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Gの呼び声


 この夏の出来事として彼奴との遭遇はまとめておかなければならないと思っていた。
 そう、Gとの遭遇である。所謂《ゴキ★☆》というアレのこと。

 絵島はそれなりの田舎の出身ではあるものの、大人になったらとんとエセ都会人化してしまい、虫やカエルの類が大の苦手になってしまった。そのため、これまでも幾度となく彼奴と遭遇したにもかかわらずその度に「逃げる」というコマンドを選択してきたチキン野郎なのである。

 ざっと書くとこんな感じ

 《助けを呼んだ相手一覧》
 (1)両親→車をブッ飛ばして片道三時間くらい掛かる距離にいる。
 (2)アパートの管理会社→「バルサンを炊け」と至極当然なアドヴァイス。
 (3)友人→応援のみ
 (4)何でも屋

 さすがに(1)や(2)はまだ絵島が都会に出てきたばかりのほやほやのお上りフレッシュさんだった時分のことだが・・・ここで問題なのが(4)の何でも屋という存在である。
 絵島はこの《何でも屋》にかなりの回数「ゴキブリが出たのでなんとかしてくれ」という馬鹿馬鹿しい依頼をお願いしている。まったく良い金づるだ。
 しかしながら絵島のように頼れる人間がいない孤独な都会人の為にも、ここはこうした方法で心穏やかな日々を取り戻した記録をぜひ残しておきたい。

 絵島は何度も何でも屋さんにお世話になっているが、一度として同じ会社に頼んだことはなく、その都度新しい会社に依頼をしている。
 しかし、それはたまたまだ。
 何せ彼奴との出会いは運命のようなもので・・・本当に突然にやってくる!!

 もう寝ようか〜とか同居人と他愛もないバカ話をしている深夜のことであったり、時にはトイレで用を足している最中のことであったり。夕食後の和やかなひとときに課金ぶっ込んでいる最中に居間が地獄と化したこともある。ある時などは徹夜で物語を書いてそろそろ寝ようかと立ち上がったその時に・・・なんてこともあった。
 結果として、その運命的な出会いを果たしたその時に一番早急に駆け付けてくれる会社に依頼を頼んでいるため、そのようなことになっているわけだ。

 しかしこちらも金を払うのだから、頼りになる勇者様に来ていただきたい。
 なにせこちらは必死なのだ。
 たとえたった一匹でも相手は醜悪なモンスターである。空も飛ぶし、攻撃力など計り知れない。心に負った精神的ダメージで死ぬかもしれない。同居人などはトイレで用を足している最中に足を登ってきたというから・・・もう絵島も同居人もしばらく家のトイレのドアを完全に閉めることが出来なかったくらいだ。

《完徹明けの悪夢》
 ある時、世の中が動き出す朝方に彼奴を発見した時に来てくれた何でも屋は、爽やかなイケメンであった。
 こんなイケメンが・・・ええ!? と思わず絵島は腰を抜かしたもんである。人間どこに出会いが転がっているかわからないもんだな・・・と関心しながら胸をトキメかせたが、そこはそれ。
 何せその時の絵島は徹夜明けで風呂にも入っていない上、こ汚いジャージを身に纏い髪をひっつめた可哀想な喪女ヲタ全開だったので、一気にゴキブリ発見以上の冷水をぶっかけられたような衝撃に襲われた。
 これから自分はこのこ汚い身なりのまま、徹夜明けで散らかり放題のオタクの汚部屋をひっかきまわされるのである。
 なんという拷問だろう(おめーが言うなよ!)乙女としてはツラすぎる。
 しかし今から片付けようにも、もしそこへ彼奴が現れたら・・・と思うと、見られたらヤバい物の数々にも中々手が伸ばせない。

 とりあえず絵島は本当に見られたらヤバいものだけをササッとまとめ、遠巻きに爽やかイケメン勇者の活躍ぶりを見守るという体で落ち着いた。

「ゴキブリ嫌いなんすか。いやあ、俺もダメなんっすよねえ」

 爽やかなイケメン勇者はそんなことをのたまい絵島を多いに動揺させたものの、持ち前の爽やかな笑顔で乗り切るという強者であった。
 爽やか笑顔の若いイケメン勇者が、腕に覚えはないものの「俺も仕事なんで頑張って退治するっす!」とか可愛らしいことを言うので、こちらもなかなか悪くない心持ちになってしまう。

 結局このイケメン勇者、Gの魔物を退治どころか発見すらできなかったのだが……しかし、それはそれ。汚部屋のぬしたる絵島にも罪があろうということで、溜飲を下げる。当然、お代は支払った。
 田舎の父に言ったら「バカか!?てめーは!!」とまた怒鳴られそうであるが……勇者様と共に「ここに魔物はいなかった!」という確たる証拠を手に入れたことで再び心穏やかな日々を得ることが出来たのだから良しとしようじゃないか。
 結局、あのとき絵島が見たものは……そう、徹夜明けの幻覚だったのだ。うん、きっとそう。ま・ぼ・ろ・し!

 しかし、よくよく思い返すと何でも屋を呼ぶというのは中々にしてリスキーなことである。
 何より、見知らぬ他人を家に上げるということなのだから、本当に用心せねばならないのだ。絵島もGを発見するとそのこと自体にてんやわんやしてしまい、わらにもすがる思いでとにかく誰でもいいから「勇者様は・・・勇者様はいずこにおられますや!?」的な気持ちになってしまうのだが、それでは非常に危険である。
 昨今の世情を鑑みるに、邪心を持つ勇者だっていないとも限らない。鍵や貴重品などの大事な物を盗られないようにするとか、逃げやすいところにいるとか・・・そういう点についても気を回しておくべきだったと今では猛省することしきりだ。
 とくに、女人の暮らしに見知らぬ男を入れるなんて・・・という不安な淑女の皆様もおられるだろうと思うので、次のようなケースも紹介しておこう。
 頼りになる女性の勇者様もおられました!

《深夜の攻防》

 魔物は時も場所も選ばない。時には深夜に突然夜襲を駆けてくる恐ろしい輩もいる。
 もちろん、全てを「見なかった」ことにして眠ることはできる・・・かもしれないが、この時も絵島家は勇者様にすがった。
「何でも屋 ゴキブリ退治」などというニッチなキーワードでググる深夜一時・・・しかし、ありがたいことに、そんな日本中が寝静まったような時間にもかかわらず、対処してくれるところもあるわけです。
 当然深夜料金取られたりするわけですが、背に腹は変えられず・・・この時も勇者様を待つこと・・・一時間(くらいだったかな?)

 深夜に鳴り響く絵島んちのインターフォン。待っていましたとばかりに飛びつくと、なんだかすこーしだけクセのある日本語が返ってくる。
 そうして現れた勇者様は女性だった!
 これには絵島も同居人も驚いた。
 何せもう深夜2時をまわろうかという刻限である。女性がこんな深夜に一人で見知らぬ客宅へ行くという・・・なんてリスキーな仕事なんだろうか。しかも「ゴキブリを退治する」というざっくりとした仕事内容で。
 

 余談だが、絵島は何でも屋にこの手の仕事を依頼する時に、何匹くらいどこに出たのかという詳細は伝えたことがない。「ゴキブリが出たので退治してほしい」と震えた声で伝えるのが精一杯なんである。だからつまりこの女性の勇者も現場に行くまでは「自分がどれくらいの数のゴキブリを相手にするのか」という詳細もよくわからないはずなのだ。
 なんて恐ろしい仕事だろうか!!!!

 やって来た勇者様は身の丈が170以上はあろうかというかなり強そうな感じで、漫画「キングダム」に出てくる女将軍みたいなお方であった。
 女将軍のような勇者様は日本語は母国語ではないのか、少しだけ癖があった。本当にキングダムの国のお方だったのかもしれない。
 勇者様は村人A・村人Bのように狼狽える絵島たちを尻目に、てきぱきと仕事を始めた。そうしてトイレの中へ消えて行ったかと思うと、しばらくしてどったんばったん大騒ぎしている音だけが辺りには聞こえ始めた。
 なんという頼りがいのある勇者様だろう・・・ここに来て絵島は、以前の爽やかなイケメン勇者が全く頼りにならなかったことを思い出した。
 あんな雰囲気だけ勇者に金まで払って汚い女オタの汚部屋を全力公開する羽目になったことを思うと涙が出そうだったが、そんなヒマもなく勇者さまはさっさと魔物討伐を終えて我々の前に戻ってきた。

「いました。いました。くじょしました」

 勇者様はGの魔物を無事討伐してくれた。
 のみならず、残党がいないかの確認や駆除剤のスプレーを撒くということもした上で、「換気口などの穴は塞いだほうがよい」というゴキブリ対策あるあるな豆知識についても我等に伝授して帰って行った。ちなみにこれはゴキブリ駆除を依頼して派遣されてきた勇者様の取る行動の王道パターンだと思う。これらが出来るという人間ならいますぐ商売が始められる。

 一口に「何でも屋」と言っても山ほどあるし、ゴキブリ退治や駆除を請け負っているところも沢山ある。
 結論から言うと、爽やかイケメンに払った金額も、女将軍のような勇者様に払った額もさほど変わりない。深夜料金を取られたくらいの差だ。
 それを思えば、やはりどうせ依頼するなら大手の会社の方がよいだろう。大手なら深夜の時間にも対応してくれるし、何より先述のような「女性がいい」とか「男性希望」とかそうしたことも融通してもらえそうな気がする。(※絵島は毎回《とにかく今すぐに来てもらえる人》にお願いしていたので、結局いつも割りと規模の大きな何でも屋にお願いすることになる)

 しかし・・・・・・大前提として、何よりもまずGの魔物が自分自身で退治出来たらそれに越したことはない。自分がそういうの全くダメでもさ、嫁さんや旦那さん、彼氏や彼女やその他もろもろのパートナーや相方が勇者なら一件落着じゃん? でもね……絵島んちはどっちもダメなんすよ。そんなもんだよ、人生なんて。
 これまでの経験則から言えば、Gを一匹駆除してもらうとおよそ一万円くらいは掛かる。これは万が一Gを発見できなくても取られると思って良い。
 自力で駆除できれば全く発生しない出費であり、Gを全く恐れない人間からすれば美味すぎる商売だ。

 そんなわけで、この夏・・・絵島はひとつ人として格段の進歩を遂げた。
 そう・・・Gの魔物を自力で退治したのである!

 これまでの人生において一度も、「たたかう」というコマンドをえらんだことのなかった絵島にしては大進歩。同居人も一緒にいたという心強さは当然あるものの、確かに敵を自力で「討ち取った」という喜びは何にも替え難い。
 絵島が使用した武器はその辺のドラッグストアで買えるスプレー式の駆除剤だ。
 しかし調べたところによると以下のようなものも大変効果があるとのことなので、ぜひ今後の為に準備しておこうと思う。

(1)キュキュットクリア泡スプレー(Amazonの評価レビューなどに使用の感想が載っているらしいです。界面活性剤が効果あるらしい!)
(2)熱湯

 キュキュットは食器用洗剤なのだが、スプレータイプで泡が出るためGに上手く命中しやすいようです。
 熱湯についてもインターネットでは《最強説》が唱えられているほどですので、効果が期待できそう! 90度くらいの熱湯を掛けられると大概の虫は死ぬんだってさ! しかしぶっかけられたら人も同じくらい大怪我負いそうだから気をつけよう!

 そんなわけで、絵島はキュキュットのクリア泡タイプスプレーと熱湯を常備しておきたいと思います。電気ケトルにいつも水を用意して置こう・・・

 しかしね・・・しかしですよ。
 そもそも論として・・・

 ゴキブリが出ないような家にすりゃあいいんですよ!!!!

 そういうわけで絵島、Gの魔物に効果ありというウワサを聞いて、早速購入してきました。

 クローブ、というハーブ!

 見た目は大きな鼻くそのような丸い塊ですが、ごりごりと少し砕いて置いておくとにおいで虫が避ける・・・らしいです! 絵島もこれをごりごりしてお茶のフィルターに入れてあちらこちらに置きました。

 インターネットの情報は玉石混交・・・しかしチキン野郎という生き物は藁にでもすがりたいんですよ。
 エアコンだとか洗濯機の排水だとか・・・怯えだしたらキリがない。
 目が悪い絵島は裸眼で黒いものが見えるだけで《ビクッ!》ってなってしまうような有様・・・カサカサする音とか怖いよ、もう!(;´∀`)

 極論を言えば、「借りぐらしのアリエッティ」みたく、両者が互いに出会うこともなければそれでいいんですよ。
 互いの世界を侵さず、あちらはあちらで、こちらはこちらで心穏やかに暮らしていければそれでよし。それで譲歩しようじゃないか、こちらも。お前ら皆殺しにしてやんよ、とまでは言いませんよあたしらも。どうせ家なんて賃貸だし。
 絵島や同居人はそう思っている穏健派なわけですけれども……しかし、あちらさんはそうじゃないじゃないですか。
 時もところも構わずに現れるじゃないですか!

 よろしい、ならば戦争だ。

 そういう勇者に私もなりたいと思います!
 この夏、晴れて絵島もGの魔物を自力で駆除したというステータスを手に入れたわけですから、今後はしっかりと対策に力を入れて二度と彼奴の侵入を許さぬようにしていきたいもんです。決まって彼奴らは夏に出るんですけど……油断大敵!

 まあ……出会わなけりゃそれでいいんですけれども!!

 それと・・・・・・部屋も片付けような!


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