ベリアル外伝・ブモー日記(起) 炎の章・堕天使の気紛れ

 弱ぇ奴は死ぬ。大事なモンを奪われる。それがこの宇宙の理だ。だから俺様は誓った。誰にも負けねぇ力を手に入れて、もう二度と何も失わねぇ為に全てを手中に収めてやる……ってな。

 いったい幾つ銀河を越えてきたか……もはや数えきれねぇ所まで来ちまった。ったく、忌々しい誰かさんの台詞みてぇにマジにブラックホールが吹き荒れるヤツがあるか。お陰でせっかくレイバトスの野郎から奪い返したギガバトルナイザーを失くしちまった。おまけに……

「お逃げください、陛下!」

 ……だとよ。馬鹿な奴らだ。俺様の覇道に着いてくるんじゃなかったのか。『俺達の』覇道じゃねぇのか。一緒に守るモン探すんじゃなかったのかよ……!
 『命など俺に仕えた時点で捨てているつもり』とは言ってたが、そういう命の懸け方すんのは違うだろうが。
 いつか嫁も子供もできた時は子守りでもさせてやろうと思ってんだ。冗談半分でもお前らに話した事あったか……いや、あの頃にはまだ出会っていなかったか。
 ともかくだ。それを何だ。勝手にどっか行きやがって。ふざけんじゃねぇ。ふざけんじゃねぇ……

 俺は長い宇宙漂流の末にグレイブゲートに辿り着いた。メビウスの輪を思わせるその天体を潜り抜け、怪獣墓場に足を運ぶ。寒く乾いた広大な大地に独り、アテもなく俺は歩く。ここになら、奴らが居るんじゃないかと。だが歩けど歩けど俺は何処へも辿り着けず、ただ永遠とも思われる静寂の中に一閃の咆哮だけが響き渡っていた。
 爪のように出張った岩の上で腰を下ろした俺は何もない景色を眺める。かつてここは、俺様が従える100体の怪獣軍団が暴れまわっていた。氷漬けにした光の国からしぶとくも生還しやがったウルトラマンの生き残りを蹂躙したあの場所だ。だが今は何もない、だだっ広い黒土をただ茫然と眺めるだけだった。

 ふと、俺の視界に小さくチョロチョロと動き回る黒い何かの影が入り込む。あの大きさはかつて俺様の覇道の前に立ちはだかった儚い勇者を思わせる程に小さい。俺は気まぐれに、そのちっこい奴の方へと降りてみた。
 近付いて見てみるとそのシルエットに見覚えがあった。黒い体、頭に2本の角が生え、胴には橙色に発光する器官を持ち、耳を澄ますと小さくピポポポと機械音のようなものも聞こえてくる。
「おいお前、ここで何をしている。ここは怪獣の墓場だぞ、お前みてぇに生まれたばかりの命が居るのはどういう了見だ」
「ぶもー」
 黒いソイツは返答にならない返事だけを返す。
 これは後になってわかった事だが、こいつはバット星人グラシエが地獄の四銃士とは別のプランとして用意していた個体らしい。だがゼットンの育成は素体のポテンシャルとブリーダーの育成能力が試される為、そう簡単にはいかず、また同時期に同族が完成させたハイパーゼットンの存在を知ってやる気を失くし、既に完成している怪獣を復活させるプランに方向転換したらしい。元部下とはいえ情けねぇ奴だ、仮にも自分の子供なら最後まで責任持ちやがれ。

 俺様はなんの気まぐれか……はたまた俺様の中のレイオニクスの血がそうさせたのか。
「お前、俺様と一緒に来る気はねぇか?」
 こんな小さな命を配下にしたところで何の得もねぇ。だが敢えてこんな事を口走ったのは何故なのか、俺様にはわからなかった。だがよく考えたらわかるはずだったんだ。何故なら以前、あの生意気で忌まわしいトサカ野郎に言われていたから。だがこの時の俺は、まだその感情が無自覚だったのだ。
「ぶもー!」
 チビゼットンは両手を上げて鳴き声を返す。これは恐らくイエスという事だろう。言語を発しないが、なんとなくそんな気がした。
「そうかそうか。いつか二人で宇宙を支配するのが楽しみだぜ」
 俺様も冗談なんてものを言うんだな、と心の中で自嘲気味に嗤う。ハッキリ言って、いくらゼットンでもこんなチビにそこまでの戦力を望めはしない。本当に価値のない、ただの気まぐれ。かつて帝国を築き上げた皇帝として君臨していた俺様も、随分と堕ちたものよ。

 今にして思えば、俺はこの出会いを後悔する事になる。俺様が真に何者であるのか、それを嫌でも自覚する羽目になったからだ。

 出逢いってやつは常に残酷だ。それが良縁だろうが悪縁だろうが、いつか『出会わなければよかった』と痛感する瞬間が訪れちまう。そしてその出会いこそが、知らぬ間に自分に影響を与えていやがる。それを人はいつか振り返った時、『思い出』と呼ぶ。……らしいな。

 チビのゼットンを掌に乗せ、俺達は多くの星々を巡った。マイナスエネルギーが満ち溢れる惑星テンネブリス、緑豊かな惑星マイジー、怪獣が多く生息する惑星ジュランなど多くの場所を巡ったが、ゼットンに相応しい食料が何なのかわからぬままに手当たり次第食わせていった。
 しかし子育てというものは大変なものなのだな、次第にそれが食わせていいものなのかなどと心配する癖がついちまった。まず一口食ってみて俺の口に合えばチビに食わせ、それでもチビの口に合わなければ結局俺が食べ残しを食べる始末だ。

 ウルトラ族に食文化はねぇ。味覚こそあるが味の良し悪しなんてものはよくわからず、恐らく大概のものを『美味い』と感じる事はなかった。
 それに、コイツは弱い。だから野良の怪獣の餌食になりかけたり、仮にもゼットンという価値から転売目的の宇宙人どもに喧嘩を吹っ掛けられて返り討ちにする機会が増える度、気が気でない為に眠れぬ夜が増えていった。

 こんな時、俺は決まって嫌でもケンの顔が浮かんじまう。気付けばウルトラの父などと呼ばれるようになっていたアイツも、こんな風に実子を育てながら四苦八苦していたのだろうかと。だとしたら滑稽だぜ、俺様よりも強いアイツが慌てふためく顔ならいくらでも拝んでやりてぇな。

 結局長い時間を掛けて探し回ったが、最終的にファントン星が食糧難を回避する為に開発されたシーピン929の後続品種・シーピン1129のひとつを至極平和的に明け渡させた事でしばらくの食事に困る事はなくなった。
 だがこいつの厄介なところは大気に触れれば無尽蔵に質量が増大するため、腹が膨れた後は大気圏外で質量の増大を抑え、元のサイズまで押し戻さねぇといけねぇ部分にあった。そもそも大食漢ぞろいのファントン星人が食糧難に備えて開発したのだから、ひと欠片でも残しておけば無限に食える反面始末がいちいち面倒くせぇ。

 こいつとの漂流生活も随分と慣れてきた頃。そういえばチビに名前をつけていない事をふと思い出した。ずっと『チビ』と便宜上呼んでいたが、いつまでも非固有名詞で呼ぶわけにもいかねぇ。
「おいお前、今更だが名前は何がいい」
「ぶもー」
「……そうか、ブモーか」
 俺はそれ以来、チビをブモーと呼んでいる。本人に聞いたらブモーと返したのだから文句あるまい。名前はあるって事に意味があるんだ。名前にどんな意味が込められているだとか、そんなものはなんだっていい。
 俺様だってベリアルという名がある。地球では『悪魔』を意味するらしい名前がな。ウルトラ族でありながら悪魔の名を名付けられた俺様よりはマシだろう。実際のところ、どういう理由で名付けられたのかは知らないが。
 名前に込められた意味を背負わせたところで重荷でしかないだろ。

 それからまた少し時間が経った。ブモーはすくすく大きくなり、掌に乗るサイズから膝下・腰の高さ、やがて俺様とそう変わらないまで図体がデカくなっていった。
 しかし育て方を間違えたのか食わせ過ぎたか、俺様が知ってるゼットンとは似ても似つかない程のずんぐりむっくりな体形に育ってしまった。腹は太る、胸の発光体の光は鈍くなる、角はピンと立っていたはずがボロンと垂れる。だらしねぇ体しやがって……どうしてこうなった。
 更に困った事に、ブモーには飛行能力がない。これに関しちゃゼットンにそもそも飛行能力がないのだが。俺様が背負って宇宙を飛び回るにもやがて限度が生まれ始め、一度に移動できる距離が次第に縮まっていった。

 俺様は漂流の末、惑星グリームという辺境の惑星に辿り着いた。緑の少ない岩石惑星であり、この星に原生する知的生命体の集落も散見されるがあまり多くはない。文明レベルもそこまで発達しているようには見えないが、貧しさに困窮している様子ではないので発展途上というところだろうか。

「ぶも! ぶもー!」
 突然ブモーが俺の背中をバンバン叩きながら前方・1時の方向を指差す。
「あっぶね! 急に騒ぐな落ちるだろ!」
 しかしブモーは何かに呼ばれたようにしきりに指をさし続ける。俺にはそこに何があるのかわからない、怪獣の本能的なものがブモーを刺激しているのだろうか。

 背中の上でずっとそんな調子なので飛び続けられなくなり結局自分たちの足で行く事にしたが、ブモーはその太ましい図体をボテボテと揺らしながらも浮足立ったように走っていく。俺は左の中指で顔の右頬を撫ぜながら着いていくが、ブモーが何に引かれているかわからない以上は警戒心が抜けない。この先に何があるんだか……吉と出るか凶と出るか。或いは……?

 しばらく歩くとそれなりにデケェ山のふもとに出た。岩石が天に向かっていきり立ったようなその岩山の中腹には天から何かが降ってきて突き破ったような亀裂が入っており、またふもとには大岩にしめ縄という『如何にも何かを祀っているから触るな』とでも言わんばかりの雰囲気を漂わせていた。
 ブモ―はその大岩に近付いたかと思うとそれを両腕で挟み込み、力任せに持ち上げようとしている。
「おいブモー、そこに何かあるのか」
「ぶも」
「……大事なモンだと? それは何だ」
「ぶも、ぶもぉ……」
「言い淀んでどうした、取り出してやるからそこをどけ」
「ぶも、ぶもも! ぶもー!」
「ダメってお前……一体何がしてぇんだ?」
「ぶも……」

 突如、ブモ―の声がピタリと止んだかと思うと同時に空から轟音が聞こえた。耳を澄ますとこちらへ向かってくるようにその音は段々と大きくなってくる。
「……まずい、離れろブモー!」
 言うが早いか、轟音は地面に直撃し、凄まじい爆風に俺は思わず顔を覆った。ブモーは掴んでいた大岩にしがみついていたが、やがて爆風に耐え切れず吹っ飛ばされてしまう。
「ぶもぉぉぉぉ!!」
 俺の足元までゴロゴロと転がってきたブモー。
「しっかりしろ! おいブモー!」
 生きてはいる。しかし全身を満遍なく打撲しており、この重たい体を下手に動かす事はできそうもない。

「やぁやぁグレィト! グレィトですよこいつは!」
 爆心地の方から聞こえた憎たらしい声。いやにご機嫌なその声の主はやがて砂埃から銀色の姿を現した。中世の騎士が纏う甲冑を思わせる外見には見覚えがある。
「てめぇ、サーペント星人か」
「その通りですよォ……俺の名はサーペント星人クレイモンドッ! いやぁ、まさかこんな所で有名人に会えるなんてねぇ。いやはや、まさにグレィト!」
「……うるっせぇな、お前」
 俺は首の骨をグキグキ鳴らしながらサーペント星人クレイモンドに近付く。俺の心には怒りが満ちていた。だがその怒りの根源にあるものは柄にもねぇ理由であり、正直自分でも驚く程だ。
「うちの若ぇの可愛がってくれやがって。ちとお礼のひとつでもしねぇと仁義じゃあねぇってなァ……!」
 俺は爪をグワッと立ててクレイモンドに向ける。指先が怒りのあまり震えている。この俺様が、まさか他人の為に怒るなんてな。
「おぉっと、あんたの相手はオレじゃあないですよ。あんたと直接戦って勝ち目があるわけない。だからッ!」

 刹那、奴は懐中から見覚えのあるデバイスを取り出す。白と青色、そして3つの画面。それは紛れもなく。
「バトルナイザー、だと……貴様レイオニクスの生き残りだってのか」
「ご明察! さすが先パァイ……」
「テメェみてぇな軽薄な後輩を持った覚えはねぇよ」

 レイオニクスが怪獣を所持し操る際に用いるデバイス・バトルナイザー。こんなものを見るのもいつぶりだろうか。
「来い、キングパンドン!」
『バトルナイザー、モンスロード!』
 電子音声と共に黄色い長方形が浮かび上がったかと思うと、そこから双頭怪獣パンドンの強化改造体・キングパンドンが姿を現す。かつては俺様の配下の中にもいたな。
「さぁ出しな……あんたのォ……怪獣を……! 俺ァもうウズウズしてんだ……さぁ早く出しなァ!」
「やってられっかアホらしい」
 俺は一気に距離を詰め、両手から赤く鋭いカイザーベリアルクローを伸ばし、2つに分かれたキングパンドンのちょうど真ん中を大上段から真っ直ぐ振り下ろす。深く刺さった爪がパンドンの全身を縦真っ二つに引き裂き、お得意の火炎攻撃を食らう前に瞬殺してしまった。

「何ッ……?!」
「てめぇごとき俺様ひとりで十分なんだよ。次はてめぇ自身がかかってきな」
 俺は腕をグルグルと回して肩を慣らしながらクレイモンドに近付いていく。不思議と高揚していた。戦いに身を投じ、勝利する中に支配の悦びを見出す。全てを奪い、ぶち壊す……やはりそれこそが俺の全てだ。
 クレイモンドは万策尽きたように怯え始めていた。しかし今はもう関係ねぇ。俺は最初からそうだった。力を求め、全てを奪う。そこに相手の事情など存在しない。俺様は右手を高く掲げ、奴に斬りかかった。

 その一瞬、奴は小さく笑う。
「……ツメが甘いんですよ」
 刹那、クレイモンドの体が液状化。俺様の斬撃がすり抜けたかと思うと、その右腕に纏わりつく。
「うおっ……なんだァこれ?!」
「忘れたんすかァ? 先パァイ……俺ァサーペント星人ッスよ。2つ名は憑依宇宙人……この宇宙の生命体に俺が憑依できないモノはないんスよ!」
「チッ……」
 油断しちまった。戦いと強さに悦びを見出す本来の俺様の姿を取り戻したかと思ったらこの始末かよ。
「くっ……こんな所で易々と乗っ取られる俺じゃねぇ!」
 だが藻掻けば藻掻く程にクレイモンドのゲル状の体は俺の全身に纏わりつき、元のサーペント星人の甲冑を思わせる形へと戻ってゆく。
 あぁ、情けねぇ。今度は俺が乗っ取られる側かよ。『奴』もあん時ゃこんな気持ちだったのか? いや……この際どうだっていいか。
 俺の首から下がサーペントの鎧装に包まれ、顔の右半分も侵食が始まる。振りほどこうにもクレイモンドの意識が俺の中に入り込み、思考が段々と鈍くなっていく。

 すまなかったな、ブモー。俺じゃお前を立派なゼットンに育ててやれなかった。

 俺の意識はそこで途絶えた。

 気が付くと俺は真っ暗な空間にいた。ここは俺自身の精神世界、といったところか。雨の滴る中、俺は十字架の死刑台に縛られていた。血走っていた眼の光は消え失せ、身動きひとつ取れない状態の俺をクレイモンドが見上げていた。
「どんな気分ですか? 動きたくても動けない気分ってのは」
「フン……最悪だぜ」
「でしょうねぇ。でも、あなたはかつて同じ事をした」
「……」
「だから俺もあなたを最悪の形で倒します。かつてゼロさんが感じた苦しみを、痛みを、歯痒くてどうしようもないのに何もできない屈辱をォ! ……あなたにも味わってもらいます」
「……ゼロだと。てめぇあの野郎のなんなんだよ」
 クレイモンドはしばらく口を閉ざし、目を手で覆いながらしばし天を仰ぎ。指の間からこちらを睨みながら再び口を開く。
「俺ね、子供の頃あの人に助けてもらった事があるんですよ。銀河帝国の残党のレギオノイド軍団に襲われて。あの時、さっきのスピニー……あぁいや、パンドンの幼体って言った方がわかりやすいのか。まぁとにかく、奴も一緒でね。俺はひどく怯えながらスピニーを抱えて走りました……でも故郷は焼き尽くされ、あと一歩で踏み潰されそうだったところをウルトラマンゼロに助けられた」
 先程までの軽薄さから打って変わり、奴の口調がシリアスで重々しいものに変わる。その様子からは感情すら感じ取れない程に冷たい口調に。
「俺は怖かった……だからね、先輩。俺にとって、ゼロさんは英雄でした。誰よりも強くて勇敢で、俺を助けてくれた掛け替えのないヒーローだったんですよ。でもそんな彼を、あなたは苦しめた。俺は許せなかった……ずっとあなたに復讐する事だけを考えて、気の遠くなるような長い時間を生きてきました。彼に代わって、俺が裁く為に」

 ……フン。そりゃあ、随分な話だな。
「解釈違いもいいところだな」
 目にオレンジ色の光が戻り、胸のカラータイマーは紫色の禍々しい輝きを取り戻す。
「確かにレギオノイドを生み出したのは俺だ。お前が過去に死にかけたのも事実だろう。だが、俺はお前の故郷の事なんてそもそも知らねぇし、送り込んだ覚えもねぇ。お前がそういう目に遭ったのは、申し訳ねぇがただの不運だ」
「なんだと……責任転嫁するつもりですか?」
「それはこっちの台詞だ。それにお前はひとつ、決定的にゼロについて解釈違いしてる事がある」
 狼狽するクレイモンドへ睨み返し、俺は叫んだ。
「ゼロはこの俺様を何度も倒してきた! わざわざてめぇごときが出る幕なくてもなぁ、アイツは自力で失ったモンを取り戻してんだよ! 大きなお世話にかこつけても結局はただの私怨じゃねぇか! アイツはお前が思ってるほど弱ぇヤツじゃねぇ!」
「……っ!」
 言葉を失ったクレイモンドは今にも泣きだしそうな顔で俺を睨んでいる。しかし、もうそこに威勢も何もない、まるで泣き喚きながら駄々をこねる子供のようだった。
「終わった話をいつまでも蒸し返すな……とは言わねぇ。俺自身が言えた立場じゃねぇからな。だがな、いつまでも過去ばかり見てねぇで前を見ろ! てめぇは今、『今』っていうこの瞬間を生きてんだろ!! 過去ばかりがお前の全てじゃねぇ!!!」
「だっ……黙れぇぇぇぇぇぇぇーーーッ!!!」

 逆上したクレイモンドは外の世界の様子を一人称視点で見せる。その光景とは、俺がブモーに今にも襲い掛からんとするところだった。しかし腕の装飾を見るに、正確には俺の体を奪ったクレイモンドのようだ。
「たとえ何と言おうと、俺の大事なものを奪った原因があんたにある事に変わりはない。それにさっき俺の目の前で幼馴染であるパンドンを殺した罪は償ってもらう……あんたの大事なものを奪ってなァ!」
 ブモ―との距離がズンズンと近付いていく。ブモーは最初の爆風で怪我をしている。動かせない体を押して逃げようとしているが、それをクレイモンドは悠々と歩いて追い詰めていく。
「てめぇ……!」
「もう理屈はいい……こいつを殺されたくなきゃ力づくで止めてみせろ! もう俺には何もない……! もうどうにでもなりやがれェーーーッ!!」
 外の視界でクレイモンドが拳を振り上げる。確かに俺はこれまで、罪と呼ぶに相応しい所業を重ねてきた。今でも俺の遺恨は残り続け、宇宙全体に影響を及ぼしている。きっとこれから先も、例えば俺の細胞片からでも何か残り続けるだろう。
 俺は自分の力で手に入れてぇんだ。死んだ後の事も、自分の知らない場所の事もいらねぇんだよ。俺は、俺の手で……! 

「……も! ぶもぉぉぉー-っ!!」
 その時、声が聞こえた。間違いねぇ、アイツの声だ。曲がりなりにも俺が育てたんだ、聞き間違えるはずがねぇ。
 そうだ。アイツは残るんだ。まだか弱いアイツが、この広い宇宙の片隅にたった一人で。……ったく、このままじゃ無責任だな。俺は。
 精神世界の俺の、四肢の拘束具が外れた。

 ブモ―の眼前の拳が震えている。クレイモンドの硬い装甲を突き破り、俺の鋭い爪が姿を現す。
「あんたの意識は抑え込んだはずッ……」
 俺は爪を自分の首元にあてがい、そのまま上に一気に斬り上げる。ブチブチっと引きちぎれる音が響き渡ったかと思った次の瞬間、生首が遥か後方へすっ飛んでいった。
「ぶっ……ぶもぉぉぉ?!」
「安心しろ。息苦しかっただけだ」
 不安がるブモーをなだめる。クレイモンドの兜……もとい顔を引きちぎり、マスクの下の俺様自身の顔を露出させる。
「かつてはカイザーダークネスと呼ばれた俺様を甘く見るんじゃねぇ」
 頭が吹っ飛んだので声を上げる事はないが、クレイモンドが苦しんでいる事が鎧越しに伝わって来る。
「ほぉ……サーペント星人は傷ついた傍から回復できるってか? 関係ねぇ」
 俺は親指を自分の胸に突き立て、ブモーに見せる。
「ブモー。俺のここ、撃ち抜け」
 俺はいたって冷静な口調でブモーにそう告げる。
「ぶもっ……ぶも! ぶももぉ!」
「俺様を信用しろ。お前ならできる」
「ぶっ……ぶも……」
 ブモーが不安がるのも無理はねぇ。こいつはまだ成体のゼットンとして戦力にするにはまだ未発達。一度だって火球を吐いた事はねぇ。だが、まだした事がないからといって出来ねぇとも限らねぇ。
「ぶも……ぶももぉ……」
 ブモーは力んで火球を放とうとするが、煙がボフッと吹き出るのが精一杯な様子だった。だが、あと一歩なんだ。お前がそれさえできれば、あとはお前ひとりでも生きていけるだろう。
「くっ……そう時間は与えてやりませんよ先パァイ……あなた、自力で振りほどけるはずなのにわざわざ手を込んだ真似をしてなんのつもりですかァ?」
 クレイモンドの意識が戻ってきたらしい。吹っ飛ばした右手と首から上の侵食が再び始まった。
「こいつぁ儀式だ。アイツが少なからずゼットンになる為のな。そして……俺様の清算の為の」
「清算だと? あんた散々好き勝手しといて今更そんなものできるとでも思ってるんですか?」
「……だがこれから先の未来に俺は残らねぇ」
「あんた、まさか……」
 クレイモンドの侵食が進む。左目を残して全身がサーペントの鎧に包まれ、再び体の自由も利かなくなってきた。
「早く……早くやれェ!」
「ぶもっ……ぶも! ぶもおおおおお!!!」
 最後の一閃の視界が閉じる寸前、俺様の全身を凄まじい熱が覆う。やればできんじゃねぇか。炎の谷もここまでは熱くねぇだろう……なんてな。
 俺の全身に感覚が戻り始めると共に、全身を覆い尽くしていたクレイモンドの鎧装が剥がれ落ちる。体の自由が戻った俺様は高笑いと共に首を鳴らし、獣のような咆哮を上げた。

「ハァァ……さすがに死にゃしなかったか」
 俺はクレイモンドの破片を見つめる。鎧の原型は多少焼け崩れながらも半壊といった状態だが、奴なら再生してくるだろう。
 サーペント星人の弱点はナメクジ同様、塩化ナトリウム。しかし手元になければ、この星に海があるかもわからない。探しているうちにこいつは再生を終えて再び攻撃してくるだろう。
「よくやったなブモー。あとは俺が自分で終わらせる」
 俺は右手を空に掲げ、赤黒く邪悪な色味の電撃を纏わせる。そしてそれを十字に組み、右掌を奴に向けると同時に電撃は光線となって降り注いだ。
「英雄に憧れる純朴なガキが、どう間違って復讐者になっちまうんだよ。お前はどう生きてりゃ満足できた? 俺に矛を向けても返り討ちにされるのわかってたはずだろ。俺は光の国唯一の犯罪者で、銀河帝国の皇帝で……」
「今はその子の父親、でしょ」
 ハッとして前を見直すと、先程吹き飛んだクレイモンドの生首が俺に語り掛けていた。だが奴はどこか諦観したような、憑き物が落ちたような、ともかくこれ以上生きようという気のない目でこちらを見ていた。
「俺はゼロさんに憧れた。だからあの人に憧れて……英雄になりたかった」
「……俺を倒せば、なれるとでも思ったのか」
「えぇ。でも今なら何が真の英雄の条件だったのか、わかりますよ」
「なんなんだ、そりゃ」
 デスシウム光線は既に鎧装の9割を消滅させていた。残すは生首だけ。その生首自身が、光線へ飛び込んできた。
「……グレィト」
 それだけ言い残して、奴はデスシウム光線の黒い雷撃に溶けていった。

「何がグレィトだ……全ッ然グレートじゃあねぇなぁ……!」
 両腕をダランと垂らし、俺は天を仰いだ。
「ハッ……フハハハハ……」
 俺様は常に、相手の命を奪う事に躊躇せずに生きてきた。それは俺がまだウルトラ族の戦士だった頃から一貫してそうだった。だが、あの頃から含めてこんなにも気持ちの悪い気分になったのは初めてだ。まったく最低な気分だぜ。全然スッキリしねぇ。
 いつから……変わっちまった?

 俺はブモーのケガが治るまで、この星で静かに暮らしてみようかと思う。原住民から諸々奪う事も考えたが、今はそんな気力も湧かねぇ。第一、ブモーが例の大岩の前を意地でも動こうとしねぇから、最後には俺が折れる形でこの星に留まる事にした。
 
 天までそびえる岩山に俺様はもたれ掛かり、珍しく夢を見ていた。誰かが俺を抱きしめている夢だった。それが誰なのか見覚えはなく……いや、かつてゼロを兄と慕うガキにも似ているような気がしたが、似ているだけだろう。
「疲れたよね、もう終わりにしよう」
 奴がそう言ったところで目が覚めた。
「ぶも……?」
 隣にはブモーがいた。不思議そうな表情で俺を見たかと思うと、食いかけのシーピン1129の欠片を渡してきた。しかし、そのシーピンが膨れ上がる様子はもうない。質量を増大させるにも限度はあったらしい。
「最後のひとかけじゃねぇか。食わねぇのか?」
「ぶも、ぶも!」
「……」
 俺はブモーからそいつを受け取り、口の中へ放り込んだ。
 ブモーは別に腹が膨れたから俺によこしたわけじゃなかった。そんな事を俺が教えた覚えもないというのに。知らねぇうちにコイツの中に芽生えた感情が、ささやかな形で俺へ向けられていた。

 いつも味を感じなかったシーピンが、この時だけは不味くねぇ気がした。

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