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カッコ良すぎるんだよ、桜井和寿!

分かっていた、分かっているはずだった。

桜井和寿は、カッコ良すぎるんだって、分かっているはずだったのだ。

歌がうまくて、サッカーができて、笑顔がまぶしくて、性格が良くて、イケメンで、女子にモテて、男子にもモテて、若い人にも同年代にも、人生の先輩方にも一目置かれて、あれもこれも何だって持っているスーパースターなんだって。

スーパースターの何乗もかけた存在なんだって分かっているはずだったんだ。

もしも桜井さんが同じクラスにいたら、思春期の僕は自分のあまりの持ってなさに、神を呪っていただろう。

同級生でなくて良かった。桜井さんが年上で良かった。その分だけ、僕は醜い僕を見なくて済む。神さま与えすぎだよ、ちょっとは分けてくれよ、頼むよホント。

Mr.Children

今でこそ誰でも知ってる名前だけど、初めて聞いた時は変な名前だなと思ったものだ。

高校生の僕は、何だか目の細い人が独特の声で歌っているなと思った記憶がある。

流行りの曲。

まぁ、何かいい感じ。

そう思っているうちに、Mr.Childrenはミスチルと呼ばれ、とんでもない名曲を数々生み出し、どこにいても聞かない日は無いくらいにスーパースターになっていった。

僕はどっぷりという程のファンではない。

めちゃくちゃ好きな曲はもちろんある。

ただ周りにいるファンの人に比べれば、ヒット曲が好きな程度にファンだった。

でもどこか距離を置いてしまう存在だった。

大体、桜井さんの悪口を言う人を聞いたことがない。

漫画で言えば間違いなく主人公、それも特級の。登場した時から巻頭カラーでグラビア決定の存在。ん?何か違うか?

一方の僕はと言えば間違いなくモブキャラ。出てきたことさえ誰も覚えていない。下描きの時には描いてさえもらえない存在。

映画を知ったのはたまたまだった。

時間がぽっかり空いて、すずめの何とかっていう映画でも観ようかな、何時からやってんのかな?と検索したら、たまたま目についたのだ。

何だこれ、ミスチルの映画?

そう言えば、もうミスチルのアルバム何年も聞いてないな。

相変わらずいい曲作ってるんだろうな。

近所のTSUTAYAが無くなって、CDがダウンロードやサブスクになって、

僕はテレビをあまり見なくなって、オーディオブックや読書を邪魔しない音楽しかかけなくなって、周りに強烈なファンがいなくなって、

いろんな理由が重なって、ミスチルは好きだけど、好きだったけど、いつしか疎遠になっていた。

そう言えば、一度京セラドームのライブにみんなと行ったなぁ。

今はどんな曲を歌ってるんだろ?

映画というより30周年のライブとファンのインタビューを交えた作品らしい。

ちょっと待って、さ、30周年!?

僕がミスチルに出会って、もうそんなに経つのか?

これは観なきゃ。

僕は映画館に足を運んだ。

上演時間の関係か、都会の映画館にしては狭い部屋。AからE列しかない席で、祝日の昼下がりのせいか全席完売。

僕はたまたま取れた一番後ろのE列ど真ん中に一人ぽつんと座った。

さっきまで映画の存在すら知らなかった自分。

ファンと呼ぶにはあまりに遠ざかっていた自分。

子どもの気持ちのまま周りから大人扱いされるミスターチャイルドな自分。

座っている人は年齢も性別も様々で、相変わらず人気の高さが窺えた。

桜井さんの歌声が部屋いっぱいに広がる。

懐かしくなじみのある声だ。

映画はファンの人達が自分の人生の中でミスチルがどう彩りを与えてくれたかという映像を交え、進んでいった。

こんなにもいろんな人の生活にミスチルの曲があり、勇気を与え、笑顔を与え、その人の記憶に混ざり合い、新曲が出るたびにまた刻まれていく。

僕はにわかファンのような気分で、ちょっとそわそわしながらスクリーンを眺めていた。

明らかにヒット曲と思われる曲すら知らない僕は、何だかこの場にふさわしくないような気さえしたのだ。

桜井さんが言う。

5月10日は何の日か分かりますか?

次の曲は僕たちにとってもみなさんにとっても特別な、みなさんの曲だと言う。

デビュー記念日すら覚えていない僕はますます気後れしながら、その曲を聞いた。

イノセントワールド。

知っている。

この曲なら僕は知っている。

久しぶりに見た桜井さんはしわが増えていた。当たり前だ、僕だってもうおじさんだ。あれから30年も経っているのだ。

懐かしいイントロと共に、今の桜井さんが歌う。

黄昏の街を背に 抱き合えたあの頃が
胸をかすめる

マスクの下で僕は口ずさんでいた。

あの頃の僕は若かった。

今の僕は相変わらず何も持ってはいない。

たぶんそんなことをぼんやり考えていたのだと思う。

思う、というのは、もう僕には昨日のその時の記憶が無いのだ。

気がつくと僕は泣いていた。

涙があふれて止まらなかった。

もしも自分の部屋だったら僕は嗚咽交じりに号泣していたと思う。

見知らぬ人達に泣いていると知られるのが恥ずかしくて、僕は必死にこらえた。

こらえたつもりだったけど、涙は全然止まらなくて、桜井さんの歌っている姿がぼやけて見えなくて、見たくて、僕はマスクを直すフリをして涙を拭った。何度も拭った。もうきっとバレてる。  

こんな時でも体裁を気にする自分に少し腹が立った。

涙って、こうも止まらないものだろうか?

なんで泣いているのか分からない。

分からないけど泣いている。戸締まりできないのだ。

そうなんだ、そうだったのだ、僕もファンだったのだ。

ちゃんと意識したことはなかったけれど、僕の日常にはミスチルの曲があり、やっぱり僕もみんなと同じようにいろんな想い出と気持ちを共に刻んでいたのだ。

画面いっぱいに映る桜井さんは、かつての若い桜井和寿ではない。

けれど、やっぱりくしゃくしゃの笑顔で、とんでもない声量で、相変わらずカッコいいお兄さんで、懸命にマイクに魂をぶつけていた。

もうやっかむとかそんな次元ではない生き様というものをまざまざと見せられていた。

スゴイ!

音楽の力ってこんなにもスゴイのか。

理屈じゃない。

言葉じゃない。

ただ一緒に音楽に浸る。

みんなが、今ここにいるみんなが、ミスチルを愛するみんなが、自分だけの曲と共に今日もこれからも生きていく。

もしも神さまがいるなら、ありがとう言うよ。ミスチルと同じ時代に生まれて、みんなが支えてくれて。

もうすぐ発売されるBlu-rayのライブ映像を予約した。

時間の美しさと残酷さを知る。

もう何ひとつ見落とさない。

そうやって暮らしてゆこう。

そんなことを考えている。





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