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豊かな消費から豊かな働き方へ

随分前の話しだが、P&Gの日本支社長だったインド人の方から聞いた言葉が印象的だった。彼はアメリカや東南アジアの国々で経験を積んだ後、日本法人の社長を任された。そこで日本の市場について「世界でも最も厳しい消費者である」と語っていた。

「厳しい」というのは、もちろん製品の品質面に関してであり、その消費者が日本企業の製品クオリティを向上させたとも言える。カタチの悪い野菜は店頭に並ばないし、洗剤などのパッケージも至れるつくせりである。同じような製品が無数に並ぶなどの弊害もあるが、企業と消費者が切磋琢磨したことで、世界に類するアドバンスな製品市場を作り上げ、われわれは豊かな消費を享受できるようになった。

こうして経済先進国の仲間入りをした日本だが、次の課題は労働市場だと思う。消費者の多様なニーズによって、多様でキメの細かい商品が生まれたように、労働市場が今後はより成熟する必要があるだろう。

労働市場の成熟とは、働く人の多様なニーズに応えることに他ならない。しかし、まだ一般的な企業の人事政策は画一的である。採用は新卒一括採用であり、会社の求めるキャリアルートに沿って評価され、異動も本人希望は叶わず、辞令ひとつで転勤を余儀なくされる。働く人が会社に対して「モノ言う」機会や状況はものすごく限られていて、会社内で働く人の個人的な意思を表明することは、組織内での「わがまま」な行動とさえなされてします。企業からすると、一人ひとりの要望を聞いていたら組織は回らないという論理である。

そして終身雇用の慣行と相まって、働く人は会社に居づらくなるのを極度に恐れ、言いたいことを言えない。これが労働市場に流動性があり、嫌だったら自由に会社を移ることができる状況であれば、ここまで働く人は我慢しないのではないだろうか。商品を買う人に100人100通りの好みがあるように、働き方や仕事にも100人100通りの好みがあるはずだ。それらを表に出すことができれば、労働市場は変わっていくに違いない。

変われないのは、労働の需要側である企業が、働く人に対して強すぎるという「幻想」にあるのではないか。幻想と書いたのは、かつては雇う側が強かったが、いまや思われているほど、企業と働く人との力関係は大きくないと思うからだ。
景気の変動は数年ごとに変わるが、基本的に、いまもそして将来も日本は人口減少社会を迎え、労働者の不足の時代になる。そして従来のルーチィン的な仕事は機械が代行し、人が担う仕事は定形化されていない創造的でイノベイティブなものへと、ますます期待される。そして、企業の競争優位は資本や生産設備の多寡ではなく、人材の質へと明らかにシフトしていく。つまり、「人」がますます企業にとって重要な資産になりつつあるのだ。

働き方の多様なニーズとは、働く動機、仕事内容、働く時間や場所、そして企業との関係などである。一人ひとりが自分にあった働き方を表明していくことで、企業も、聞き流すのではなく、意外と受け入れられないかと考えるのではないか。なぜなら、人材の重要性をひしひしと感じているのは、むしろ企業だからである。
「物言わぬ働き手」からの脱却である。最初は勇気のいる行動だろうが、特に企業で評価されている人から始めることで、企業の対応も少しずつ変わっていくだろう。つまり、働く人と企業との関係が対等になることで、健全な労働市場を築き、企業も働く人もハッピーな世界になるのだ。

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