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0486:(GaWatch書評編009)草下シンヤ・本田優貴『ハスリンボーイ』

 偽造免許証、他人名義の銀行口座、トバシの携帯──詐欺に必要な様々なツールを用意し販売する「道具屋」を主人公とした漫画だ。これももちろん「やくみん! お役所民族誌」の参考として手に取った。

ハスリンボーイ 全4巻
著:草下シンヤ(原作)、本田優貴(漫画)
発行:小学館(ビッグコミックス)

 ハスリン=hustlin(g)という言葉を知らなかったのだが、ヒップホップ文化で「なりふり構わず金を稼ぐ」という意味の俗語に由来するようだ。本書の中では「非合法」と書いてハスリンと読ませている。つまりタイトルのハスリンボーイとは「非合法な手段で金を稼ぐ少年」の意だ。非合法な手段とは、上述のとおり詐欺ツールの売買。少年とは──これがこの作品のアイディアの肝になる。

 主人公は奨学金で学ぶ大学生。しかし、給付でなく貸与奨学金は、結局のところ借金だ。大学を出た時点で数百万円の借金を抱えることは、人生の足枷となる。主人公はそれを嫌い、大学生の間に奨学金を返せるだけの金をなんとしても稼いで、卒業と同時に足を洗おうと考える「少年」なのだ。

 設定に無理はある。が、それはエンターテインメントの舞台を整える「大きな嘘」だ。

 知らない世界を適当に想像して現実と異なる描写をする「小さな嘘」は、その世界を知っている人を「んなわけあるか」としらけさせてしまう。小さな嘘を避けるためには、徹底的に取材してリアルに描くか、またはディテールをぼやかして「嘘は書いてないけどぼんやりしてる」感じにするか、の二択になる。この作品の場合、舞台となる反社会的勢力の内部世界を、ディテールまできっちり描いていると感じた。もちろん私にとって「知らない世界」だから、本当の意味でリアルかどうかは判断できない。しかし、「知らないけれど、こういう世界はありそうだ」と思わせる説得力がある。例えば一巻、ラリった極道と電話でトラブルになった時に、何時間でも相手が根負けするまで筋を通すことでトラブルを回避する──なんてことは、私には思いつけない。実際にあった誰かのエピソードなんじゃないか、とすら思った。

 一方で大きな嘘──例えば「日本が沈没する」──は、多くの人は「そういう設定なのだな」と受け入れて、その虚構の上に展開される物語を愉しむことができる。「奨学金を返すために道具屋をやる」という設定もまたそうだ。この設定は、ストーリーを要所要所で駆動するギアになる。例えば、大学生としての昼間と道具屋としての夜を混ぜないという主人公の矜恃(それは後半で破られていくのだけれど)や、夜の世界に飲み込まれずに踏みとどまる立ち位置。そして、「卒業後は足を洗う」という出口までの疾走が物語を4巻という簡潔な長さで綺麗にまとめることに繋がっている。

 実は、正直1~2巻の初読時は、設定は面白いけれど周辺キャラクターの濃さにいささか引いたり展開も今ひとつのように感じていた。特に2巻エピソード10のラストで里中さんが「最っ低っ」と主人公を罵るシーン。仲が良かった彼女と仲違いし、その後の展開にも関わる重要な場面なのだが、彼女の心理がすとんと腹落ちしなかった。構造は分かるよ、アキヒロ兄ちゃんがその世界に入ってしまったからこその犯罪への憎悪。でも、主人公とのあの短い会話だけで、あそこまで詰る気持ちになるかなあ、というのが大きくひっかかった。言い換えれば、あの場面を描くまでの準備段階の描写が不足しているのだ。

 しかし3巻から凶悪な敵との抗争に焦点が定まると、俄然面白くなってきた。そして4巻の終幕の綺麗さ。あらためて1巻からさらっと読み返すと、1~2巻も十分にエピソードが練られていて面白いとあらためて感じた。これは作品世界が自分の中で馴染んだからだろう。(上記の里中さんの場面だけはやっぱり気になるけど)

 ひとつ、「うまいな」と思ったシーンを挙げておく。アキヒロは序盤の誕生会シーンでキャラを立てた後は優男的な印象が拭えず、半グレ組織のリーダーという立ち位置がなんだかぼやけていた。それを立て直したのが、3巻終盤から4巻序盤にかけて強烈なインパクトで登場するタイゾー・コウゾー兄弟だ。この狂ったキャラたちによる下克上か、と思わせたところでアキヒロが一発でシメ、「それでこそアキヒロ君っすよ!」とタイゾーがアキヒロへの心酔を示す。このエピソードでリーダーとしてのアキヒロの存在感を一気に際立たせ、クライマックス後の展開を自然に導いている。粗筋で書くと単純すぎるエピソードだけれど、やはり兄弟の強烈なキャラと勢いがそのまま読者への有無を言わさぬ説得力を産んでいるのだろう。こういう物語の作り込みは、勉強になる。

 本作は、おそらく、元の想定より短く連載が終わっているのかなと予想する。主人公がなぜ(他の仕事でなく)道具屋になったのかが明かされず、鍵を握る獄中の間宮とのエピソードが一巻から思わせぶりに匂わせていたのに描かれなかったからだ。敵との抗争も4巻までで目良との決着は一応ついたが(ナレ死?)、真の敵といえるウツロたちはそのままだ。こうした余白の物語を描くことが当初は構想されていたのではないかと感じる。

 が、それでもこの4巻のまとまりは、綺麗だ。終盤で目良が主人公にちょっかい出して×××したところから、別の世界線はあり得たろう。しかし、主人公は自らの人生を選んだ。その先に未来があった。作品はしっかりと完結していて、打ち切りには見えない。

 この作品はノワールとかピカレスクロマンと呼ばれるジャンルで、様々な犯罪や暴力が描かれる。ウェイ文化にも馴染めない人は多いだろう(私もそうだ)。だから、万人に勧めようとは思わない。しかし、それでも、面白かった。それは、エンターテインメント作品としてしっかり構築されているからだ。サブキャラたちの個性が立っている。裏社会のディテールに揺らぎがない。ストーリーの緩急が明確。主人公の行動に芯がある。そんな物語を読みたいと思っている漫画読みには、勧めたい。

 なお、消費生活センターを舞台にした公務員小説「やくみん! お役所民族誌」は、現在第12回から本格的に特殊詐欺グループを描く場面に突入している。「知らない世界」だから、昨日の溝口淳や今回の原作者・草下シンヤのように、裏社会のディテールを綿密に表現することは無理だ。でも、「知っていることしか書かない(書けない)」のでは、つまらない。詳しい人の著作からいろいろなものを吸収しながら、自分の作品に活かしていこう。

--------(以下noteの平常日記要素)
■本日の司法書士試験勉強ラーニングログ
【累積198h02m/合格目安3,000時間まであと2,801時間】
なんと今日もノー勉強デー。今からやっても中途半端だから諦めた。

■本日摂取したオタク成分(オタキングログ)
『FLAG』第1~4話、10年くらい前に一度通しで観て、高橋良輔監督らしいリアル戦場物で面白かった、という記憶だけ残っている。筋立てはまったく覚えて無いので新鮮。いやー、やっぱ作りが丁寧だなあ。『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』第1話、ついに6部アニメ化。ジョジョは第一巻以降ずっと単行本発行時に買って読んでる。読み返してないので、もう20年前だ。これも愉しみに観よう。『王様ランキング』第14話、いいないいなあ。『鎌倉殿の13人』第3話、音楽が三谷コメディなのでもう完全のそういう空気。好き。

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