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ダブルスレショルドvsシングルスレショルド

ここ数年、ゾーン2のセッションを1日に2回行う「ダブルスレショルド」トレーニングが、欧州の持久系スポーツ界で流行しています。
今回は、最近発表された研究をもとに、外的負荷を揃えた上で、シングルスレショルドとダブルスレショルドの生理学的負荷、各セッション後の心拍数の回復状況などを比べた論文を見ていきます。

※内的負荷や外的負荷、トレーニングの強度(ゾーン)についてはこちらの記事で詳しく解説しています。

対象者は14名の持久系アスリート(18-35歳、週5回以上のトレーニング実施)です。
運動様式はトレッドミルを用いたランニングです。

最初に漸増負荷試験を実施することで、最大酸素摂取量や本試行の運動強度を確定させました。
本試行は、カウンターバランスドクロスオーバーデザインで行われ、1本10分の中強度(血中乳酸濃度が4mmol/Lのランニングスピードの90%)を合計6本実施しますが、図のとおり、1回で6本実施するシングルスレショルドと6.5時間の休息を挟み、3本ずつ実施するダブルスレショルドの2条件があります。

図 各試行の実施条件
Kjøsen Talsnes R, Torvik P-Ø, Skovereng K and Sandbakk Ø (2024) Comparison of acute physiological responses between one long and two short sessions of moderate-intensity training in endurance athletes. Front. Physiol. 15:1428536. https://doi.org/10.3389/fphys.2024.1428536 (CC BY4.0)


なお、ウォームアップやクールダウンを含めた1日のトレーニング負荷を揃えるために、シングルスレショルドも6.5時間後に低強度のセッションを追加的に行っています。
総じて、この実験は、外的負荷を揃えることで、内的負荷への影響を見たデザインです。

こういった条件において、各セッション中の生理学的負荷(酸素摂取量、血中乳酸濃度、心拍数など)、主観的運動強度(RPE)、セッション終了から60分後までの心拍数(自律神経系のコンディション)、翌日朝の主観的体調の観点からシングルスレショルドとダブルスレショルドの特徴を見ています。

結果を見ていきます。
シングルセッションは前半パート(1-3本)に比べると後半パート(4-6本)で心拍数や血中乳酸濃度、主観的運動強度が高くなっていました。
これは、生理学的なドリフト現象が起き、内的負荷が高くなっていたことを意味しています。

一方、ダブルスレショルドは前半セッション(1-3本)に比べると後半セッション(4-6本)で生理学的負荷が高くなることはなく、むしろ指標によって後半セッションの方が低いものもありました。

表 各試行の生理学的負荷、主観的運動強度(RPE)
Kjøsen Talsnes R, Torvik P-Ø, Skovereng K and Sandbakk Ø (2024) Comparison of acute physiological responses between one long and two short sessions of moderate-intensity training in endurance athletes. Front. Physiol. 15:1428536. https://doi.org/10.3389/fphys.2024.1428536 (CC BY4.0)


また、シングルセッションの終了30分後、45分後、60分後の心拍数はダブルスレショルドの同時間帯と比べると、10%近く高いことから、自律神経コンディションにも著しい影響を与えていました。
さらに、翌日朝の主観的体調を見ても、疲労度と筋痛がシングルスレショルドで有意に高い(主観的な回復度が低い)ことが分かりました。

少し考えます。
ここ数年、3ゾーンで見た場合のゾーン2の強度を1日行うダブルスレショルドが欧州で流行っています。
低強度(ゾーン1)ではなく中強度(ゾーン2)を1日に2度も行うのは、一見すると無茶のように見えますが、今回の論文の結果を踏まえると、「内的負荷(心拍数、主観的運動強度)の増加なしに高い外的負荷(物理的負荷)を維持できる上にダメージが小さい」というメリットがあります。
一方で、シングルセッションではセッションの後半に運動継続時間の蓄積に伴う生理学的なドリフト現象(1回拍出量の低下に伴う心拍数の増加など)が起こるため、外的負荷を維持した場合、内的負荷が高くなってしまいます。
また、内的負荷が高まらないようにコントロールした場合には、今度は外的負荷が落ちてしまい、トレーニングの刺激は減ってしまいます。

今回の結果は1回の急性応答を見たものであり、トレーニング効果を比べたわけではありません。
また、シングルスレショルドで生理学的ドリフトを引き起こすような負荷も時にはトレーニング効果を引き起こすためにプラスに働くケースもあるように思います。

個人的には、今回の結果は持久系アスリートや持久系スポーツの愛好家がトレーニングの最適化を図るために洞察を与える論文だと捉えています。
一方で、これは他の全てのトレーニングにも言えることですが、ダブルスレショルドにも利点と欠点があり、流行っている、トップアスリートが使っているからといって背景や目的を理解せずに鵜呑みに実施するのは、返ってトレーニングへの不適応や怪我のリスクなどを高める一因にもなると感じます。

本記事は、「Kjøsen Talsnes R, Torvik P-Ø, Skovereng K and Sandbakk Ø (2024) Comparison of acute physiological responses between one long and two short sessions of moderate-intensity training in endurance athletes. Front. Physiol. 15:1428536. https://doi.org/10.3389/fphys.2024.1428536」を改変したもので、CC BY 4.0 で使用されています。

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