USB PDのススメ(わりと壮大な話)

  子供の頃から電源というものに興味があって、小学生の頃は単3電池を10本くらい直列にしてシャーペンの芯を燃やして遊んでいた(?)。大学でも燃料電池の研究をし、いまも高圧電源系のデバイス開発の仕事をしているのもよく考えたらその延長とも言えるような。今回は電力供給の歴史について自分の認識を書いた。数年後の自分が、「あ~当時こんなこと考えてたんだっけ」となるように書いたので、情報の正確さとかは百パーは期待しないで頂きたい。(出典先を読むのも手)

  現代社会で家電を使おうと思ったらまず何をするか?といえば、「コンセントを刺す」である。これは、日本国内では交流100Vの電源が標準化されて各家庭に届いていて、それを前提に電化製品が作られているからだ。しかし実際に電気を消費する機械は、例えば一昔前のPCを買った時に付いてきたような巨大なACアダプターを必要としていて、あの箱のなかで交流を任意の電圧の直流に変換して使っているわけだ。ではなぜ最初から各家庭に直流電源が来ていないのか?それは「過去の技術では直流 to 直流での電圧変換が難しかった」という理由になる。

  交流は電圧の変換が簡単にできる。いわゆる「トランス」を使えば、コイルの巻数の比率に応じて、好きな電圧を作り出すことができる。100年以上前、ニコラ・テスラとトーマス・エジソンの間で争われたいわゆる「電流戦争」では、家庭に引く電源が交流 or 直流のどちらであるべきかが議論され、好きな電圧を作り出せる特性によって交流が勝利した。そして現代の世界では家庭用電源は交流が定着した。(*1

  さて本題に入ろう。そんな交流電化覇権社会が壊れ始めた現代についてだ。かつてはPCであれゲーム機であれ携帯電話であれ、それを充電するための専用のACアダプターが付属していて、アホほどACアダプターが世界に溢れていた。PCなんてどこの会社の製品であっても中身はそう変わらないはずなのに、微妙に電圧が違うコネクタも違うACアダプターが無数に生み出されていた。一方、世界ではiPodを始めとするPCに接続するデバイスで、USBから充電するものが増えてきた。しかしこの当時のUSBの規格はマウスやキーボード程度のデバイスを動かすための電源供給機能しか必要とされていなかったため、5V 500mAの2.5Wしか出すことができなかった。iPodくらいならそれでも良かったが、iPhoneを始めとするスマートフォンやiPadのような巨大なバッテリーを持つデバイスが普及してくると、そうも言っていられなくなった。USB 3.0では5V 900mAに増えたけれど大した向上ではなく、各社が独自に大電流を出せるUSB充電器を作って規格が乱立してきた(例 iPad用充電器は5V 2.1Aで10.5W出せた)。このままだと再度互換性のない充電器が世に溢れてしまうので、「USB端子を直流電源として広く使用するための規格」として「USB Power Delivery(PD)」が誕生した。

  USB PDは、それまでのUSBの電圧5Vだけでなく最大20Vもの複数の電源電圧をサポートし、最大100Wもの電力供給ができる点で画期的だ。これは、半導体スイッチングの技術が発達した現代で、直流から直流への電圧変換が容易にかつコンパクトな設計で実現できることに支えられている。そう、もはや電圧変換ができないというかつての直流の欠点は現代において解消されているのだ。これによってここ数年、一気に情勢が変わってきた。(*2

  私が所有するデバイスはUSB PDに準拠したものが大半だ。ThinkPad X280、Macbook Air 2020、iPad Air 4、Pixel 3a、GoPro、モバイルバッテリーなどはUSB PDやType-Cポートに対応しているため、全て同じ充電器を使用して充電が可能となっている。数年前まででは考えられないことだ。少なくともThinkPadとMacbookは独自の充電器だったし、仮にiPad用の5V 2.1Aのアダプタを使用しても、スマートフォンやモバイルバッテリーを充電するのには各数時間掛かっていて、都度差し替えることを考えると複数ポート出力できる大型の充電器なんかが必要になっていた。旅行時にそんな大型の充電器なんて持ち歩きたくないので、かつては結構困っていたものだった。でも今はUSB PDのおかげで各デバイスの充電が速くなり、小型の充電器を一つ持っていけば順繰り回していっても現実的な時間で終わらせることができる。

  加えて面白いのが、ロールスワップ機能だ。USB PDでは、Type-CからType-Cのケーブルを使用することになるが、これは両端が同じ形をしている。実はiPad AirとPixel 3aのようなそれぞれがバッテリーで駆動するデバイスの場合は、どちらを先にケーブルに繋げるかによって、給電・受電を切り替えることができる。これがロールスワップだ。つまり、Pixel 3aの充電が切れそうなときにiPad Airをモバイルバッテリーにして充電することができる。これが実に便利で、旅行の際にモバイルバッテリーが不要になってしまった。(*3

  結果、先日旅行に行った際のミニマム充電環境はPixel 3a、iPad Air 4、PD対応18W充電器(いまは20Wになってる)、Type-C to Type-Cケーブル のみとなった。

かつてiPhoneに付属していた5W充電器とほぼ同じサイズで20Wの給電が可能となった現代技術、とてもサイコーだ。

  ここまで基本的に手元のデバイス視点で書いてきたが、実はバックボーンの電力業界でも近年は直流化が進んでいる。元々交流が普及した理由は「電圧変換が容易だから」であったため、電力会社は発電所で発電した電力を数十万ボルトの特別高圧電力に変換して送電することで電流値を下げ、送電線でのロスを極力減らした送電を行ってきた。しかし交流での送電には「表皮効果」という欠点がある。これは、交流では電力線の断面全部が導体として機能せず、表面の薄皮一枚分しか実際には送電に使えないという性質になる。つまりいくら太い電線で送電して抵抗を小さくしようとしても、実際にはほとんど効果が無くなってしまう。これに対し直流送電では表皮効果が存在しないため、用意した送電線の太さをそのまま送電に使うことができ、交流以上に高効率な送電が可能となる。現代では半導体のスイッチングによる直流 to 直流の電圧変換が可能となってきたため、このような場合でも現実的に直流を使用することができるようになった。(*4, *5

  以上、個人的に期待している技術であるUSB Power Deliveryについて書き殴ってきた。興味のまま色々手当り次第にデバイスを買っていたので、気づいたらUSB PDの充電器が多数手元に転がっていて、結局意味ないじゃんwとなっている(持ち運ぶ個数は減らせるから良い)。デバイス販売各社にはぜひとも充電器の同梱を辞めて頂きたい。その意味では先日発売されたiPhone 12で充電器が別売りになったのは素晴らしいと思っていて、各社追従してほしいところだ。


出典

(*1) https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/2004/17/news007_2.html

(*2) http://www.ratocsystems.com/products/feature/usb31/02.html

(*3) https://www.radius.co.jp/blog/powerdelivery/

(*4) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%A8%E7%9A%AE%E5%8A%B9%E6%9E%9C

(*5) https://www.sbbit.jp/article/cont1/34592




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