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忘れられない。

飛び込んできたのは、、カシマスタジアム。まだ改築される前のカシマスタジアム

どこへ行くのか全く聞かされていなかったので、目をパチクリ見開いてずーっっとそのスタジアムを眺めていました。1997年12月13日Jリーグチャンピオンシップ第2戦。鹿島アントラーズVSジュビロ磐田。

ジーコやアルシンドが、来日した頃がちょうど日本への出稼ぎが増え始めた時期で、その後レオナルド、ジョルジーニョの現役ブラジル代表やブラジルで有名だったマジーニョやビスマルクが鹿島アントラーズへ。ジュビロ磐田にはドゥンガ。出稼ぎブラジル人にとってはこの試合はまさしくドリームマッチ。ブラジル色が強い鹿島アントラーズは、我々出稼ぎブラジル人にとって大人気のチームでした。当時小学6年生の私にも、この試合の凄さは分かっていました。

マジかよ。いいの?と自問自答しながらスタジムの中へ。普通はですよ?普通はそのままスタンドへ行き試合を観戦しますよね。しかし、私をその試合へ連れて行ってくれた大城エジバウドの友達が当時の鹿島アントラーズ監督の幼馴染だった事もあり、特別に試合前のピッチへ出る前の遊びの“ボール回し”に参加させてくれました。秋田豊にめちゃくちゃ弄られたのを覚えてます。ほーれ!ボール取れないだろう。と 笑 これからめちゃくちゃ大事な試合が待ち受けてるのに‥‥ 今更ですが感謝の気持ちで一杯です。

ゴン中山がキーパからボールを奪い、決勝ゴールを挙げ、ジュビロ磐田が敵地カシマスタジアムで優勝シャーレを掲げて喜んでる時に鹿島のサポータの何人かが乱入をしたのも覚えています。

“友達パワー”を使い、サインを貰いにロッカールームへ‥‥  負けた後のロッカールームではありましたが、小さい私はそんな空気を読む事が出来るはずもなく、しょんぼりしている選手から必死にサインをゲットんしました。裸の大人がたくさんいたのを覚えてます。今更ですが、申し訳ない気持ちでいっぱいです。


最後に、

当時の僕に言いたい。『ミニファブよ。お前が初めて観戦したこの試合に出場したジュビロ磐田の数人と、この先仕事をする事になるぞ』って。



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