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0328:(GaWatch書評編007)『末期ガンでも元気です 38歳エロ漫画家、大腸ガンになる』

 死に臨む時は、誰もが独りだ。痛みも、苦しみも、自身で引き受けるしかない。ただ、周囲がそれを支えることは、できる。その支えが当人にとってどれだけ有り難いことか。

末期ガンでも元気です 38歳エロ漫画家、大腸ガンになる
著:ひるなま
発行:フレックスコミックス(ポラリスCOMICS)

 小説『やくみん! お役所民族誌』の取材で、いろいろこれまで読んでいなかったジャンルの書籍を読んでいる。そのひとつが癌を筆頭とする病気の体験談だ。本書はそのひとつとして偶然手に取ったものだ。(やくみんの続きは鋭意執筆中、気長に待ってね)

 内容は──いや、本書ほど標題が状況を的確に示したものは珍しいだろう。女性BL作家が末期の大腸癌と診断され闘病する体験コミックだ。そして、その状況の描き方が、素晴らしいのだ。以下、説明する。

 まず本書のぱっと見の特徴を記しておこう。体験コミックなので主人公は作者自身なのだが、絵柄は「鳥獣戯画のうさぎ」だ。え、聞こえにくかった? ではもう一度言おう。「鳥獣戯画のうさぎ」だ。つまりこれだ。

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 本作は全般に鳥獣戯画を模した筆タッチの描線で描かれている(実際はペンタブなのかも)。キャラクターの造型は大きくふたつに分けられる。主要登場人物に当たる作者とその夫、そして義姉は、鳥獣戯画に沿った簡略動物造型が行われ(冒頭ちょい役の藪医者もね)、一方で本作における「主役」の医療関係者たちは、おさらく作者自身の本来の絵柄で造型されている。これがとても漫画好きには心地良い。

 描かれる世界はヘヴィだ。著者は当初「食べられる量が少なくなり、すぐにお腹が減る」と自覚していたが、特段の病気を疑っているわけではなかった。しかし重い生理痛をきっかけに受診し、あれよあれよと大腸癌と診断され、手術で腹膜播種が見つかり、平均余命は2年半と宣告される。つまり作者は、末期癌の治療の過程で、自分自身の体験を描いているわけだ。

 このような時に、人間性は顕わになる。先ほど「素晴らしい」という言葉を使った。何故か。それは本作が、自分と同じ状況に置かれた人のために、伝えたいこと、伝えるべきことを誠実に考えて描きだしているからだ。

 体験談の語り口は、土台のところで大きくふたつに分かれる。ひとつは、自分の経験した嵐のような感情をそのままにぶつける語り。もうひとつは、そのような自分の経験を、少し距離を置いたところから冷静に見つめる語り。経験そのものはどちらも激しいものだ、それを作品として誰かに示す時のスタイルの話であって。どちらが絶対的な正解という問題ではないので、そこは注意して欲しい。もちろん、読者側の好き嫌いの評価軸は、これとは別にある。

 本書の特徴は後者、その冷静な筆致にある。もちろん「冷静」は決して感情を無視した冷徹のことではない。自分に起きた出来事、自分の心の状況、周囲の人々の振るまい、そして医学の知見。作者の観察範囲にあるこうしたさまざまな事柄を、「今後同じ状況に置かれるかもしれない人に何を伝えることが助けになるか」という視点で取捨選択し、コミックという作者自身の表現手段を用いて描いていること。それを私は冷静と呼び、それを私は素晴らしいと感じた。

 作者は幾度も「これは自分の経験でしかない」と語る。自分の経験に溺れる人には書けない言葉だ。他の患者を想い、その人に届けたい言葉を書くことのできる誠実さだ(下記は第9話より引用)。

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 本書は、複数の医療関係者の意見を踏まえ、できるだけ正確に医療関係情報を盛り込むように企図されている。文字だけなら、その時点で本書を手に取らない人もいるかも知れない。けれどもコミック表現で、擬人化されたうさぎに、正確な医療知識を重ねたならば。伝わる人は確実に増える。伝えるべき人に伝わる可能性が高まる。

 取材目的で本書を手にしたといった。その目的は、こうした本書執筆の姿勢から、十二分に果たすことができた。そしてそれ以上に、作者が残された時間の中で書き留めようとした内容と姿勢に、心を強く打たれた。

 私は26歳の時に父を亡くしている。当時父は66歳、体調を崩して受診したところ膵臓癌で余命1月と宣告され、そのとおりの時期に命を終えた。連絡を受けて大学から帰省した私は、その一ヶ月を父と共にしたが、母の判断で父には診断を告げなかった。もっといろんな話をすれば良かった、とは後から思うことだ。若い私は、死に臨む父と何を話せばよいか戸惑ったまま徒に時間を過ごした。付き合っていた彼女(今の妻)に遠方から来てもらい一目会わせることができたのが、せめてものことだった。祖父や叔父も癌で亡くしている私は、自分自身も癌を免れることはないだろうと思っている。

 作者の周りには、頼れる人たちがいる。夫、義姉、友人、そして出会った医師・看護師等の医療スタッフたち。誰もが作者に誠実に接し、それが作者にとって他の何者にも代えがたい支えとなっていることが、本書からよく伝わってきた。

 作者は「言われて嫌だった事」「嬉しかった事」を書き留めている(下記は最終回より引用)。

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 こうした記録は、作者自身がいうように人によって受け止め方は異なるとしても、癌の診断を受けた人とその周囲にいる人(特に後者)には大きな示唆となる筈だ。

 本書は間違いなくこの分野の中でも良書といえる。多くの方に一読を勧めたい。

--------(以下noteの平常日記要素)

■【累積48h31m】本日の司法書士試験勉強ラーニングログ
実績25分、チェック問題の一部で時間切れ。

■本日摂取したオタク成分(オタキングログ)
『月が導く異世界道中』第6話、商売、仲間、ハーレムとラノベ系の面白いところ取りではあるが、素直に楽しめるよ。『カノジョも彼女』第6話、今回も圧倒的な勢いで話が進み、三股への道が敷かれる。『究極進化したフルダイブRPGが現実よりもクソゲーだったら 』第2~3話、1話観たあとしばらく放置してたけど、ああ、これ面白いんだったな。

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