Eye'Dee <アイディー>

音楽を嗜むつもりが音楽に嗜められる人生を送っている者。

Eye'Dee <アイディー>

音楽を嗜むつもりが音楽に嗜められる人生を送っている者。

マガジン

最近の記事

砂時計-after story-

砂時計をひっくり返す。サラサラと時間が下に下に積もっていく。積もっていく砂はどこのものだったか。たしか観光地になるくらいの砂浜の砂を使っていた様な気がする。 許容できるだけの時間が過ぎると、またひっくり返す。全く同じ時間を要して全く同じ砂が全く同じく積もっていく。時間というものはこれだなと男は思った。限りある容器に放り込まれた自分というものが、今日も変わりなく積もっていく。それが増えることも減ることもない。性質が変わることもなく、色や形をそのままに繰り返し繰り返し。時々変化が

    • アイノウタ

      悲劇的なイントロがこれから起きることの悲惨さを予期している。曲がり角を曲がると得体の知れない影が待ち伏せをしていた。どっくどっくと合わせるようにリズムを早める心臓。動けないでいることをいいことに、踵を返すまでの間それはこちらを見下ろしている。ビッグバンドお決まりのフレーズのように徐々に増えていく音色。いっそのこと一思いにと願っても永遠に続く圧力は確かに凄みを増している。サビが始まるまでの間、うまく呼吸ができないほどの緊張感が続く。悲鳴を上げながら逆方向へ走り出し、今通ってきた

      • I owe you

        ちょうど真南を向いたベランダのおかげでアツシは今日も日の出に起床を促された。大きな伸びを一つ、それからテレビのリモコンをごそごそと探しニュース番組をつける。次は珈琲だ。ミル挽の機械を手に入れてからというもの、朝のこの時間が楽しみで仕方がない。テレビからはどうでも良いような世間の流行と、たっぷり広告代理店のスパイスが効いた芸能ニュース、それから政治。珈琲の香りが部屋を占領し、昨日買っておいたドーナツと一緒に朝食。 あぁ、何と幸せなことかとアツシは窓の外に目をやった。鳥が鳴き、季

        • calling

          春の陽気が迫る頃、芽吹くべく木々たちが爆発してしまいそうな生気を身体いっぱいに表現している。あぁ、今年も終わりに向かっていくんだなと男は思った。新年も早々に、寒さが和らいでいくことをどうしたって受け入れ難かったのだ。奥歯でため息を噛み殺し、目の前の木に手を触れてみる。喪失感というものがこうも自分に親しく寄り添ってくることなど三年前は想像できなかった。 大晦日の夜。実家に帰省していた男はこたつに潜り込み新年を待望する特番に目をやっていた。世間がこうして一年の終わりと始まりを特別

        マガジン

        • 短編小説2020
          43本
        • 無料版 落書き 愛はこめない
          2本

        記事

          砂時計

          昼下がり。男は茹だるような暑さに苛立っていた。 道路舗装の仕事は過酷だ。転圧機に腕の感覚を奪われながら歩き、スポーツドリンクを一気に飲み干す。そして容赦なく照り返すアスファルト。原油に含まれる炭化水素類の中でも最も重質なそれは、独特の匂いを放っている。スクリードによってさらに加熱された地面はさながらサウナの様相を呈している。いっそそのまま溶けてしまいたいと願ってみても、辛うじて保たれた肉体は危険信号を発しながら労働を続けた。 『こんにちわー。』 工事中の路面脇、歩行者専用に確

          トワイライト

          何かを合図するように街灯がチラついている。辺りはまだ西の空が染められた頃だった。茜色という漢字に西という字が入っているのはきっと夕焼けを比喩したからに違いないと男は考えていた。周囲の明るさをよそにタイムスイッチに背中を押され、意味もないのに街灯が瞬きを繰り返す。 夕焼けは良い。終わりを思い出させてくれる。知ってはいるが実感することのない終わりという概念。生きていると始まりばかりが纏わりつくが、本質的には全てが終わりへと向かっていることを誰もが知っている。見失わせてしまう街の灯

          笑顔の種

          木はそこに立っていた。力を入れるでも抜くでもなく。向きを変えることも、表情を変えることもなく、根を張り、枝を伸ばし、葉をつけ、時々花を咲かせたりしながらただそこに立っていた。そして、色んなことを想っていた。一年を通して小鳥がやってきては住処を作る。枝を折られ、実を食べられ、葉をむしられても、木はまるでお構いなしといった様子でやり過ごす。虫たちもそうやって集まってくるが、気が付けば鳥に食べられてしまったり、リスなどの小動物に食べられてしまったり、同じ虫が長居することは珍しかった

          ボツ作品

          男は音もなく降り続ける雪を眺めていた。きっと積もることのないだろうそれは、アスファルトを僅かに湿らせて溶けた。ひと冬に数度だけ、この街にも雪が降るが殆どの場合積もることもなく雨のように地面を濡らすだけで過ぎてしまう。男は季節を心ばかり彩るそれに自分を重ねずにはいられなかった。年末を迎え、仕事を納め、それからなんでもない空白の時間を過ごす。たいした趣味もなく、持て余した時間は殺人的な思考を招く。今年の初めに訪れた決意らしきものは、正月休みが終わったらと先延ばしにした結果、春先ま

          キミノウタ

          街を出ることにしたテツは、朝に弱い自分のために、朝日の入る東向きの部屋を選んだ。明け方五時半頃になると、この部屋には鬱陶しい朝日が差し込んでくる。あり合わせのカーテンは実家で余っていた年代物。日に焼けきったそれは、朝日を遮ることもできず、丈も見ずに持ってきたものだから、少し寸足らずだった。おかげさまで新しく始めた現場仕事にも、寝坊こそなくなったものの、無駄に早く起きてしまうという喜ばしくない副産物があった。身体を酷使する仕事は、歳を追うごとに疲労が蓄積され、最近はどこかしらが

          帰る場所

          久しぶりだな、とカツヤは思わず周りを見渡した。ある程度都会めいた変化を遂げた故郷の駅前。高層ビルが随分と立派そうな顔つきでこちらを見返す。背伸びを繰り返す田舎というものは、大抵駅前にオシャレな建物を造ってしまう。それとそれ以外の区別がハッキリとつき、まるで思春期の女の子がアイメイクだけ覚えたような感じだ。ガラス張りのビルは、光を反射して周りの景色を写す。これが都会ならばそれの景色は無機質なのだろうが、ここでは写し出されるものに温もりを感じる。カツヤは利権に支配された田舎らしい

          my name is you

          今日も訪れてしまった深夜零時過ぎの憂鬱。男にはこれの正体が分からぬまま、ある種の恐怖と共に一ヶ月を過ごしていた。寝付けぬまま、それでも翌日の仕事に備えて目を閉じてみる。まるで眠たくならないので最初の日は『眠れない』と検索し、寝る前のアプローチを散々眺めて朝を迎えた。翌日、その通りテレビを早めにやめ、携帯を触らず、部屋の明かりも早めに暗くした。それから風呂に入り、睡魔を歓迎しようとベッドに転がる。すると招かざる客が顔を出す。男には、憂鬱の正体がわからなかった。ある程度自暴自棄に

          10年前へのメッセージ

          晴れた空、遠くに浮かぶ雲がまるで何かを彷彿とさせる。窓側に陣取ったユウは、珍しくカフェオレを注文した。もう一度窓の外に目をやると、答えがわかったような気がした。十年前、この土地に移り住んだ頃によく似ている。落ち着ける場所を求めて喫茶店巡りをしていた頃。身寄りのない土地で、これから起きる全てのことを整理する場所が欲しかったからだ。大抵の人にとって、それは友人や家族、信頼のおける誰かなのだろう。知らぬ土地で、ユウにはそれが無かった。せめて自分と寄り添う自分を置いておける場所が欲し

          10年前へのメッセージ

          Anniversary

          今日という日に送る言葉。何をどう選ぶべきかを青年は悩んでいた。傾けられた珈琲カップから流れ込んでくる漆黒の液体は、苦味やコクこそあれど、名案を連れてくることはなかった。青年の悩みはこうであった。今日は彼女と付き合い始めて、五年目の記念日になる。しかし、五年目の記念日という表現が、一体何を記念しているのかが分からなかった。無論、一緒に過ごした時間は幸せそのもので、そんな時間がいつのまにか積み重なっている今日は、何の日でなくても特別だ。そう、何の日でなくても毎日が青年にとって特別

          delight

          月が登る、というより何かに引っ張られるように位置を変えた。車内から世界を傍観するのは実に良い。季節を感じさせてくれるのに、室温は快適そのものだからだ。湾岸へ向かう国道は、深夜の様相を呈していて、数台のトラックが唸りを上げている他は随分と静かだった。 男は少し人と違った思考に陥ることが多かった。その度にパンクしそうになる脳と、心を落ち着かせようとドライブに出かけることが多かった。先日、雰囲気の良い喫茶店をみつけ、入ってみると数人の中年男性が談笑していた。やめておけば良いのに近く

          ラストソング

          泡が遠ざかる。ミツヤは底から闇と光を見ていた。僅かほど肺に残った空気を吐き出した。泡はミツヤを置き去りにして水面を目指すのだろう。キラキラと光を反射しながら少しずつ小さくなっていくのに少し寂しい思いをさせられる。闇と光の境界線は、躊躇なく光の方から押しつけられていた。自分が深く深く沈んでいきいくらか経った頃、ミツヤはついに光を失っていってることに気がついた。眼前に捉えられる泡が鮮明に確認できない。息を吐いても、もがいても、光の反射なしに物質は確認できないのだと知った。ここは深

          進化論

          エナがいた最後の場所には、今もまだ花が供えられている。あれからもう十五年が経つ。ヒロシは、偉そうに故人を偲ぶような思い出がないからと、エナとの過去を誰かに話すことはせずにいた。 明け方の交差点。信号無視をして右折してきた車にエナの命は奪われた。 まだ就職したばかりのヒロシは、通勤路の渋滞に苛立っていた。ただでさえ慣れない通勤。時間に余裕をもって行動はしていたが、殆ど車が動かない。二車線の国道、何かあったのだろう、不自然に左車線が空けられている。やがて二車線に車が割れていく