面白さは、自発性から生まれる
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面白さは、自発性から生まれる

楽しそうに仕事をしている人に出会うと、「この人と一緒に何かやりたい」と思う。逆に、「仕事だからしています」という顔をしている人とは、一緒に仕事をしても面白くならないような予感がする。実際に、仕事を楽しんでいる人との仕事は、思ってもみなかったような面白い展開に発展したことが何度もある。仕事をするとは義務であり、責任を果たすことだが、義務だけでは何か物足りないのだ。

贅沢なことを言っているかもしれないが、報酬を得るのが仕事だが、できれば面白くしたいのだ。では、ここで言う「面白い」とは何か。もちろん、お笑い芸人が生み出す「面白さ」とは違う。英語のfunnyとは違う。

仕事ではないが、社外の人と一緒に勉強会を企画したことがある。当初はこじんまりとした4人程度のグループで集まることを想定していたのだが、面白がるメンバーが集まり、せっかくだからとアイデアを出し合っていたらいつのまにか100人を集めるイベントを実施することになっていた。講師陣も豪華でイベントにはまた関心のある人が集まり、来てくれた人同士の交流もあり、実施して本当によかったと思えた。

結局、面白さとは、自分ひとりで思いつかなかったことや実現できなかったことが、できてしまうことではないか。予想以上に成果が出がり、多くの人が喜んでくれたりすると、心から「面白かった」と思う。言い換えると、想定外なことであり、嬉しい大きな誤算であり、一種のハプニングである。想定通りに事が進んでもあまり「面白い」とは思わない。想定内のことは「無事に済んだ」に過ぎない。世の中には決められたことを決められた通りに実行しなければいけないことも多いが、そうでない自由度のある部分を探すことから面白さが生まれるような気がする。

飲食店の接客も、「こうしなければいけない」プロトコルは存在するだろうが、どんなお店にも自由度はあるはずである。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」の挨拶を欠かせないものとするとしても、一言「今日は暑いから、酢の物とかいかがでしょうか」と言ってくれたら、とても粋であり、僕は酢の物があまり好きじゃないが、こういう接客に接すると「面白い」と感じると思う。

楽しそうに仕事をしている人は、こういう面白いアイデアを出してくれそうであり、またやろうと決まった時に厭わず動いてくれそうなのである。仕事を義務だと思っている人からはこういうアイデアは期待できない。そう、楽しそうに仕事している人は自発的なのである。逆に言うと、仕事を楽しめていないと、自発的なアイデアが出てこない。自発性を求めらえると、恐らく苦しいのではないだろうか。楽しめる仕事とは、自発的になれそうな仕事である。その仕事に対し、「楽しめそう」という人たちが集まると、とてつもなく面白そうなものが出来上がり、想像以上の成果が生まれるに違いない。

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プロデューサー/編集者。新しい音声メディア「VOOX」編集長。書籍『シン・ニホン』『妄想する頭 思考する手』などのプロデューサー。その他、企業や組織の新規事業や組織開発プロジェクトにも参画。元ハーバード・ビジネス・レビュー編集長。 voox.page.link/tw