力強化委員会が求めたことを盛り込んでおり、テストで言えば 100 点満点の、先生に褒められるために書いた答案です。

【4】これまでの大学改革~ガバナンスの視点から~

 東北大学が国際卓越研究大学制度に認定された理由のひとつとして「ガバナンス改革」が進んでいるということが挙げられています。このガバナンス改革というものを乱暴に説明してしまえば「経営体の一声で大学のあり方を変えることのできるような体制への改革」ということになります。そして、私が危機感をもっているのもこのガバナンス改革についてです。

 「ガバナンス」は直訳すれば「統治」ですが、ビジネス用語では企業で健全な組織体制を構築し、不正などがないように監視することを言います。しかし、近年の大学改革では「大学組織の企業化」とも言えるような改革が続いており、企業のようなトップダウン組織が生まれた結果、学長による大学の「私物化」とも言えるような状況が続発しています。このことは『「私物化」される国公立大学』(岩波ブックレット)という本にもなっています。

 戦後、日本の大学は第2次世界大戦への反省を出発点として民主的な運営が目指されました。大学の自治を保持すること、すなわち国家のすなわち国家の介入を受けずに学問的探究をおこなうことのできる環境をつくることによって「学問の自由」は保障されてきました。教授会・学生自治会・大学当局が対等の権利を持ち、民主的に運営され国家からの介入は拒否する。このような努力によって、戦前のように、大学が軍事研究や「731部隊」などで知られる非倫理的な研究を通じて侵略戦争の片棒を担がされたりする事態を回避しようとしてきたのが戦後の大学でした。いまの時代にこのような物言いが強い説得力を持たないのは残念ながら事実ですが、しかし重要性が失われたわけではありません。卓越大学への認定されることで、学外者が半数以上を占める合議体(総長の任命・罷免権や経営方針の決定権などの強力な権限をもつ)によって大学運営運営が行われようとしていますが、これなどは明確な大学の自治の破壊です。

 私は「かつての大学を取り戻せ」と言いたいわけではありません(むしろいま休学している理由には大学の古い部分とミスマッチを起こしてしまったというのもあります)。しかし「大学をどんどん新しくしよう。世界トップレベルの研究力を生み出そう」と勇ましいことを言うことで、大学内の民主的運営や学生・教職員の権利の保障などの基本的なことがおろそかにされている現状が見えなくなっていることに対してはきちんと声をあげる必要があります。

【まとめ】私たちはどうすべきか?

 ここに私が書いたことには、多くの予測が含まれます。実際、国際卓越研究大学制度はわずか数年では私たちの学生生活にはそれほど不利益をもたらさないかもしれません。しかし、国際卓越研究大学制度の成立過程を見れば、これが大学の位置づけを大きく変える制度であることは明確です。ここでこの制度を通過させてしまえば、上山や山崎が構想したような大学が実現してしまうおそれがある。やはり問題はガバナンス改革です。大学の経営体が突然大学を大きく変えることが可能になってしまうので、私がここに書いたような「リスク」が容易に現実になってしまうし、その決定のスピードは速いので、その時に声をあげることは非常に難しくなっていきます。卓越大学の申請に際して学生に対して何の説明もなかったのが「ガバナンス改革」の成果のひとつの形であり、こうした学内の「声」を無視して強行できるような体制こそを「いま」批判していかなければなりません。

 私たちはちゃんと自らの不満を表明する必要があります。研究室の教員のポストが空いたままで教育をじゅうぶんに受けられないこと、自殺者が相次ぐブラックな研究環境が10年以上にわたって改善されないこと、学費が高すぎること、基礎ゼミが無味乾燥な学問論に置き換えられたこと、学食が高すぎること、英語の単位のために1万円を支払わないといけないこと、GPA制度のために思うような履修ができないこと……。

 「学内の規定に関してグローバルスタンダードに照らし合わせてすべて見直す」ことを大野総長は表明しました。そうであるならば、‟欧米”の大学に倣って民主的に選ばれた交渉力をもつ学生の代表をきちんと置くことをすぐにやらなければならない。もちろん私も学生ユニオンをそのような組織に発展させていければと考えています。

 私は今後も「ガバナンス改革反対」と「学費問題」を焦点に国際卓越研究大学制度に反対する署名やシンポジウムを開催する予定です。もちろん、ほかの理由で反対の意思をもっている人もいるだろうし、懸念を感じつつもそれほど強く反対しようとは思わないという人もいるでしょう。ぜひ私に連絡してきてください。一緒に声をあげる方法についてベストな形を考えていきましょう。現在休学中のため時間の融通は利きますので。


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