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0272:(GaWatch書評編004)『メダリスト』第3巻

『メダリスト』第3巻
著:つるまいかだ
発行:講談社(アフタヌーンコミックス)

 本日『メダリスト』第3巻が発行され、すぐさまkindleで読んだ。期待に違わぬクオリティとひとつの物語の区切りに、溜め息が漏れた。以下、所感を書き留める。

(1)1~2巻の概要

 本作は競技フィギュアスケートを描いた作品で、3巻までの範囲では小学校中~高学年の少女たちの物語を中心に描いている。

 主人公の結束いのりは小学五年生。反対する親に隠れてスケートリンクに潜り込んでいたが、スケーターとしての人生に見切りを付けた26歳の明浦路司との出会いが運命を大きく変えていく。天才少女光、野生児ミケ、遅咲きの実力者絵馬など、個性的なライバルと戦い目標としながら、自らの道を切り開くいのり。そして、指導者としての実力を開花させ、幼いいのりを導く司。

(2)本作の見どころ① 劇画描線と萌え造型の組み合わせ

 小学生女子がメインキャラクターということもあり、その造型は頭と目が大きいいわゆる「萌え系」といえる。しかし、描線の荒々しさは劇画のそれだ。キャラクターの全身を同等のディテールで描くのでなく、表情など強調したいところをしっかり描き込み、他は時にラフ画のような雑さを残す。それは、悪い意味ではない。デッサンがしっかりしているから、表現としてしっかりと成立し、読者に違和感を抱かせない。一例を以下に示そう(第1巻172ページ)

メダリスト1巻スクリーンショット 2021-06-23 191311

 いのりがミケの逆鱗に触れた一瞬だ。圧倒的な目そして眉の描写がこのコマの肝で、それに連なる耳と口元もしっかり描かれている。対して、逆立つ髪の毛とジャージの描線は、そこだけ観れば雑だ。しかし、そうした個々のパーツが構成するこの一コマ全体に、有無を言わさぬ力が生じているのが分かるだろう。

 マンガは絵画ではない。1ページの中にコマ割りがあり、そのページが積み重なって一冊となり、巻が重ねられて物語が大きく駆動する様が読者に提示される。上のコマもまた、それまでの文脈のひとつの到達点に置かれることで、一枚絵より遙かに豊穣な印象を読者に与える。そして、そのようなインパクトのあるコマが、この作品には極めて多い。それが、この作品独特の濃密な読後感を生み出していると感じる。

(3)本作の見どころ② 意志の力を表現する絵と物語

 いのりとそのライバルたちは、みんな小学生だ。しかしハイレベルな競技スケートの世界に身を置くだけに、意志が明確だ。その意志の有り様がキャラクターの個性といえるだろう。

 実は、1巻冒頭では、主人公であるいのりと司は二人とも弱っている。いのりは母から禁止されておおっぴらにスケートできないし、司はスケート界で芽が出ず諦めムードにある。その二人が出会って、それぞれに自分自身の意志を自覚することになる。

 最初に「意志の力」を絵的に突きつけたのは1巻54ページ、母にスケートなんて無理だといわれそれまで死んだ目をしていたいのりが、最大の理解者・司と出会い気持ちを動かされ、母を説得できるかどうかの瀬戸際で「スケート絶対やりたかったの……」と涙をこぼして叫ぶシーンだ。明るく真っ直ぐな司の後押しにより、スケートを始めることについて母の理解を得ることができた後も、いのりと他の少女たちは、強い目と表情を幾度も見せてくれた。1~2巻を読んだ時点で、物語と連動した少女たちの表情の力強さが、私を強く魅了した。

 3巻を読む時も、そのようなコマを意識していた。主人公に限っても、この一冊の中にいくつも強い意志の表情があった。例えば37ページ「信じられる私で居たい!」、84ページ「先生みたいに!」、185ページ「私たちは…っ」などなど。それらの中で、ひとつだけ引用して示すものとして、以下のコマを選んだ(第3巻134ページ)。他のそれのように気迫のほとばしる表情ではない。むしろ静かな、それだけに強靱な表情だ。

メダリスト3巻スクリーンショット 2021-06-23 191311

 これは、1~2巻で抱えていたコンプレクス(他の子たちのように幼児期からスケートに取り組めなかったこと)を乗り越え、大会後に余儀なくされた怪我休養を受けとめ、更なる高みを目指す決意をした少女の表情と言葉だ。それは、向かいの座席に座った司に、そして1巻からここまで読み続けて来た読者に向けられている。司はそれをしっかりと受けとめる。読者もまた、司と感情をリンクさせて、いのりの思いを受けとめている。

(4)本作の見どころ③ 子供と大人のふたつのレイヤー

 ここにもうひとつの見どころがある。それは本作の物語構造の重要な技巧といえる。

 本作の主人公はいのりであり、そのライバルたちもみな小学生の子供たちだ。意志をもった子供同士、時にぶつかり合い、時に助け励まし合いながら、競技スケートという過酷な世界を歩んで行く。作品の描写の6割はこうした子供たちの世界だ。

 一方で、子供たちに伴走する大人たちの世界も描かれる。それは、コミカルタッチで描きながらも内実はリアルだ。例えば1巻冒頭近くでは、スケート教室内での保護者対応の難しさを描いていた。誰かを安易に褒めれば、他の保護者から文句が来る。取材に基づくであろうそうした指導側の苦労を描いた上で、司は真っ直ぐに(真っ直ぐ過ぎるほどに)いのりを褒める。それがいのりに力を与える。

 そう、大人たちは、まだ小学生の子供たちを、見守っているのだ。子供たちが子供たち自身の世界を生きていけるように、子供たちの目の届かない基礎を精一杯支えているのだ。それは第三巻序盤で、いのりが車内にスケート靴を置き忘れるエピソードでも明確に描かれている。「ちゃんとサポートするから、落ち込まないで待っててね」と頭に手を置く母親。「いのりさんを目標に導くのが俺の役目だよ!」とスケート靴を取りに走る(文字通り!)司。残されたいのりのサポートを申し出る他チームの蛇崩コーチ。また三巻終盤、大人の司に対して理鳳が失礼な振る舞いをした時、その父は理鳳を叱るのではなく、立ち上がり司に深々と頭を下げて、無礼を詫びる。子供は未熟で当たり前だ。周囲の大人に支えられて、その背中を見て、子供たちは育っていく。

 そのような「サポートする大人」として、本作における最大の存在は、やはり司だ。そもそもスケートをやりたいのに母にいえないいのりを勇気づけたのは司だった。その後もいのりが蹉跌する度に勇気づけ、励まし、褒めそやし、時にはほとんど親馬鹿ともいえる溺愛ぶりを示す。同時に、スケーターとして花開くことがなかった司が、指導者として卓越した資質を秘めていることが、いのりの導き手としての存在理由となっている。2巻の言葉を借りれば、選手の演技に対する観察・分析の「解像度」が高く、何が良くてどこを補強すれば伸びるのか、的確に伝えることができるのだ。そのことは第1巻第1話から既に描写されていたが、2巻で蛇崩が言語化することで、読者の意識にも明確に刻まれることになる。

 司は小学五年生のいのりを「いのりさん」とさん付けで呼びかける。同じ教室の瞳先生や別教室の蛇崩コーチが「いのりちゃん」とちゃん付けで呼ぶのとは対照的だし、他のチームではコーチの選手への呼びかけは呼び捨て(または愛情を込めた「ミケ太郎」とか)が普通だ。司はかつての居候先の小学生も「羊さん」とさん付けしている。この司独特の呼称は、子供に対する──おそらくは人間そのものに対する──敬意の表現なのだろう。このちょっとした言葉使いを通して、読者は無意識のうちに司の誠実さを感じ取っている。

 幼き者の意志を大切にする心、そして、未熟な者を適切に導く技術。その両方を合わせ持つ司だから、いのりを支えられるのだ。そんな司先生だから、いのりは彼を心から信頼し、共に歩こうと思うのだ。

 子供たちを中心に描きながら、それをきちんと大人たちが支えている。構造としてそれが見えるから、読者は安心して子供たちの物語を愉しみ、そして、大人たちの物語を同時に愉しむことができる。読者の視線はいつしか作中の大人たちと重なり、子供たちの成長を見守っている。いやー、物語表現のレベル高いわ。

(5)第3巻の所感

 あー、なんかここまでで、大体書き尽くした気がする。8割方が西日本小中学生大会の話。その端々で、ここまで書いてきたような素敵な絵、素敵なキャラクター群、素敵な物語を堪能した。

 本当は本巻では絵馬や理鳳の物語もしっかり描かれているのだけれど(これがまた良いのだよなあ)、そこまで論じる体力が残ってないので、残念ながら省略する。なお3巻では光の出番はほとんどなく、絶対王者として今後のいのりの目標となるのだろう。

 1~2巻を既読の人は、あのクオリティがきちんと繋がっているから、すぐに3巻を読むことをお勧めする。まだ既刊を読んだことのない人は、悪い事はいわない、すぐに1巻から3巻まで一気に読むのだ。可愛い絵好きな人にも、真っ直ぐなスポーツ物が好きな人にも、リアルな人間ドラマが好きな人にも、幅広くお勧めできる作品だと、私は思っているよ。アニメ化しそうな予感(実写ドラマでチャレンジも良いかも)。

 なお、今ならTwitterの「メダリスト」」公式アカウントで、第1巻第1話が公開されている。物語の入口段階だが、この作品の勢いを十分に感じ取れる筈だ。〆の台詞「笑顔が誰よりも天才!」を味わってほしい。

(6)終わりに

 絵の力、物語の力、いずれも高い水準にある。本作しか知らない作家さんだが、どのような来歴なのだろう。印象として近いのは、青木幸子、次に雨瀬シオリだ(後者は夜鷹コーチのビジュアルに引きずられた印象かも)。

 いのりと司、この二人のパートナーシップが本作の中心にある。司が「人生ふたつぶんの勇気の力」(第2巻117ページ)といい、いのりが理鳳の批判に反駁して「私はっ……私たちはっ」(第3巻185ページ)と叫ぶ。情と意志で結ばれた師弟の絆が二人をどこまでの高みに導くのか。今日3巻が出たばかりだというのに、もう続刊が待ち遠しい。

■本日摂取したオタク成分

『その男、意識高い系。』第6話、あー、詐欺に持ってったか。まあライトな面白さは出てる。『黄金の日々』第12話、十代の頃に観た大河ドラマで特に印象に残っている作品は『獅子の時代』と本作『黄金の日々』だ。今回久しぶりの再放送、しかし第一話を観逃したので観る気をうしなってしまった(そういうタイプなんよ)。しかし今回は叡山焼き討ちということで、観ることにした。あー、なんか凄いな。ちょっとしたシーンでも役者の存在感が濃厚。焼き討ちシーンの迫力ときたらもう。

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