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今日も一日

先週は雨ばかりだったので、今朝はくもりがちとはいえ日差しがあったのが嬉しかった。
久しぶりに小一時間かけて歩いた。
家は好きだが、ずっと家にいたんじゃ鬱々してしまうので。

いつもの街道を黙々と歩くだけでも、驚くほど大量の刺激を受ける。

空気がますます温んでいること
木蓮の花が終わっていること
道行くひと達の上着が軽やかなこと
すれ違ったクルマの窓から盛大に漏れてくる音楽
向かいの通りで子どもがあげた嬌声
背後から自転車が迫ってくる気配
ケーキ屋の換気口から流れてくる誘惑に満ちた甘い匂い
左右順繰りに出す足の軽さ
頭上はるか高みを横切っていく航空機と遅れてくる轟音の残響

そういう刺激のひとつひとつを味わったり受け流したりするのが心地よい。
清水が流れ出ているところに手を突き出して、水の冷たさや重さを感じるのとちょっと似ている。
別に飲むわけでもなく、顔を洗うでもない。
ただジャブジャブ流れる水を感じるだけ。

出先では、4月からの業務委託開始の準備を進めた。
久しぶりのことで不安もあるが、初期の仕事量はわずかなので無理なく再開していけそうだ。
ちょっと前から棚上げになっているnoteのマガジン整理も、今月中には終わらせられるといいな。
そろそろ心身の調子も落ち着いてきたから、書くことについての勉強を再開しよう。読みたい本がたくさんある。
自立支援医療の申請が完了したし、4月からは就労に向けた相談も始まる。
それから近代美術館に「美術館の春まつり」を観に行かねば。

おもてに出て歩くと、体力は消耗するのに気力は湧いてくる。
一見なんの代わり映えもしない日常風景でも、無数の情報がわたしを刺激し気づきを与えてくれる。
なんの栄養も含まれないただの水が、それでも生きるのに必須であるのと同じように。
わたしには毎日通うべき職場があるわけでもないし、求められてなにかを作ったり書いたりしてもいない。
ただ、健康で安全に暮らす権利を行使し続ける日々だ。
その清水の流れみたいな淡々とした日を、今日も無事平和に終えることができた。
ささやかに、ホッとしている。

明日も午後は少し晴れるようだから、外に出られるといいな。
ささやかな刺激を浴びに、生きていることを実感しに。


では、また。

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