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指数関数、それは人類の友であり敵であり

指数関数とどう付き合うか、指数関数をどう御するかが、これまでもこれからも人類の重要課題のひとつであることは意外と広く認識されてなさそうです。

指数関数というのは誰もが学校で習ったはずの「xのn乗」みたいなやつで、「べき乗則」とか「累乗」とか「倍々ゲーム」などとも言われます。

たとえば2のn乗(いわゆる倍々ゲーム)は、御存知の通り
1,2,4,8,16,32,64,128,256,512,1024,2048,…
みたいに続きます。(n=0から始めちゃいました)

この指数関数をうまく利用することで人類文明は発展を遂げました。
そして、その一方で、指数関数が制御できなくなり暴走を始めた時に人類は様々な大ピンチに見舞われてきたのです。


たとえば「火」。

人類が「火」を使うようになったおかげで、文明を発展させることができたのは広く知られているところです。
「火」の便利な点は、種火があればいくらでも増やせることです。燃料さえあれば1つの種火を複数の火に増やすことができます。そしてまた、それらの火からさらにどんどん火を増やすことができる。倍々ゲームで火が増やせる。まさしく指数関数的性質と言えるでしょう。
「火」のこの便利な性質が人類に莫大なエネルギー利用の手段となり、文明発展の礎となりました。

ところが、この「火」が倍々ゲームで容易に増えるという性質は、火災という形で人類にとって常に悩みのタネでもあり続けています。
小さなタバコの火の不始末がほっておけば家々を焼く火災にもなりえますし、森林で発生したわずかな火花が数ヶ月に渡って大地を焦がし続ける大火災にもなるわけです。

「火」を有効利用するためにはその指数関数的増殖が人類の制御下に置かれていることが必要で、それが人類の手を離れ際限なく広がり始めたならば急にその破壊力をもって人類そのものの敵と化すのです。


いまだ猛威を振るう新型コロナウイルスをはじめとした「疫病」も指数関数的存在です。
1人の感染者から複数の感染者を生み出すことができ、そしてその新たに生まれた感染者がさらに複数の感染者を生み出すことができる。それによって指数関数的に感染者数が激増する様を世界はここ数年目撃し続けています。
これぞまさに指数関数の猛威です。

一方で、もはや専門用語でなく一般用語となったと言える「PCR」もまた指数関数的技術であることを忘れてはいけません。
PCRは一言で言えばDNAを倍々ゲームで増やす技術です。微量でしかなかったDNA(コロナのRNAから作成)を瞬く間に指数関数的に増やす(10億倍以上になるそうです)ことでコロナのRNAがちょっと存在しているだけでも鋭敏に検出できるわけです。

指数関数的に増える疫病に対抗する技術が、指数関数的発想に基づいたものであることに、人類と指数関数の複雑な関係がみてとれます。


「人口」もそうです。
今でこそ世界中で少子化が課題となっていますが、最近まで中国が一人っ子政策をしていたように、人口増加は人類にとって定番の悩みのタネです。

たとえば、18~19世紀のイギリスの経済学者マルサスは「人口が指数関数的に増えるために将来食糧生産は追い付かなくなる」と警鐘を鳴らしたことで有名です。1人の母親から複数の子どもが生まれ、その中からまた複数の母親がそれぞれ複数の子どもを持つ、となると確かに倍々ゲームになるわけですから、これも指数関数なのです。

人口の激増は問題になるとはいえ、もちろん人口は経済成長を支えてきた重要なファクターであり、だからこそ昨今の人口減少トレンドに各国が焦りを感じ始めているわけです。

増えすぎてもダメ、減りすぎてもダメと、人口問題は指数関数をコントロールすることの大切さと難しさを象徴するものと言えるでしょう。


「資本」もそうです。「複利こそが人類最大の発明だ」とアインシュタインが言ったらしいのですが、「利益がまた利益を生み出す」という資本主義システムはその指数関数の強力なエネルギーを推進力にこれまで発展してきました。
結果、今や猫も杓子も「NISAやiDeCoのインデックス投資を複利で回して将来安心」としたり顔で語っている世の中です。

ところが、資本主義の複利という指数関数的システムは強力すぎるために別の課題も生み出しています。
「持てるものはますます富み、持たざるものはますます貧する」という格差問題です。同じ利回りでの条件下であっても、最初に用意できる種銭の多寡が、時間とともにどんどん驚くほど大きく拡大してしまうのが、指数関数の恐ろしいところです。

努力がどうとかいう次元を無に帰すぐらい指数関数が強力すぎるからこそ「最初から金持ちかどうかの親ガチャじゃん」という白けを生むことになってしまうわけです。

資本主義を支える指数関数が経済の発展と格差拡大という明暗を同時に導き出しているために、どれぐらいそれを押さえるべきかで、社会の立場を二分する議論になっているわけです。


「原子力」もそうです。原子力発電に用いられている核分裂反応は、原子核が崩壊して飛び出てきた中性子が他の複数の原子核にぶつかってそれを崩壊させて、その崩壊で飛び出てきた中性子が他の複数の原子核にぶつかって……という連鎖反応です。もうこれまでの話でお分かりの通り、まさしく指数関数的に反応が進むわけですね。この分裂のたびに大きな熱が発生するので、この核分裂反応によって莫大なエネルギーを取り出すことができるわけです。

この指数関数パワーを用いた原子力が人類にとって便利なエネルギー源であった反面、みなさまが御存知の通り、数々の悲劇も同時に原子力によって引き起こされてきました。

3.11の福島原子力発電所事故は日本人なら誰もが忘れられない経験になりました。津波によって原子力を制御するシステムが停止し、その指数関数が暴走した結果が、まさにあの事故です。
チェルノブイリも同様に指数関数の制御を失った事故ですね。
さらに言えば、故意にその指数関数エネルギーを人に向けた攻撃として用いるのが核兵器ということになります。

指数関数の功罪を最も深く人類史に刻み込んでいるのが原子力と言えるかもしれません。


変わり種で言えば「人気(口コミ)」もそうです。
莫大なお金を稼ぐYouTuberが登場したり、誰かのツイートが瞬く間に拡散炎上したり、これらも指数関数です。
誰かが「この人面白いよ(or ムカつくね)」とつぶやいて、それを見た複数の人がさらに「この人面白いよ(or ムカつくね)」とつぶやいたならば、はい、指数関数増加の出来上がりです。

その口コミの指数関数的連鎖反応を生み出せるかどうかがSNSでは人気者になれるかどうかの大きな分かれ道となっているわけです。(あるいは怒りの連鎖反応を呼んでしまった場合は大変なことになるわけです)

現代社会ではこの指数関数の恐ろしいまでの影響力をSNSを通して誰もが体感として知ってしまいました。
だからこそ、みなが指数関数の虜になって「バズりたいバズりたい」と指数関数という神様に拝み倒す世の中になっているわけです。

指数関数がいかに人類にとって魅力的な魔物であるかを示している時代と言えます。


というわけで、色々と指数関数の例を出してみました。
これらの例でお分かりの通り、人類は指数関数のパワーを用いてこれまで文明を発展させてきたし、そして指数関数の暴走に常に悩まされてきたわけです。
指数関数が強力すぎるからこそ、それを利用せずにはいられないし、そして時に制御に失敗して大ピンチに陥るのが人類の歴史と言えます。

なので、こうした人類と指数関数との強い因縁を念頭に置けば、様々な場面で視点を変えることができるのではないかと思うのです。

何かが上手く進んでない時、それは指数関数の力を活用できてないからかもしれません。
何か問題が発生している時、それは指数関数が暴走してしまっているからかもしれません。

ものごとの背景にある指数関数を見破って、それを活用し制御することが、人類史から学べる重要な知恵のひとつなのです。


そして、チェス盤のマス目に米1粒から倍々ゲームで米粒を置いていくという有名な逸話からも分かるように、指数関数というのは最初は一見するとほんとにたいしたことないように見える点も注意が必要です。

多分これは人間の認知システムが指数関数を扱うことに向いてないせいではないかと考えられるのですが、相当に注意していないと指数関数が着実に進行していることに私たちは全く気づかないものです。

指数関数が皆が驚くほどの異変として認識できるステージに到達した時、その次の瞬間それを遥かに凌駕するほど急速に進行するのが指数関数の恐ろしいところで、気づいた時には既にもう大変なことになっているんですね。

だから、普段から積極的に指数関数の芽を探さないとなりません。
誰にでも見えるレベルになったら遅いのです。
もちろんこれは制御するためだけでなく、活用するためにも重要な作業となるでしょう。まだその爆発的ポテンシャルを現してない指数関数はその魔力に似つかわしくないかわいらしい面持ちであるのですから。




【あとがき】

今回の話のコンセプトを思いついて、同時に思い出したのがこの本『歴史は「べき乗則」で動く』。

随分前に読んだものなので細かい話は覚えてないのですが、「べき乗則(指数関数)」の魅力と魔力を実感できる良書であったことは覚えています。

「江草の与太話なんかでは納得いかーん」という方はぜひこちらも読んでみてください。

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