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世界はコロナと戦っているが、わたしはGと戦っている

エレベーターのあるマンションから、外階段の建物に引っ越した。以前住んでいたマンションのほうが築年数は古いのだが、こちらの建物は手すりがサビだらけでボロボロで、一見すると人が住んでいるとは思えないかもしれない。それでも人は住んでいる。ネズミも住んでいるかもしれない。

あるとき、窓ぎわに立っていたら、ベランダにネズミの姿を確認した。そのとき、わたしは確かにネズミと目が合った。「かわいい!」とすら思ってしまった。ドブネズミほどの大きさではなく、他の住民が飼っているネズミが散歩でもしているのかしら、と非現実的なことすら考えたほどだ。以来、ネズミを見かけることはなかったが、ネズミが住んでいるかもしれないことは忘れないようにしていた。
ネズミが住んでいるくらいなら、当然、Gだっているよね。たまにGを見かけたこともあり、せっせと掃除した。前住民がどういう人だったのかは不明だが、ベランダの排水口にはたっぷりと洗濯クズが引っかかっており、風呂場を掃除するとお金(コイン)まで発掘した。換気扇の蓋を開けると油まみれで、換気扇を回すと油のニオイが流れてくるほど。脱衣所の扉や、風呂場の扉にある小さな窓にも汚れがたっぷりあり、外せるものは全て外して、掃除しまくった。

ところで、隣の部屋の玄関先には、内見時からゴミ袋が詰まれていた。ゴミ収集日まで玄関先に置いているにしては量が多かったので、引っ越しの予定があるのかもしれないと思っていた。ところがなかなかそういった気配がない。そういった気配はなかったが、2カ月くらい経ったときに、冷蔵庫を運び出しているところに出くわした。直後に、Gの出現率が上がった。隣の部屋で家財道具を動かしたことで、居場所のなくなったGがこちらの部屋に逃げてきたのかもしれない。
とにかくGの出現率が高まった。Gは意外ととろくて、おかげでたやすく退治できた。気の毒になるくらい多くのGを退治した。
すると、隣の部屋からまた、荷物を運び出す気配がした。ベランダに置いてあった洗濯機がなくなり、ゴミが散乱している床が見えた。そうしてまたGの出現率が上がった。ゴキブリホイホイ的なトラップを仕掛けたかったが、引っ越してきてから、取り急ぎ必要なもの以外は、まだ段ボール箱の中だったし。見かけたときにはほぼ確実に退治できていたので、それほど切迫感はなかった。

隣の部屋が引っ越してから数日経った頃、隣の部屋で何か作業をする気配を感じた。オーナーか、業者が、点検に来ているような気がした。そうしてまたまたGの出現率が高まった。わたしは淡々とGを退治するだけだったが、パートナーが突然「多すぎる!」と怒った口調になった。入居者が決まって消毒作業を行えば、またGがこちらに大量に押し寄せてくるかもしれない、と予測を立て、出現を待っているだけではラチが明かない、もっと積極的に対峙しようと対策を立てることにした。
対策といっても、たかがしれている。ゴキブリホイホイと、ホウ酸ダンゴと、ゴキジェットを買ってきて、設置するくらいしかできない。スイッチが入ったのかパートナーが大量に買ってきて、子どもがゴキブリホイホイを組み立てていた。その日は、設置する場所がないくらい組み立てられたゴキブリホイホイを蹴散らかして、布団を敷いた。

トラップを仕掛けたところで、Gの出現がおさまるわけではない。夜が更けるほどに出現するのはなぜだろうか。食器を洗いながら、歯を磨きながら、周囲に気を配った。目の端に、何かの動きを捉えると、すぐさま行動に移し、退治した。ヤツらは隙間がなさそうなところに逃げこむのが得意だ。動きは決して素早くないが、油断はならない。咄嗟に食器洗い洗剤を噴射し、手の届かない場所に姿を認めればヘアスプレーを噴射した。

わたしより早起きのパートナーが、「おぉ! 引っかかっている!」とゴキブリホイホイを覗き込んでは喜んでいる。呑気だ。わたしは深夜に淡々と確実に仕留めているのに、このパートナーの呑気さはなんだ? パートナーは、なんでもかんでも出しっ放しやりっ放しのところがある。その挙げ句にGが出現している可能性があると考えつつも、パートナーの後始末をするのに嫌気がさしていた。パートナーの後始末をしない代わりに、わたしは深夜に戦うことを選んだのだ。
世界では新型コロナウイルスと戦っているが、わたしは深夜にGと戦っている。

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