流れ星から陽だまりへ
流れ星を捕まえたい。
子どもの頃は、そんな夢を見ていた。
でも、段々とそんな夢はもたなくなっていった。
「現実」を知っていったから。
空や海が青いのは何故だろう?
それを光のメカニズムで説明できるようになっていった。
あんなに青く綺麗な海。宇宙から見ると青い海。
手にすくうと透明だった。
だから、僕は近くでは見たこともない空も
同じなんだと科学を信じた。
流れ星のこともガスと核融合の仕組みを説明できるようになっていった。
流れ星を捕まえたい。そんな夢は語らなくなった。
宇宙から見ると、輝く地球も僕らの目から見ると輝いていないじゃないか。
流れ星を捕まえても、光っていないんじゃないかと。
子どもの頃は純粋に科学の「正しさ」を信じていたし、
それで良かった。
大人になっていくにつれて、
「正しさ」の物差しは一つでないし、
正しい言葉だけが正しい結果に繋がるとは
限らない人間の矛盾に気づいていった。
人は理屈や屁理屈とか仮説を作って、
あいまいな言葉とあいまいな世間を築いていることを。
そんなことに息苦しさを感じる中、
僕にも恋人ができた。
彼女にあの頃の僕と同じ質問をされた。
「なんで、空とか海は青いんだろう?」
女の子がこういう質問をする時は「文脈」で光のメカニズムがどうこうという正しさを求めているわけじゃないことは分かっていた。
でも、彼女の中に期待されている答えを
僕は皆目、検討がつかなかった。
だから、わざとぶっきらぼうに科学的な説明をして、
「だって、実際に海の水は手ですくうと透明じゃないか?」
子どもの頃の僕のまま、彼女に八つ当たりした。
彼女は手で×点を作り、「遠くから見るからだよ。」と言う。
「だから、『誰かの幸せ』も、その人の近くで見ないから、実際のその人は分からない。
その人の本当の苦しみが分からないから、幸せそうに見えてしまうんだよ」と寂しそうにつぶやく。
だから、遠くから見える地球は青く輝いているんだと、子どもの頃に僕にささやく。
寂しい顔をさせたくない僕は近くで見ても綺麗なものを必死で探した。
「それじゃあ、なんで蛍の光とか、太陽に照らされた朝露は綺麗なの?」
これには彼女も困った顔をした。
僕はこの時もう一つ思いついたものを恥ずかしくて言えなかった。
「命が生きているからじゃないかな?」と答えた。
「じゃあ、生きていることに感謝しないとな」とありふれた言葉で茶化して、
彼女を微笑ませる。
非論理な回答だったけど、彼女らしい言葉と表情でホッとした。
この時、僕が言わなかったこと。近くで見えるのに綺麗なもの。
それは君なんだ、ということを。
僕にとっては星のようにやさしく輝いて見える彼女。
彼女は今を生きて、地についた夢に向かっていく流れ星。
それも生きているから?
多分、それは僕しか感じていないはずなんだ。
でも、それはあまりにアレだから言えなかった。
結局、当時の彼女と別れることになる。
理由は色々あって書きたくない。
言ったこと。
言ってしまったこと。
言わなかったこと。
言えなかったこと。
それらは、どれも等しく価値があって、重くのしかかって、
彼女と別れることになってしまった後、僕を苦しめることになる。
「君が好きなんだ」それは言ったこと。
「君も同じ気持ちだとうれしい」それは言わなかったこと。
それらの言葉の有無は僕を悩ませ続けた。
僕は科学を放り投げて、藁にでもすがる気持ちで
神様とか、流れ星に願いを伝えたけど、
それは叶うことはなかった。
苦悩は哲学的な問いとして投げかけたりした。
当時の彼女は誰かの流れ星になった。
僕は燃え尽きて、砕け散った星屑の気持ちになった。
それでも、日ごろの生活の中で、
そういった傷も、子どもの頃の夢も
忙しさと、かける時間とかけられる時間で、
何もかも遠い過去に流されていく。
あの流れ星があっという間に過ぎていくように。
そんな僕にも色々な出会いとか、別れとかあった。
最後に恋した相手は、今の妻だった。
懸命に時代に流されながらも
しなやかに生きる彼女も、
また一つの流れ星だった。
今までの彼女とは違う流れ星。
幸運なことに、この流れ星は僕のところに飛んできたり、
僕に寄り添って、一緒に遊んでくれて、
時にはぶつかってくる流れ星だった。
彼女と結婚した時に僕は思ったんだ。
やっと流れ星を捕まえることが出来たんだと。
まぁ、でも今は陽だまりのような人だけど。
お題『流れ星を捕まえた』ウサギと馬様
【後書き】
長っ!書いてそう思った。
お題をお題らしく説明するために結構な量になった。
ショートショート?くらいの分量になってる?
wordの文字カウントで1556文字。原稿用紙4枚分じゃん。
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