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共通テストの「情報」新設を考える

 2024年度からの,共通テストの教科再編で,情報が新設案が報道されている。
案なので決まったわけでなく,この先,大学や高校の意見を聞いた上で,今年度内に公表する方針だという。この件につき,いくつかの観点から考察してみたい。

新設は高校から歓迎されるか

 朝日新聞には,東京都立町田高校の小原格指導教諭は,として「『一つの教科として認められた。情報科の教員の採用も増えるのでは』と喜ぶ。」と書いている。
 小原さんは「情報」が新設されたとき,情報の教育研究会の立ち上げに尽力された方だ。東京だけでなく,関東周辺で教育研究会を立ち上げ,各県および全国規模へ広げていこうということで始まった。
 しかし,その動きとは裏腹に,まもなく情報の不履修問題が出た。必修教科であるから看板は情報だが,内容は数学などになっていて情報を履修していなかったり,単位数が少なかったり,という問題だ。単位数が少ない学校では,余分な補習をやらされたところもあった。そうなった理由は2つほどある。
ひとつは,センター試験の科目でないことと,一般教員の理解が不足しているために軽視されたこと。
 もうひとつは,ちゃんとした教員配置をしなかったこと,である。
教科新設に当たって,現職教員を対象に数日の研修を行い,情報の免許を取らせた。参加者は,たいてい校長命令によるもので,ちょっとコンピュータが使えるということで取らされた人も多い。もともと「情報」についての興味関心があるわけでもないし,情報専任になるわけでもない。
 そんな状況だから,カリキュラム編成に当たっても,情報という教科の内容をしっかり理解しているわけでなくいいかげんだったわけだ。
 センター試験に情報が加われば,ちゃんとやるようになるのに,というのが小原さんの意見の背景にある。

 朝日新聞には,一方で「共通テストの教科になることに,高校は本当に対応できるのか」という,盛岡中央高校付属中学副校長の下町氏の意見も載せている。そう考える最も大きな理由は,指導教員の不足だというから,前述の状況と一致している。
 単位数が2単位であるため,専任教員を配置しづらいのだ。クラス数が少なければ授業時間数が少ない。前述の,他教科で免許を持っている教員や,臨時免許で教えているというのが実情だ。臨時免許すらない者が教えていることもある。筆者の勤務校は8クラスなので,家庭科と同じく1人の配置が可能なはずなのだが,専任は配置されていない。免許を持っている教員が複数いればなんとかなるが,そうでなければ非常勤講師が持つことになるが,その非常勤講師のあてがほとんどないのが実情なのだ。
 立ち上げ時に,きちんとした教員の採用をしたこなかった教育行政のツケがまわってきている。
以前も書いたが,現在情報を教えている教員の中で,2022年度からの新教育指導要領にしたがってプログラミングを教えることのできる人がどのくらいいるかというと,10%いるかどうかだろう。コンピュータは使えても,WORD,Excelであり,プログラミングはしていない。教科立ち上げ時の研修会でもプログラミングはまったくやっていない。むしろ,数学や理科の教員の方がプログラミングのできる人数の割合は多いくらいだ。
 授業でちゃんと教えられないとなると,受験生の負担がおおきくなる。歓迎しない高校の方が多いのではないだろうか。

大学は採用するか

 はっきり言って,採用する大学は少ないだろう。必要なら,個別試験で対応するはずだ。
なぜなら,情報リテラシーやセキュリティ,著作権法について暗記だけしてきても大学ではなんの役にも立たないし,試験するほどのことでもない。プログラミングも大学にはいってからでも間に合う。必要なのは,英語,数学,理科についてのちゃんとした理解であり,文章の読解力だ。
 これは,高校の「情報」の内容を大学が理解していないからではなく,むしろ,実情を理解している大学ほど採用しないだろう。
 では,高校で「情報」を学ぶ意味はないのかというと,決してそうではない。プログラミングの基本的な考え方を身につけていれば大学で役に立つし,情報リテラシーやセキュリティの考え方は現代社会では必須だ。ただ,それを「共通テスト」で試験する意味はない,ということだ。

試験の内容はどうなるか

 現行のセンター試験で,数学の中に「情報関係基礎」がある。内容は,情報リテラシー,アルゴリズムが必須で,プログラミングと表計算が選択になっている。
 これがそのまま,「情報」として独立すると考えれば,特に目新しいことではない。
 情報リテラシーは,高校の「情報」で学ぶ内容だ。アルゴリズムは,情報の教科書の内容ではないから,対策といっても困るだろう。ただし,選択になっているプログラミング・表計算がちゃんとできるなら対応できる。
 プログラミングは,Pythonなどの特定の言語ではなく,センター試験用の言語だ。「代入」「条件判断」「繰り返し」といった基本概念がわかっていれば,実際にコーディングしたことがなくても解ける。
 筆者は,教科書に「モデル化とシミュレーション」があるので,これをプログラミングする授業を行い,合わせて「情報関係基礎」の過去問から,プログラミングの問題を演習としてやっている。まず,そのまま解かせるのだが,ここで面白いことが起きている。
センター試験問題としてやるとできるが,実際にコーディングするとできないのだ。
すると,紙のテストだけでなくCBT:実際にコンピュータを使って答える にすべきだという話になるかもしれないが,その話はいま見送られている。そのための条件整備(機器の配置など)が困難だからだ。
 とはいえ,実際のコーディングより,アルゴリズムの理解の方が大切なことはいうまでもないだろう。現行の「情報関係基礎」がそのままスライド,でもいいはずだ。ただし,新教育指導要領に合わせて変えていくことは考えられる。

 朝日新聞には,石原賢一・駿台教育研究所進学情報事業部長の話として,次のような記事が載っている。

 1990年代後半からセンター試験の数学で,コンピュータに関する出題が始まったが,選択する受験生は少なく,得点も二極化傾向だった。問題の質が担保できなければ,最近人気のコンピュータサイエンス系でも使わない学部が増え,形だけの教科になる可能性がある。
 デジタル時代の本質的な力を問うにも,紙のテストでは限界がある。コンピューターを使うCBTで一定期間に受ければいいような形式も,早急に模索すべきだろう。

 残念ながら,的を外した意見といわざるをえない。おそらく,高校の「情報」の内容と,授業の実態についてはよくご存知ないのだろう。「1990年代後半からセンター試験の数学で,コンピュータに関する出題」は,今の情報の内容とはまったく違うのだ。
 そのころあったのは, BASICで数学の問題(整数問題など)をプログラミングするもので,履修も選択だった。ほとんどの高校では履修していないだろう。そんな余裕がないからだ。
 第一,プログラミングの対象が,情報のものとは違う。整数に関する問題など,数学の内容だからだ。情報のプログラミングはそうではない。「情報関係基礎」の過去問を見ればわかるが,整数の問題もあるが,データの並べ替えやゲームだったりする。
 また,得点が二極化傾向だったのも,個人的に好きでBASICをやっていた生徒には楽勝問題であり,他のベクトルなどが苦手だから,少しでも点を取ろうとした生徒には全問正解は無理,もしくは時間切れとなる問題だったからだ。情報のプログラミングと並列で論じられるものではない。
「CBTで一定期間に受ければいいような形式」など無理に決まっている。英語で,民間テストを導入しようとして失敗したようなものだ。

「共通テスト」という問題点

 現在でも個別試験では,情報を出題している学部がある。それは,その学部の要請だ。しかし,共通テストはその名の通り,全国一律に行うもの。たとえば,数学は,Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,A,B を履修するが,そのすべてではなく,Ⅲはセンター試験の科目にはなっていない。A,B も選択だ。それは,もともとこれらが必修科目ではなく選択科目であるからだ。では,情報はどうか。情報Ⅰは必修科目である。そういう観点からすれば,必修科目を共通テストに入れるのは妥当だといえる。
 しかし,いままでに述べてきたことを考えると,これを共通テストで全受験生に課すというのは,かなり問題も多いのではないだろうか。多くの高校で,情報を1年生もしくは2年生の2単位で履修することを考えると,共通テストのために演習を行うというのも現実的にはなかなか難しいことだ。
実際には,高校側の意見もさることながら,大学側がどう対応するかで方向性は決まると思われる。