造花より綺麗な花

 幾多の銀河を越えて、私は今もなお流れ続けていた。空を見た。星を見た。宇宙を見た。あれは何? あれは敵? あれは何だ。もはや自分の影の形すら永らく見ていない。きっと今の私は元の姿からは遠くかけ離れ、タロウが見たって気が付かない程に刺々しく、禍々しく歪んでいるだろう。

 ここはどこだろう。数え切れない星の海を泳いできたこの場所はもはや、どんな地図を持ってしても座標すらもわからないだろう。西も東も北も南も、昼も夜もなければ、光も闇もない。生命すらここにはありはしないだろう。宇宙に端っこがあるとしたら、きっとこういう場所の事を言うのであろうなと、私はその虚無の世界に自らの体を投げ出した。

 目の前に広がる赤い歪みを私は見た。真っ黒な虚無たる宇宙空間の闇の中に一点、その歪みは鮮血のごとく迸り、渦を巻いて周囲の空間と重力を歪めていた。いわゆる『ワームホール』と呼ばれる宇宙の歪み。そこに吸い込まれればどこに出やるのかは、この私ですら直接この目で見てみなければわからない。
 ……そうだ。この目で見てみよう。データやアーカイブなどという偏った情報で決めてしまうのは私の悪い部分だ。何より、この私の内なる好奇心が『飛び込め』と叫んでいる。何の呪いか、『狂おしい程に』と名付けられたこの好奇心が。

 私は歪みの発生させる重力に自らの身を委ねた。さすがは光をも飲みこむワームホールだ、全てを潰さんとする程の圧迫力により私の全身はぐちゃぐちゃに潰れていく。何千・何万倍、いや細胞片のレベルにまで圧縮された私の体はもはや原型を留めず、一片のチリと化した。好奇心は猫を殺す。差し詰め、私はそれに憑りつかれた猫といったところか。滑稽なものだな。

 どれだけ時間が経っただろうか。深い眠りの中から私は目を覚ました。夢すらも見させてはくれない程に深い眠り、そこから私は呼び起こされた。眼前に広がる景色に、さすがの私も驚きを隠せないでいた。さっき私が吸い込まれたばかりの真っ赤な鮮血の歪みが無数に広がり、真っ黒なスペースを覆い尽くさんとしていた。
 どういう事なのだろう。あれがもしワームホールであれば、これら全てが別次元に向かう出入口という事であろうか? であればこの場所は、次元を超えた空間という事になるのだろうか。
 全ての空間の起点? いやそれはないだろう。何故なら宇宙はこうしている間にも自然発生的に生まれ続けている、それはほんの些細なキッカケ、例えば誰かの脳内にあるイメージが具現化されたところからという酷く矮小なところからでも生まれうる。そのうち、もう一人の私がいる宇宙なんていうものも生まれるのだろうか。……さすがに冗談か。私の替えなど何人もいてたまるものか。
 であればここはむしろ、次元を繋ぎ過ぎたばかりにどこの次元にも属さない空間に変わり果てたと解釈した方が適切だろう。しかし何故、何の為にそんな事をしたのであろう?

 私は歪みが囲う形で浮いていたひとつの惑星に降りた。驚いた事にその惑星はひどく荒廃しており、無数のガラクタの残骸で地表が埋め尽くされていた。しかもよりによってその残骸と破片は、赤と銀。タロウを末弟とするウルトラ兄弟の体表と酷似したペイントが施されていた。
 どうしてこんなものが、こんな誰にも知られぬ場所にあると言うのだ。私はゾフィーに突き刺されたウルトラランスを引き抜いてそれをまじまじ見つめる。なるほど、本物と寸分違わぬ精度でこの人形は造形されているものだ。しかし、腹部や関節部分にツギハギのようにプロテクターが備わっている点に関しては『いかにも造り物』と思わされ、美しさに欠ける。
 しかし星の荒廃ぶり、地面や岩山の抉れっぷりを見るに、その威力はやはり確かに本物を凌駕せんレベルであろう。それだけの高い技術力を持つ種族……そうだ、これはサロメ星のものだ。かつて地球でセブンを苦しめた、セブンを模して造られたロボットがあったと科学技術局のデータの中にあったのを横目に見た記憶がある。本物との見た目の違いであるプロテクターも特徴が一致している。

 私はこの星の中心部に位置する建造物……であったと思しき廃墟に向かった。50メートルの巨体をヒューマノイドの生命体に値するサイズまで縮め、建造物の中を徘徊した。かつてこの場所で大きな爆発でも起きたのだろう、天井は吹き飛び、元はタワーであったと思われる長い柱がへし折れ横たわっている。
 しばらく歩き回り、残されたデータや痕跡から、この辺境の惑星の名前が『チェイニー』ということ、ここにいたサロメ星人の科学者の名前が『へロディア』だということ、そしてロボットのウルトラ兄弟を量産していた目的が時空転移システムにより多次元宇宙へこれらを送り込み、平和を守るウルトラ兄弟の手で全宇宙を制圧させる事であった事が判明した。
 これは面白い。宇宙の番人である清廉潔白のウルトラ族の力も、所詮は意志を奪われれば破壊を司る傀儡と化す。いいねぇ……私好みだ。やはりこの宇宙には正義も悪もない。ウルトラ族とて万能ではない、都合の良い神様にはなれないんだ。

 しかしひとつ、不思議な事がある。かつて私がデータで目を通したニセウルトラセブンの頃よりも技術の性能は確かに上がっている。しかし何故、『彼』の機体が存在しないのだろうか、と。
 私は更に記録の深い部分を探った。経年劣化などの理由からデータは破損しており、文脈をそれとなく読み解く事で解釈するのが精一杯だ。
 恐らくこういう事であろう。彼の体組織は他のウルトラ族と一線を画している。全身を包む真っ赤なスーパーボディ、バラバラになった肉体を集約・再生させるウルトラ心臓。特にウルトラの父から遺伝したウルトラホーンは彼を特別たらしめるだけの様々な能力を秘めている。
 いくらサロメの科学力とはいえ、彼の卓越した能力や体の構造を再現するには限度があったらしい。もっとも、キングブレスレットの方であれば、ジャックのウルトラブレスレットを再現できた技術力を以ってすれば作れたものを。勿体ない……いや、むしろ幸運な事であろうか?
 
 データに頼るだけで彼を簡単に再現できると思うなよ。私は誰よりも彼を知っている。いったいどれだけの時間、彼の光に当てられてきたと思っているんだ。彼の眩い光に、その煩わしいまでの輝きにどれだけ照らされてきたことか。
 君は光で居てくれれば良いんだ。それでこそ君はウルトラマンタロウなのだから。だからこそ私は君の影になると決めたんだ。君がなれない影に。君の背中を追い続けてきたけど、いつかは私なりの道で越えていくと決めたんだ。
 だからお願いだ。私を見てくれ、タロウ。

 私は地表に転がる廃材を拾い集めて作業を開始した。彼の深紅のボディーを再現する為にニセウルトラ兄弟の体表を熱して融解・液状の金属を凝縮して再生成してより近づけた。
 彼の体を血潮のように流れるストリウムエネルギーは既製品の技術を拝借しつつ、さらにプロテクターからソーラーパネルの要領で太陽光を取り込ませ熱エネルギーに変換させる事で他のウルトラ兄弟の光線を上回る威力へと増幅させることに成功した。 
 問題のウルトラホーンは特に苦労したよ。なるほど、かのサロメ星人が匙を投げるのも無理はない。プロテクター同様外界からエネルギーを吸収する器官とするところまではそう難しくはなかった。しかしタロウのウルトラホーンの生命体を探知する能力、エネルギーの放出・及び収集、さらには他のウルトラ兄弟を取り込みコスモミラクルエネルギーを得るといった多彩にして強大な能力の数々を2本の角に集約するには時間も労力も掛かってしまったものだ。やれやれ、残業はしない主義なのだが。

 私は彼を再現し構造を理解するうちに、彼がわからなくなってしまいそうになった。これだけの並外れた体組織、さしもの大隊長と銀十字軍隊長の血を引く者とはいえ……何より彼自身が勇気を持ち正義を愛する光の使者であるとはいえ、なぜそんな彼でも神にはなれないのかと。そう、この手で神を作り出しているのではないかと思わされるほどに彼の凄さを改めて噛み締める日々が続いた。

 スクラップ・アンド・ビルドの日々であった。作ってはその強度・硬度・光線の威力を試した。いったい何十・何百とタロウの偽物を作ってはこの手で壊し、また何度彼のストリウム光線をこの身に受けて死にかけた事か。或いは、気付かぬうちに死んでいたかもしれない。
 ボルヘスの遺跡に辿り着いたあの日から、時々物事の前後の記憶が曖昧になる事が増えた。あの時取り込んだ無数の邪神のうちの能力なのだろう、私は拡がり続ける宇宙の数だけ残基を有する存在となった。生命を超越した今の私は神や科学をも冒涜する存在として旅をしている。

 私の事はいい、今はタロウだ。私は彼を完璧に再現できる。それを証明する為の幾万回にも渡る『実験』が繰り返された。作っては壊し、または壊されを果てもなく繰り返した。命を賭した全力のぶつかり合いは昼夜を問わず繰り返された。肉体と機械のぶつかり合う音が節操なく響き渡り、互いを殺し合う事で互いを学び合い、互いを知る事で更にその完成度は断然上がっていった。
 この猟奇的ともいえる惨状は一周回って情の募りと呼ぶには相応しいのではないか? 全てをさらけ出し、昼も夜もなく求め合う。いいねぇ……素晴らしく愚かしい行為だ。実に生命感に溢れている。不完全な知性体の為せる、剥き出しの本能を独りよがりにぶつける行為。
 私は彼を殺し、また彼に殺される事に快楽すら覚えていた。彼は私を見ている、私の命を奪う程に。その目が私を見るたびに私は得も言われぬ高揚を覚えた。タロウが私を見ている、私を殺したい程に私を見て、私に彼の全てを見せてくれている! いいぞタロウ、もっと君の熱さを、君の情熱を、君の光を私に……!
 タロウ、タロウ、嗚呼タロウ……! 君は素晴らしい……それでこそだよタロウ! 腹を貫くその拳、首をへし折るその美脚! ホーンから放たれる電撃はこの身を震わせ、君の体から発する熱がこの身を焼き尽くす……! フハハハ……これだよ! これでこそだよナンバーシックス! 昔から容赦がないんだ君は! 私の事などお構いなし、どこまでも君は先へ行ってしまう! 私の気持ちなど露とも知らぬ、そのくせ一人だけひどく輝いて僕の心を離さないんだ君は!! まったく君は昔から変わらないなぁ……!!
 そのうち、私は自身が彼の手で殺される瞬間の記憶までも明確に覚えられるようになっていった。目覚めと共にその記憶が脳内を駆け巡り、その悦に達する快感の中毒となっていた。私は彼に殺される事で再びタロウと向き合い、また私が彼を殺す事で再び彼を創り直した。何度も何度も、時間さえも忘れてしまうほどの悠久の時を過ごした。

 そして私は今、死と破壊の上に積みあがった山の頂に居る。彼と自身の死屍累々の上に立つ私はついに完成させたのだ。私の理想とする、『ウルトラマンタロウ』を。
 スーパーボディ―はどんな攻撃も通用しない無敵の肉体と化した。体内を流動するストリウムエネルギーは既存のニセウルトラ兄弟を遥かに超える威力を発揮し、如何なる鋼鉄も一撃で破壊できるまでに達した。
 頭部のウルトラホーンは私がどの方位に居ようと確実に察知できる程の精度に至り、また私ひとりぶんの生命エネルギーであれば優に吸い尽くせる程のエネルギー循環システムを完成させた。このエネルギーの変換技術は、かつて私が開発したアストラル粒子転化システムの理論を応用する事で再現を可能としたものだ。
 さらに私はタロウの思考の偏り・戦闘データを注ぎ込んだ人工知能を組み込んだ。所詮は私という片方の局面のみから見たもの、純正のタロウ自身の思考ではないのだろう。しかしそれでも良い、繰り返しの中で彼の攻撃パターンは確実に私の知るタロウに近付いている。今のタロウの思考は限りなくオリジナルに近いはずだ。

 雨が、シトシトと降り始めた。度重なる実験により、この惑星の気象は随分と変化してしまったものだ。ここに来た当時の青空は実験室より溢れる煙によって暗雲に包まれ、気が付けば闇に覆われる世界へと変質していたのだ。
 これではまるで、私が話に聞いていた地球人と同じではないか。自らの欲望の赴くままに世界を汚すなんて。

 さぁ、見せてくれタロウ。スワローキックか? それともアトミックパンチかい? 君の得意技ならこの身が覚えている。訓練生時代から何度も君は私を甚振った。あの頃ように、君の強さをもう一度私に見せてくれ。
 
 だが私の予測に反してタロウの見せた動きは意外にも優しいもので、タロウの両腕は私の腰に回った。ほう、ベアハッグと来たか。手堅くいつものお得意の連続ボディーブローでもすれば良いのに。それとも初手からいきなりダイナマイトかい? 内蔵されたウルトラ心臓の性能を早速見せてくれるということか。
 しかしタロウはそれ以上何もしてはこない。どういうつもりだ? 私は彼の思考がまるで読めない。創造主である私の想像を超えたという事は、私の知らないタロウの一面が目覚めたという事。それは私という片方の局面を飛び越えてオリジナルのタロウに成ったという考え方もできるだろう。しかし、それにしたってこの行動パターンは私には解らないものであった。

「もういい。もういいよ、トレギア」

 ……喋った、だと。私はそんな機能をつけた覚えはないぞ。
 何が起きたのかわからないまま、私はタロウの両腕を引き剥がそうとする。しかし彼の腕は皮肉にも私の胴に絡みついたまま決して離れはしない。

「離せ、私はお前にそんな機能をつけた覚えはない」
「離さない。僕は君を独りにはさせない」

 やめろ、それ以上喋るな。そんな言葉は聞きたくない。今更そんな事を言われたって、私はもう昔の私ではない。
 いや、最初からそうだった。私は生まれた時から光と正義を守護するウルトラ族には向かなかったんだ。あらゆる意味で。
 光に抱いた疑念、闇を排除した綺麗事だけの世界。その環境を体現したような存在が君だ、タロウ。
 なのに私は君に手を伸ばしてしまった。届くはずもないというのに。

「私は光と絆と否定する。そうだタロウ、私はお前を否定する。全ては幻に過ぎない」
「そうかもしれないな。だから僕は君を失ってしまった。だから、今度は離さない」
「君に何がわかる……? ウルトラマンNo.6と呼ばれたエリートの君に何が……私の欲しいもの全て兼ね備えた君に何が!」
「あぁ、わからなかった。気付いてやれなかった。だから教えてくれないか。君が何に苦しんでいたのか、僕に何が足りなかったのか。昔、君が僕に勉強を教えてくれた頃のように」
「うるさい……うるさい……! うるさい!! 今更そんな言葉で私を救えるとでも思ったか!? 私を理解しているのは私だけだ。正真正銘、根っから真性の光の者である君に何がわかる! 君は偏った存在だ、だが私は宇宙の全てを見て来た! この宇宙には光も闇もない、虚無こそが世界の真理だ! 私の方がより完璧であると証明してみせる、だから……だから……!」

 不意にタロウの腕の力が強まり、肺が圧迫された為に私の声は途切れる。もう喋るな、とでも言わんばかりに彼の抱きしめる力は強い。とても、強く私の体を包み込んでいる。
 ズルいよ、タロウ。ぼくの話を聞いてよ。力づくで無理やり黙らせるなんて卑怯だよ。やっぱり君はウルトラマンだなぁ、タロウ?

「もう無理しないでくれ。僕は君にはなれない、だから君をもう一度知りたい。一緒に帰ろう、トレギア」
「……嫌だ」
「光の国がダメなら一緒に地球に行ってみないかい? あそこは確かに良い人も悪い人もいる。でもだからこそ、君の求めていたものが見られるんじゃないかと思うんだ」

 違う、ちがうんだよタロウ。私は、ぼくは……

「君になりたかった」

 降り続ける小雨は次第に勢いを増していった。雫が私の仮面を濡らし、頬を流れ落ちていく。だが、そんな雨ですら、私の雁字搦めの心を洗い流す事はできないだろう。私の心はもう戻らない。知恵の輪、あるいはルービックキューブ。いや、絵柄の擦り切れてしまったジグソーパズルのように。

「踊らないかい? タロウ」

 私はタロウの腰に手を回し返した。瓦礫の山を踏み鳴らし、私はタロウと踊り明かした。スロー、クイック、クイック。あの時覚えたダンスのコツは今も体に染みついている。
 『あの時』……? いつだったか、それは。いつだ、いつだったか……思い出せない。私は邪神の能力により死ぬ度に記憶が引き継がれるはず、なれば記憶の齟齬が生じることなど起きないはずなのに。
 いや、この際どうだっていい。私は今、タロウとひとつになっている。それで充分だ。
 嗚呼、私がいつか作ったタロウスパークがあればタロウと心も体もひとつになれるんだろうな。いや、心は分離しているので、ひとつの体に私とタロウの意識が宿る事になる。タロウの体に君と私、二人がひとつになれたら完璧なのに。君が持ち合わせていない『影』に、私ならなれるというのにね。
 『タロウスパーク』……? いや違うな、これはタロウに否定されたんだっけ。あの後、何という名前にしたんだっけ。君なら覚えているかい、タロウ?
 あぁそうだね、タロウ。『タイガスパーク』だ。次の世代の絆の象徴にすべきだって君が言ったんだね。忘れていたよ。
 タイガ……どこか耳に覚えのある響きだ。頭の中にモヤがかかったようにその言葉は掴めない。君とのあの日の会話だけではない、ひと時の言葉ではなくもっと長い時間、私が執着していたような……。

 あぁ、そうだ。思い出した。道理で記憶が正常に引き継がれないはずだよ。

「私はもう死んでいたんだね、タロウ」

 邪神グリムドは滅んだのだ。それもタロウの息子……いや、その運命を受け入れた太陽を抱く勇気ある者、ウルトラマンタイガの手で。それも彼一人の力ではない、彼を彼として見てくれる仲間とやらとの絆に、私は負けたんだ。脆弱だと侮っていた人間との絆が、私に引導を渡してくれたのだ。
 彼もまたタロウの影に悩んでいたはず。だから私は君を執拗に闇に堕とし、共に光の国にいるタロウの元へ帰ろうと思っていた。光も闇も等しく同じ価値しかない事を証明したかったからだ。
 だが君は違った。タロウの影を背負う事で、もっと大きな我(じぶん)になれたんだな。タイガ。

 私は踊り疲れて座り込んだ。タロウと背中合わせの形で。その姿はまるで、私がタロウの影法師のような形をして座っていた。

「死んだら、私も『おはか』に行くのだろうか? もっとも、私の体は既に消滅しているから埋めるものなど残っていないが」
「どうだろうな。でも僕はきっと君の『おはか』に通うよ。どこだろうと君に会いに行く」
「本当かい? そこに私はもう居ないというのに」
「僕は、君が生きているうちに君を連れ戻せなかった。だからせめて、お墓参りくらいはさせてくれよ」
「……だったら私が生きてるうちに迎えに来て欲しかったな」

 私はタロウに背を向けたまま立ち上がった。そして数歩、前に歩み出る。

「私は行くよ、タロウ。君の顔を二度と見ないで済む場所にね」

 タロウは何も答えない。だから私は歩みを進める。……まったく、自分でも本当に面倒臭いと感じるよ。私は詰まるところ、タロウに振り向いてほしかったんだな。
 不意に、私の手に温かい感触が走る。見ると、私の手を赤い手が握り締めていた。

「行くな、トレギア」

 ……まったく。そういうところだよ、タロウ。君はいつまでも私の心を掴んで放してくれないね。ズルい男だよ。
 今回の事でよくわかったよ。何故、君が私の心に残っていたのか。君がなぜ、光であるのか。その恵まれた肉体と能力を再現し、何度も体を重ねるうちに私は高揚と共に虚しさを感じていた。いくら機械で君を再現しようとしても完成に至らなかったのか。何度も何度も、壊しては作り直しを繰り返さざるを得なかったのか。
 君の光が宿っている場所、それは器だけでは計り知れなかったんだね。だからこそ、機械の体に心が宿った。そして教えてくれたんだんだ。いや、思い出させてくれたと表現するのが正しいか。

「やはり私は君にはなれないよ、タロウ」
「だからこそ、君を越える道を模索した」
「だけど……ついぞ敵わなかった」
「自分にできる強さの形を探した事に後悔はないよ」
「私は……君になりたかった」
「私が抱いた疑念も間違ってるなんて思ってない」
「だけど、なれなかった」
「私は結局、私でしかいられなかったんだ」

 私はどうすれば正解だったのか、正直今でもわからない。私は私の正しいと思う事の為に進んでいたはずだったのに、気付けば何もかもを見失っていた。
 簡単な事すらわからなくなていた。私ってなんだっけ。
 だけど今、この意識があるうちにできる事があるのなら。それだけは……しておこうかな。

「タロウ、君に決闘を申し込む。お互い、一撃に全力を込めた真剣勝負がしたい」
「そんな……できないよ、君と命のやりとりなんて」

 わかってる。心優しい君ならそう言うだろう。だけど、これは私の最後の願いだ、聞いてほしいんだ。だがそれを素直に伝えられる今の私ではない。私は最期だけ、もう一度『トレギア』を演じる事にした。

「どうしてできないんだい? 宇宙警備隊の大隊長の息子様も老いては随分と腰抜けになってしまったようだな」
「そんな事は……!」
「君の名前の意味を思い出せ、タロウ。『勇気があり正義を愛する者』、だろう? 君は勇気が無いのか? 君は勇敢なレッド族の子供だろう」
「……その台詞は」
「さぁどうする、それとも私が怖いのか? 光の国なんていう温室育ちのお坊ちゃんには、私のような『悪』や『闇』に耐性がないもんなぁ~?」
「トレギア……! それ以上言うな!」

 タロウは拳を握りしめ、私から間合いを取り直し構えを取る。そうだ、それで良いんだよタロウ。君の全力を私にぶつけてくれ。私も全力でいく。殺し合った実験の日々のように、私も君を全力で破壊する。
 タロウは握りしめた両の拳に力を込めて天に掲げ、全身から深紅の炎を吹き上がらせる。それでいい、君と言えば昔からその燃え滾る炎だよタロウ。かつて君と共に冒険した時も、君のその炎が私を救ってくれたね。
 私は彼と同じ動きでやはり炎を生み出す。しかし私のものは体色と同じ青色の炎を滾らせていた。炎は温度が上がれば赤から青へと色を変える。しかし一度、こうして体を重ねぶつかった時に勝ったのはタロウの方だった。なれば炎の色はエネルギーに由来するだけ、温度や威力は関係ない。

「ウルトラ……ダイナマイト!!」
「……トレラダイナマイト」

 深紅と群青の炎がぶつかり合い、二色が交じり合った火柱が天へと舞い上がる。雲を突き破り、その膨れ上がった灼熱と爆風で一帯の暗雲を吹き飛ばし、世界は微かな暁に彩られる。

「トレギア。君に言い忘れていた事がある」
「ハッ、今更なんだって言うんだ。とっくに手遅れだ」
「君が出奔した後も、光の国の犯罪者の名前はベリアル一人で保ってある」

 ……なんだと?

「それがどうした」
「書き加えて欲しくない、そう僕が触れて回ったからだ」
「……フン。大きなお世話だ」
「君が行くのなら、僕はその全てを受け止めよう。それがかつての思いだった。そこに後悔はない、君には君の考えがあったからその邪魔をしたくなくてね。だけど、せめて立場なんてものが無ければ、もっと追いかけられたのにって」
「筆頭教官には許されない、だから息子に押し付けたのか」
「本当なら呼ばれたあの日、タイガのいた地球に行きたかった。だけどメビウスに止められたよ」
「君の教え子でヒカリ長官……いや、元長官の盟友のメビウスに、か?」
「彼は言った。『僕の時のように彼も乗り越える』と。そして事実、メビウスと同じようにタイガの中に炎が生まれた」
「皮肉な話だよ。私が何をしようと、彼は立ち上がりことごとく成長を積み重ねていった」
「だから、伝えなくちゃ。君が居たから、タイガは立派に成長した。ありがとう、トレギア。私の息子の、育ての親になってくれて。彼の前にそびえる壁が、君でよかった」

 私は何か言い返そうとした。その言葉を素直に受け取るわけにはいかないから。だがそれが叶う前に私達の体は、積み上げた私とタロウの死屍累々をも焼き尽くす程の大爆発を起こした。

 夜明けの太陽は上がり、静かに大地を包んでいく。乾いた虚無の大地に、青い巨人の姿が残されていた。彼は朝焼けの太陽に向かい、小さく呟いた。

「やっぱり本物には敵わないなぁ……」

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