運動と脳機能の研究~大学院生奮闘記 博士課程編⑩~

本実験の始まり

博士2年になろうとするころに、本実験が始まった。博士課程で行った研究では、運動中の記銘が、想起時の記憶パフォーマンスにどのような影響を及ぼすか検討した。もう少し砕けて言うと、運動中にもの(白黒で描かれた絵)を覚えることが、思い出すことに対してどのような影響を与えているか調べる研究を行った。運動しながら覚えることに対して、運動が記憶機能に与える影響を明らかにしようとした。ん、、あまり上手く言い表せてない。。。

何より大変だったのは、脳波取得だ。運動しながら脳波を計測しようとすると、ケーブルのノイズ、身体の動きに伴うノイズ、筋電のノイズが混入してしまう。このようなノイズが混入すると、脳波の解析が困難になる。なぜならば、脳波とは脳の電気的な活動を測定するのだが、かなり微弱な電気活動なため、ノイズが混入した個所は解析できなくなる。何よりも、運動による発汗により脳波がドリフトを起こると、もう解析に手を付けられない。一応脳波解析の技術で、ある程度補正はできるのだが、ノイズの混入が大きければその個所は解析から外さなければならない。予備実験でいろいろ苦心してデータ取得をして、解析してみるのだがなかなか上手くいかなかった。ただ、思い出すときには、運動していないので脳波を取得できた。一応、運動しながら覚える作業中も脳波を取得したが、どうやってこのデータを扱ってよいか分からなかった。

フランスで脳波解析のワークショップに参加

ただ、運動中の脳波解析は不可能かというとそうでもない。運動中の脳波解析をして論文となっている研究も存在する。その研究では、MatlabベースのEEGlabという解析プログラムを使用して、運動中の脳波を解析していた。自分は、そのころEEGlabの操作を独学で勉強していたが、どうも上手くいかない。そんなある日、フランスで開催されたEEGlabのワークショップに参加する機会が訪れた。

合宿場所は、フランスのアスペという羊が放牧されているような山の中で約5日間、講義を聞きながら手を動かしてEEGlabによる解析手法を学ぶというものだった。このワークショップには世界中の研究者が集まり、英語による講義で進行された。この時も、まだ100kmの挑戦をしていたため、毎朝走ってから講義を受けていた。朝早くから走っている奴がいるということで、少し盛り上がったのはいい思い出。講義が終われば、自由時間となり卓球などのスポーツを楽しむこともできた。日本人は自分一人だったので、卓球は日本代表の気分で世界中から集まった研究者たちと戦った。まあまあ卓球は得意なこともあり、かなり勝つことができた。勝手に日本人代表を気取っていた。

無事、ワークショップは終わった。時間があれば、レクチャーした先生を捕まえ、分からないことを質問しまっくった。これで、運動中の脳波解析ができると自信満々になって帰国した。普通の脳波解析ではEEGlabで解析できるところまで行ったが、いざ運動中の脳波となると、自分の知っているありとあらゆる手段を尽くしても解析できなかった。一番ネックになったのは、発汗によるドリフトのノイズ混入だった。これじゃダメだと思い、違う大学でEEGlabの解析している先生にアポイントメントをとって学ばせてもらいに行ったが、結局できずに終わってしまった。(ちなみに論文に掲載したときには、Visionanalyzer2というソフトで想い出している時に脳波を解析した結果を記載した。)

研究というのはなかなか思い通りにはならない。その中で、自分のできることを精一杯努力しなければならない。そんなことを考えながら、いや、考えていないかもしれないが、時は経ちデータの取得と解析が終わった。いよいよ論文執筆段階に入った。

総説を執筆する機会を与えられる

と同時に、指導教官の先生から総説論文を書いてみないかという提案があった。以前から、どうしても纏めたいことがあったので、K先生にも相談し、K先生と指導教官の先生と共著で総説を書くことになった。その総説とは、一過性の運動が、健常児と発達障碍児の脳機能に与える影響を検討した研究を纏める論文となった (詳しくはリンクを参照)。大学生の時に、介護のアルバイトをしたこともあって、福祉の分野にも興味があった。健常児と比べて発達障碍児は脳機能が低下していると示唆されるなかで、運動が有益な効果を示す研究が増えてきていた。まだまだ運動の効果が明らかになってない点は多いが、いつか運動が子ども達の脳機能の支援手段として広く見直される日がくるんじゃないかという願いも込めて執筆した。自分のなかでは、非常にやりがいのある執筆となった。何より、あこがれのK先生との共著が書けると思うと嬉しかった。もちろん、自分ではなかなか上手く執筆できないので、共著の先生(特にK先生に)にかなりお世話になり、無事に論文が掲載されるまでに至った。