”探査機絶対殺すムーン”に挑む日本の探査機MMX

火星の衛星を探査する日本の宇宙探査計画「MMX」(Mars Moon Exploration)の準備が進みつつあり、ニュースでも取り上げられるようになっています。この記事では人類による探査を拒み続けてきた過去のフォボス探査の歴史とフォボスを探査する意義やフォボスの名前や人工天体説などの話題について触れています。

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MMXははやぶさはやぶさ2と同様に天体の表面から10グラム程度の砂を地球に持ち帰る「サンプルリターン」を行います。はやぶさでは小惑星を探査しましたが、今度はなぜ火星の衛星なのでしょうか。

衛星というと地球の月のような天体を思い浮かべますが、火星の2つの月フォボスデイモスはどちらも直径10km程前後小さな天体で、表面重力は微小で、地表を平らに均す作用が働かないため歪な形をしています地球の月よりも、はやぶさが探査したような小惑星に似ています。


つまり、はやぶさで培った低重力下でのサンプルリターン技術を存分に活かし、発展させる舞台としては好適なのです

画像1


画像は2008年にNLSLの火星探査機マーズリコネサンスオービター(MRO) が撮影したフォボスの姿です。MROはMMXと異なり、周回軌道上から火星本体を観測するための探査機ですが、フォボスの観測も行いました。



また、フォボスには、小惑星にはない興味深い要素があります。

火星の至近距離の軌道にあるフォボスは、火星への天体衝突で巻き上げられた火星表面由来の物質が降り積もっている可能性が指摘されています。フォボスの土を回収できればフォボスだけでなく「火星の土」までもが手に入るかもしれないのです。

火星は数十億年前は温暖な気候で、生命が存在した可能性もあると言われています。火星の土を回収し調査できれば、科学史に残る大発見も期待できます。

ダイレクトに火星表面へ降りて火星の土を回収する方法では、大気圏突入や火星面から地球へ向けての全自動での打ち上げなど、技術的難易度が極めて高いと考えられており、フォボスの土を回収して「火星の土」を手に入れるのは現実的で魅力的なアイデアとして世界中で検討されています。

フォボス探査の歴史

人類はこれまでにも何度かフォボス探査を主目的とした探査機を打ち上げてきました。

結論から言えば、3回打ち上げて全て失敗という結果に終わっています。

これまでにフォボスを目指した探査機は3台

フォボス1号1988年ソ連 失敗
フォボス2号1988年ソ連 失敗
フォボス・グルント2011年ロシア 失敗
MMX 2024年 日本 ??


成功率0%でこう並べてみるとMMXにとっては縁起でもない状況ですね

このほかに、火星探査機が火星表面撮影用のカメラをフォボスに向けて観測する例はあります。

ここまで人類の3戦全敗、という結果になっています。失敗がつきものだった宇宙開発黎明期ならまだしも、成功が当たり前となった1980年代以降の探査なのに失敗が続いているのは気になります

名前自体が不吉

古代より火星はその血のような色から戦争に結び付けられ、ギリシャ神話では火星は軍神アレスの化身とされました。その衛星に神話におけるアレスの息子ポボスの名にちなんだ名が与えられたのは、自然な流れといえましょう。フォボスという言葉自体は「恐怖」「敗走」を意味する実にネガティブな古代ギリシャ語の単語です。「○○恐怖症」を意味する「~フォビア」も語源を辿れば、フォボスと同根になります。

どうしてそうなったのかというと、ギリシャ神話ではアレスは戦争の負の面を体現する存在として傲慢で乱暴な男神として描かれており、その息子であるポボスもまた争いごとに伴うネガティブな派生事項のイメージが割り当てられたからでした。そして火星に衛星が発見された後、負のイメージなど意に介さずにアレスの息子ということで命名が行われたのでした

宇宙人の陰謀?

またフォボスには古くから人工天体説があります。これはフォボスの軌道高度の低下を説明するためには、火星の大気抵抗が軌道を低下させているとの仮定の下では、フォボスの大きさに対してフォボスの重さが極端に小さいスカスカの低密度の天体でなければならないとしたうえで、その条件を満たす物体の一例として、金属製の外皮をもつ人工物が考えられる、とロシアの物理学者であったヨシフ・シクロフスキーが主張したことが発端です。現在では軌道低下の原因を大気の抵抗のみに求める前提がそもそも適切でなかったとみなされており、人工天体説は過去のものとなっています。MMXが光線銃を手にした宇宙人の姿を捉えた直後に通信途絶なんてことがないように祈りたいですね。

ちなみにソ連・ロシアがフォボスの探査に熱心なのは人工天体説がロシアから広まったという背景があり、フォボスに特別な関心が払われていたからです。

繰り返される失敗

1988年7月7日に旧ソ連が打ち上げたフォボス1号は、フォボスの探査を主な目的とした探査機としては最初のものでした。

初期には失敗の相次いでいたソ連の宇宙探査ですが、1980年代には技術的にも成熟し成功率も高まっていました。フォボス1号の火星への飛行は順調に進み、今回も成功かと思われた矢先の1988年9月、フォボス1号との通信が突如途絶えてしまいました。

この失敗はすぐに調査され、最後の通信が行われる直前に探査機のソフトウェアのアップデートが行われており、その内容にバグが含まれていたため姿勢制御装置が機能停止し、太陽電池パネルの方向が太陽からそれて、電力不足のため通信不能になっていたことが判明しました。

フォボス2号は、ソ連が1988年7月12日に打ち上げた探査機で、前述のフォボス1号と同一設計の機体を使用し、1号の5日後に打ち上げられた双子の姉妹機です。

9月に1号の通信が途絶えた後も2号は順調に火星へ向かい続け、1989年1月29日に火星に到達し、火星を周回する火星の人工衛星となりました。フォボス2号はまず火星本体を観測するミッションを行い、それを終えると軌道を変更してフォボスへ接近を始めました。

しかしその途中でコンピューターの故障が発生し、突如通信が途絶えました。

フォボス2号は、火星本体の観測では一定の成果を残したもののフォボスについてはほとんど何もできないままでした。

フォボス・グルントはロシアが2011年に打ち上げたフォボス探査機です。「グルント」はロシア語で「土」を意味しておりその名の通りフォボス表面の土を採取して地球へ持ち帰る計画でした。つまり今回のMMXと同じ目的を持った(別の言い方をすればMMXはフォボス・グルントの再来ともいえる)。サンプル・リターンを含むミッション内容は必然的に大規模で複雑なものとなっており、ソ連崩壊~混乱期のブランクを経たばかりのロシア宇宙産業の手に余る計画なのではないかと実現性を危ぶむ声も多く聞かれました。フォボス・グルントの終わりは意外にあっけなく訪れました。

計画では探査機をまず地球周回軌道に投入した後、ロケットエンジンの大規模な噴射を行い火星へ向けて旅立たせるはずでしたしかしいざ噴射というときに探査機に異常が生じ噴射は中断されてしまいました。

その後行程を変更し再度噴射を行うために、探査機へ向けてコマンド送信が試みられたものの、地上の送信用アンテナが、探査機を十分に追跡できない問題が発生。試行錯誤が続けられたものの、結局火星へ向かう軌道へ載せるためのタイムリミットに再噴射が間に合わず、真価を問われる前にフォボス・グルントの探査計画は断念されました




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