私が橋本環奈と無人島で暮らした話

最初に、無人島に橋本環奈が一人で居た。
その無人島は現実の無人島なのか、夢の中で見ている無人島なのか、VRのような仮想空間の無人島なのかわからないが、とにかく形があるのかないのか判別し難い微睡みの中にいるような無人島だった。

無人島にいる橋本環奈は、頭がまいっていたわけでも無いのに、なんとなしにこの無人島が今の自分の世界そのものだと信じ始めていた。誰からの干渉もなく、自分で自分の顔を見ることもない無人島での日々の中で、自と他の境界線や概念そのものを失い始めていた。
橋本環奈は名前やレッテルなどのすべてが自分のためには機能していないことをたった一人の無人島内で気付き、自然に対しては人間相手に抱く「他人」という感覚では包括しきれず、自分と自然とを分けて考える事も難しく感じ、ただ自分がそこにいて、全く同じ感覚で自然があると漠然と、しかし漠然な理解こそが自然に対しては明瞭だと考えを紐解きつつ夜の星も出ない真っ暗な砂浜を歩いていた。

ある日、私が無人島に現れた。
漂着したのかワープでもして来たのか、私は橋本環奈と同じ無人島にやってきた。
私はそれほど大きくないはずの島内で橋本環奈と出会うまで四日掛かり、私も橋本環奈と同じようにその四日の中で酩酊したような感覚に陥った。当初抱いていた“無人島の大きさ”についても、無人島は大きいと思えば大きいし、小さいと思えば小さく、私自身も空間との境目が曖昧になっていたのか私自身が大きくなったり小さくなったりする夢を起きながらに見て感じていた。

橋本環奈と初めて出会ったのは、夜明け前の、青く、何も漂着していない、体温をひたすら奪う湿った砂浜で、私は会うなり「私がお前の可愛さを今作った」と絶叫した。虚ろな心で無人島を四日間歩いた中で何度も自分自身と向き合わざるを得ない状況に陥り、人に自分の存在を認めてもらって自分のかたちを作って欲しい気持ちと、自分のコンプレックスや願望がごちゃまぜになったまま突如目の前に橋本環奈が現れ、ボヤボヤした気持ちのまま、何も頭の中で濾過が行われずに口からついて出た言葉がそれだった。
私の絶叫に対して、橋本環奈は私の言葉に被せるように「私もあなたも可愛くないよ」と言った。真っ直ぐに目を向けられ、全く震えていない静謐な言葉に励起されたのか、私はついに言葉を諦め泣き出してしまった。

その夜、私は橋本環奈と一緒に眠った。

朝起きると、橋本環奈の姿はなかった。一緒に眠ったマメ科の木の根元からは橋本環奈の残した山へ向かう足跡があったが、既に夢と現実の区別も付きにくくなっていた頃だったので橋本環奈の存在もすぐに頭の中では希薄になってしまった。
橋本環奈との再開はその日の夜だった。また橋本環奈が現れ、橋本環奈にとっては私が現れ、共に眠り、朝起きると橋本環奈は山に向かう足跡だけを残して居なくなっている。それが何日も続いた。


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