今日の電車 2両目

来た。

防ぎようのない攻撃。

いや、口撃だ。

誰だ、おかきを食べたのは。

破壊的な臭いが密室に充満している。

私の目は、女子高生の手元にロックオンした。

うにあられ

袋に書かれた手書き風の印刷が目に入る。

おかきではなかった。

そんな事はどうでもいい。

口の中でゴミ回収車のようにミキシングされるその臭い。

そしてわざわざ向かいの席に座って会話する謎。

会話の内容はもっと謎だ。

私はここで真夏の出来事を思い出す。

試写会が始まろうとするその時、ほぼ満席の会場でなぜか私の隣だけ席が空いていた。

楽しみにしていたその作品の幕が上がるタイミングを見計らったかのように隣にそれは来た。

上映作品は『千と千尋の神隠し』。後にジブリの大ヒット作として世の中に認知される傑作。

その男は体臭がした。

真夏の会場で私はそれを嗅がされた。

タイトルをつけるなら、となりのオトコ。

私ととなりのオトコは『私ととなりのオトコ』という題をつけた額縁にはまった絵画のように固定された。
村上春樹か。

まったくかわいくもない。傘くらい持たせてやろうか。上映の邪魔だが。

画面に集中できないその臭いを私はずっと嗅いでいた。

顔なしより鼻なしになりたかった。
作品は面白い。展開が読めず先が気になる。おまけに試写会。タダである。

席を立とうにも立てず、まさに地獄。

そう、それに比べれば、女子高生のあられなんていかほどのものか。

こんな時、私は決まって空想の世界へ飛び立つ。

今日は、気になる漢字を考えて気を紛らわそう。私は大人なのだ。

雰囲気

ふいきではなく、ふんいきだ。

体育

たいくではなく、たいいくだ。

一応

いちおではない、いちおうだ。

女王

じょうおうではない、じょおうだ。

まったく、言いにくい。

読めるのに書けない漢字シリーズ。

薔薇のような複雑なものは置いといて。

夥しい


おびただしい


暖簾


のれん

強か

したたか

健やか

すこやか

些か

いささか

つい、変換してしまうこれらの文字は手書きならひらがなで書いてしかるべきだろう。

叱るべき?

私が?

女子高生に?

あられごときに?

私はいたって平和主義である。

いつかあられは尽きる。

臭いは止まる。

駅へ降りてもいいのだ。

たかがあられごときで?それも大人としての一つの選択肢だろう。

ファストフードを食べてやってもいい。ファーストフードではない。

目には目を鼻には鼻をだ。

いや、それでは間に合わない。

この子達に報復しなければ意味が無い。


ダメだ。私は大人だ。

彼女達もいつかは大人になり、きっと私の気持ちを分かってくれる時が来る。

私は微笑んだ。

女子高生たちは席を立ち、ちょうど開いたドアから走り去った。

私は勝った。

上映は終了したのだ。


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