藤井総太は神かマモノか 王座戦第4局、永瀬ー藤井

ついにこの瞬間がやってきた。羽生七冠の時もものすごいフィーバーぶりだったが、今回の藤井フィーバーもすごいことになっているようだ。彼が弱冠21歳で成し遂げたことを考えると、それも自然なことと思う。
記録や棋譜解説については多くの記事が出ているので簡単な紹介に留め、ここでは個人的に感じたことを綴っていくこととする。

当時の羽生との比較で言うと、羽生は1985年に四段昇段して1996年に七冠達成、プロ入り11年後、25歳の時である。一方の藤井は2016年に四段昇段して2023年に八冠達成、プロ入り7年後、21歳での達成はとてつもない記録で、羽生と比べてもいかに藤井の強さが凄いものかという事が分かる。
最近、河口俊彦先生(故人・プロ棋士でありながら秀逸な観戦記やエッセーの著作者として知られる)の名著「対局日誌」を読み返していたのだが、羽生のデビュー当時や七冠達成までの道のりを読んでいくと、必ずしも相手を圧倒して勝っていたわけではない。敢えて言ってしまえば、明らかに力が衰えているベテラン相手に痛い黒星を喫する時もよくあった。その中でも時折見せる終盤の逆転劇は「羽生マジック」として恐れられていた。


それに対し、藤井は4段昇段当時から将棋の完成度は抜群に高かった。その辺りは(またAmazon書籍の紹介で恐縮だが)下記の「羽生三冠ロングインタビュー」を参照して頂きたい。

また、勝又先生による下記記事にも、その強さの一端が理解できる内容が多く含まれている。

正直に言うと、今の藤井さんの強さは周りの棋士にある種の絶望感を与えているとも思います。

 羽生さんが七冠になった1996年、名人戦七番勝負では同い年の森内(俊之九段)さんの挑戦を受けて4勝1敗で防衛しましたが、ほとんどは逆転勝ちでした。森内さんは、自分は勝てない、自分は及ばない、なんて全く思わなかったと思います。

藤井聡太八冠誕生 「教授」勝又清和七段が語る羽生善治七冠との差

ならば、なぜそんなに終盤が強いのか、と言われたら「ギフテッド」(先天的才能)としか言いようがありません。

 よく詰将棋の力がすごいから、と語られたりしますが、詰将棋の能力だけものすごいという人はたくさんいますし、詰将棋がすごくても棋士になれなかった人もたくさんいます。

 そして、藤井さんは終盤力だけではない。全てを兼ね備えている。読みは素晴らしくても、感覚があまり良くない人はいます。感覚が鋭くても読みの深さが足りない人もいる。

藤井聡太八冠誕生 「教授」勝又清和七段が語る羽生善治七冠との差

さて、第4局の振り返りに戻ろう。戦型は両者得意とするところの角換わり。永瀬は研究範囲にある局面ではノータイムでバシバシ進め、昼食休憩の時点では消費時間に2時間以上の差をつけていた。しかも、おそらく研究がズバリはまってAI評価値で言うと6:4で永瀬持ち、これは考えらえる中でベストに近い展開だったと思う。
対して、藤井も持ち時間が少なくなる中、62竜や31玉など、一目見えづらい辛抱の手を重ねて局面を均衡させていく。両者が互いに底力を見せ、中盤から終盤へと向かう。104手目に藤井が57銀と打って清算してしまったのがちょっとした疑問手か。これで永瀬の玉が中段で頑張れる形になり、形勢も先手持ちに傾いていく。
そして117手目、永瀬が51歩成という好手を指した局面はお互いの玉の危険度がかなり違っており、評価値以上に先手がかなり勝ちやすい展開だった。藤井は37角から55銀と永瀬の玉に迫るが、これには簡単な勝ちの順があった。即ち、123手目に42金と打てば、同金と取っても王手をかけながら先手玉を安全にする手段があり、42金に玉を逃げるのも駒をボロボロ取られてしまい駄目。42金から自玉を安全にする指し方は永瀬が好みそうな順でもあり、誰もが第5局の事を考えていたと思う。

ところが信じがたいことに、永瀬は42金を指さずに53馬と入ってしまう。。これでは後手玉が詰まず、逆に先手玉の詰めろを受けなければいけない展開になり、一瞬で逆転である。この手が意味するものを知った時の絶望感たるや。。。永瀬は髪を搔き毟り必死に粘る順を考えるも、時すでに遅し。藤井が間違いなくとどめをさして、茫然唖然の幕切れとなった。

第3局に続き、永瀬の序中盤は完璧で、時間も大差をつけてリードしていた。その意味で対藤井として理想形を築くことができ、局面と持ち時間の両方でリードを保ちながら終盤に入ることができた。
にもかかわらず、藤井が勝つ事が出来たのは、やはり永瀬が第3局と同じく目に見えない圧力を受け続けていて、それが最後の最後に落手を生んでしまったと理解はできる。
ただ、それでも普通の永瀬ならば42金を打つ事が出来たはずなのに、指せなかったのはなぜなのか?安全勝ちを目指す永瀬をこのような一手違いの間違えやすい状況に持って行けるのは藤井だけがなせる業だろう。
今まで私は、藤井の事を「将棋の神に最も近い存在」として認識していたが、このような逆転劇を度々見せられると、認識を改めなければいけない。そう、藤井総太は「将棋のマモノ」であるとしか言いようがない。

かつて、羽生七冠が誕生した時、森下先生は「私は選手ですから屈辱以外の何ものでもない」というコメントを残したが、今回の藤井八冠についてプロ棋士の先生たちはどのように考えているのだろう。藤井の余りの強さに「絶望」しているのではないだろうか。
まだ弱冠21歳である。これからますます強くなることを考えれば、技術面・体力面・精神面で彼を上回るのは非常に厳しいと考えずにはいられない。

ともあれ、藤井総太先生、歴史的偉業達成おめでとうございます。これからも見る者をワクワクさせる将棋を見せてほしい。

永瀬先生に対しては、勝負の厳しさを多少知る者としては、かける言葉が見つからない。まだこれからも藤井先生と名勝負を繰り広げるためにも、捲土重来を期待したい。

王座戦今シリーズを通して素晴らしい将棋を見せて頂き、一将棋ファンとして至福のひと時を感じる事が出来た。これからも棋士の皆様による素晴らしい”作品”が生まれることを期待します。


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