グルームブリッジ1830でかすぎ事件

発端は2012年に発表されたある研究でした。アメリカの天文学者タベサ・ボヤジアン氏によって率いられこの研究(2012ApJ...746..101B)は、44個の恒星のサイズを直接測定した先進的なものでした。グルームブリッジ1830もターゲットの1つでした。

研究に用いられた「CHARAアレイ」は、口径1メートル望遠鏡6台からなる望遠鏡群で、カリフォルニア州ウィルソン山天文台の敷地内にあります。目的は「干渉法」による観測を行うことです。2つの望遠鏡で同じ天体を観測し、その光(赤外線なども含む)を光ファイバーなどで統合して重ねると、光が明るく見えたり暗く見えたりします。これは光が波としての性質を持ち干渉を起こすためです。ターゲットのサイズによってそのパターンが変わことを利用すれば恒星のサイズを知ることができます。

干渉法では、天体サイズの測定値は、均一な円盤直径(uniform disk diameter)と周縁減光を伴った円盤直径(limb-darkended disk diameter)の二つがあります。実際のサイズを計算する上ではより実態に近い後者が使われます。この研究で得られた周縁減光込での視直径は0.696±0.005ミリ秒角でした。

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見かけのサイズと距離が分かれば天体の実際のサイズを計算できます。グルームブリッジ1830までの距離は、当時すでにヒッパルコス衛星による三角測量で正確な値が知られていました。このようにして求めたサイズ(半径)は太陽の0.681±0.006倍で、従来間接的な手法で推定されていたサイズより10%以上大きいものでした。

サイズが決まれば、見かけの光度(ボロメトリック・フラックス)と組み合わせることで有効温度を計算できます。この研究で求められた有効温度は4759±20ケルビン(4486±20℃)で、従来の推定より300℃も低温でした。低い温度は大きなサイズと表裏一体です。光度が同じであれば、サイズが大きいほどその光度を満たすために必要な温度は低くなるからです。

同様の逸脱が認められる恒星はいくつかあり、それらは、グルームブリッジ1830も含めて、金属量(※組成中にヘリウムより重い元素が占める割合)が低い、金属欠乏星だという共通性が見られるようでした。

(グルームブリッジ1830の金属量についてはこちらの記事も参照)

ボヤジアン氏らの数か月後、グルームブリッジ1830を含む2つの金属欠乏星についての研究(2012A&A...545A..17C)が公表されました。筆頭著者はCreevey氏ですが、ボヤジアン氏も共著者に名を連ねています。この研究では先の研究と同じCHARAアレイのデータにいくつかの新しい観測データを加えて分析を行ったもので、グルームブリッジ1830のサイズ(半径)を太陽の0.664±0.015倍、温度を4818±50ケルビンとしました。先の研究が伝えていたグルームブリッジ1830の異常に大きなサイズと低い温度を追認する結果です。誤差は十分に小さいと考えられたため、Creevey氏らは金属量の低い恒星について従来のモデルが不正確なのではないかと述べています。

測定結果に対する疑問

グルームブリッジ1830は金属欠乏星の中では最も太陽近傍にある天体であり、金属欠乏星に関する様々な理論を検証したり、モデルを較正するための重要な「ベンチマーク」(基準点)となっていました。そのため予想外の観測結果は波紋を呼びました。

2015年のHeiter氏らの研究(2015A&A...582A..49H)は、様々なベンチマーク星について検証したもので、グルームブリッジ1830についても詳しく取り上げています。Heiter氏らが既存の研究を調べたところ、これまでに間接的な手法で求められてきたグルームブリッジ1830の有効温度はほとんど5100ケルビン前後(約4800℃)の値で一致していました。

間接的な方法とは、分光法や測光法です。分光法は恒星のスペクトル(※光を波長分解した物)を調べる方法です。スペクトルの特徴(吸収線や輝線など)は有効温度に敏感に影響されるため、スペクトルを調べれば有効温度を推定できます。一方の測光法は恒星の明るさを複数のフィルターで観測し、波長ごとの明るさの違い=色を調べることで有効温度を知る方法です。これらの手法を用いた研究がコンスタントに5100ケルビン前後の値を示していたにもかかわらず、干渉法だけは飛び抜けて低い値を示しました。そうなると干渉法の測定自体に何らかの問題があったのかもしれません。

2012年のボヤジアン氏とCreevey氏の研究のうち、後者で使われたデータセットは前者のデータセットに少数の新しい観測データを加えたものです。つまり一連の報告はボヤジアン氏が最初に使用したデータセットのみに強く依存していました。

また、Creevey氏らの研究ではCHARAアレイの観測で2種類の接続装置を使用したため、データセットは2つのサブセットに分かれます。Heiter氏らがサブセットを別々に処理したところ、互いに7%も異なるサイズが導き出されました。これは2%程度と見積もられていた先の研究での誤差が楽観的過ぎる可能性を示しています。

また干渉法の観測でカバーされた範囲にも懸念があります。干渉法では望遠鏡の距離を離すにつれて観測される光が暗くなった後、再び明るくなり、その後同様の明暗を繰り返す干渉縞のパターンが観測されます。2012年の二つの研究は近赤外線を通じて行われたため、明暗のパターンは緩やかな変化として表れました。限りある望遠鏡の距離でカバーできたのは減光へ向かう最初のパターンのごく一部に留まりました。このような状況では、予期しない測定値の偏りがあった場合の影響を受けやすくなります。

これらのことからHeiter氏らは較正やデータ処理に問題があった可能性があり、より詳しい観測が必要としました。

再測定

2018年のKarovicova氏による研究(2018MNRAS.475L..81K)は、グルームブリッジ1830のサイズを他の3つの恒星とともに再測定したものです。この研究では2012年の2つの研究と同じくCHARAアレイを用いていましたが、望遠鏡の接続装置として新開発の「PAVO」「VEGA」が使われました。これらは波長の短い可視光で観測を行うため、短い距離で変動する干渉パターンが生じ、2012年の研究の限界の一つであった干渉パターンのカバー範囲が少ないという問題を克服できます。

Karovicova氏の研究で測定されたグルームブリッジ1830の直径(周縁減光を含む)は0.595±0.007ミリ秒角で、直径は太陽の0.586±0.007倍、有効温度は5140±49ケルビン(4867±49℃)という結果になりました。サイズは2012年の研究で示された値よりも10%程度小さく、有効温度は間接的な技法で求められた値と一致するものでした。

新しい研究が古い研究に対して常に正しいとは限りませんが、Karovicova氏の研究は前述の干渉パターンのカバー範囲という点で2012年の研究よりも信頼性の高いものと言えます。またKarovicova氏は、2012年当時使用されていたCHARAの接続装置には、ターゲットの見かけの直径が1ミリ秒を下回るような場合に異常に大きな測定値が出るという「悪癖」が2012年以降に見つかっていると指摘しています。

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