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グルームブリッジ1830に関するいくつかの古い研究

グルームブリッジ1830は太陽系近傍の恒星です。天文学者の間で大人気の天体であり、SIMBADデータベースによれば、少なくとも754件の文献がグルームブリッジ1830に言及しています。SIMBADのデータベースでは1850年以降の関連する文献を収集していますが、1983年より前の文献については不完全です。

1901年のキャンベルによる研究

SIMBADのグルームブリッジの項目に記載されている最古の文献は、1901年のウィリアム・W・キャンベルによる研究です。キャンベルは当時アメリカ合衆国カリフォルニア州のリック天文台の所長で、この研究では同天文台の36インチ屈折望遠鏡に取り付けられた最新鋭の「ミルズ分光器」を使った観測結果がいくつかまとめて報告されています。グルームブリッジ1830については次のように述べています。

(前略)・・・大きな固有運動を持つことから特別な注目を集めている。天空上での位置は毎年7.05秒角変化し、500年の間に1度ほど移動するに十分な速度だ。これは1898年に南半球のある8等星が年率8.7秒角の固有運動を持つことが発見されるまで、恒星の運動としては最も大きいものだった。

1901年にグルームブリッジ1830は既に有名だったことが分かります。固有運動というのは、恒星が天球上の位置を変えていく運動のことです。ちなみに2018年のデータではグルームブリッジ1830の固有運動の大きさは7.062秒角/年とされ、1901年当時からかなり正確な固有運動が知られていました。

また、当時すでにグルームブリッジ1830の距離を測定するために年周視差の測定も行われていたようです。この研究では次のように述べられています。

グルームブリッジの年周視差の測定はいくつも行われている。それぞれの結果は数値としては大きく異なるが、遠方の天体であることについては相当の合意がある。

これに続けて、この研究では0.14秒角という年周視差を採用することが述べられています。年周視差0.14秒角は23光年の距離に相当します。現代の感覚では「太陽系の近傍」ですが、当時は遠方の天体だったようです。この時代の技術では数十光年となると年周視差を測定できるかできないかぎりぎりの距離なので無理もないでしょう。なお2018年のデータではグルームブリッジ1830の年周視差は0.1090秒角、距離は29.3光年とされています。

この研究におけるグルームブリッジ1830についての核心は、ミルズ分光器を使って視線速度(※奥行き方向の速度)を測定したことです。視線速度は分光器を使って光を波長分解した「スペクトル」を得て、そこに見られるドップラー効果を調べることで測定できます。この研究では4枚のスペクトル写真を撮影し、その値は-93 km/sから-97 km/sの間、誤差を考慮すると-95±5 km/sだったと報告されています。視線速度のマイナスは太陽系に向けて接近していることを意味します。現代のグルームブリッジ1830の視線速度としては、2018年の研究で報告された-98.008 km/s という値が知られています。1901年の時点でかなり正確な値が測定されていました。

また次のような興味深い記述があります。

(グルームブリッジ1830の)スペクトルはおおよそ太陽型だが、プロキオンやペルセウス座アルファ星の特徴に似た強い傾向を示しているかもしれない。

現在では、プロキオンはF型準巨星、ペルセウス座アルファ星はF型巨星に分類され、太陽よりやや温度が高い恒星であることが分かっています。一方グルームブリッジ1830は太陽よりやや温度が低いことが分かっています。グルームブリッジ1830の特徴として、組成に占める金属(※ヘリウムより重い元素全般のこと)の割合が特異的に少ないことが挙げられます。低い金属量はスペクトルの特徴に大きな影響を与えますが、金属量やスペクトルとの関連が知られるようになったのは後の時代です。当時の知見ではグルームブリッジ1830の特異なスペクトルはプロキオンなどの高温の星に似て見えたようです。

1870年のLynnによる研究

SIMBADには掲載されていませんが、1901年以前にもグルームブリッジ1830に関する複数の研究が存在します。その中の一つである1870年のLynnの研究では、グルームブリッジ1830の固有運動が一定かどうかを調べた内容になっています。この研究の導入部ではグルームブリッジ1830の発見の経緯が以下のように詳しく紹介されています。

1842年、アルゲランダー教授は、おおぐま座とりょうけん座の境界にある7等星が、これまでに他の星で知られているいかなるものよりも大きな固有運動で活動しているのを発見したと報告した。それは実際に大円に沿って年率約7秒角に達するものだった。この恒星はそれまでにグルームブリッジによって観測されており、彼の周極星カタログの1830番目に記載されていた。このカタログは1810年1月元期にまとめられ、王室天文官によって編集され、1838年に出版された。

なお注釈ではこのアルゲランダー教授の報告は「アストロノミシェ・ナハリヒテンの455号」と明記されています。またこの研究の本題である「グルームブリッジ1830の固有運動が一定かどうか」については、25年間の観測結果を分析した上で、誤差の範囲で一定であるという結論に達しています。

1842年のアルゲランダーの報告

1842年に発行された『アストロノミシェ・ナハリヒテン』に掲載された研究のうち著者がアルゲランダーとなっているものを検索すると、19巻の393-396ページ掲載のものが見つかりました。Nr. 455 と書かれているのでアストロノミシェ・ナハリヒテンの455号のようです。ドイツ語は読めないのですが、タイトルを機械翻訳にかけると「ボン天文台のアルゲランダー教授から編集者へのレター」という意味で、複数の天体についての記述が含まれています。それらしい記述はその一角にありました。

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Nr. 1830 in Groombridges Catalog」の他に「7秒角(7'')」や「7等星(Stern 7m)」という語句も見られるのでこれがグルームブリッジ1830の固有運動発見を伝える報告のようです。

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