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芳沢先生,まだありますよ

「「%」が分からない大学生」(芳沢光雄 光文社新書 2019 4月) を読んだ。
目次を示しておこう。

第1章 深刻な問題
第2章 見直し力をチェックする
第3章 数学マークシート式問題
第4章 数学は「心」が大切
第5章 算数・数学は皆が大切にしたい教科である
第6章 算数・数学は個人差に合わせた教育を!

 まず,新聞紙上やネット上でも論議を呼んでいる「はじき」「くもわ」批判から始まる。(第1章) 
 小学校で速さの計算をするのに,「はじき」「くもわ」を使うことへの批判である。「はじき」については,「すべての親と教師に薦める本:お母さんは勉強を教えないで」でも紹介した。
 確かに,これで子どもは答えを出せるようになるかもしれない。(支持者の論拠) しかし,これに頼ってきた子どもの末路はどうか。「末路」というと大げさに聞こえるかもしれないが,要するにその意味を理解していないために,高校・大学になってから速度の問題がまったく解けなくなってしまっているということなのだ。小学生を教えているだけだと,先のことまではわからない。とりあえずこれでできるようになる,というところに落とし穴があるのだ。芳沢先生は大学で教鞭をとっているので,大学生の例が出てくる。それが,「みはじ」の末路だ。

 次に,マーク式の試験問題の批判。(第3章) これはよくいわれている通りで,解けていなくても適当にマークするという「裏技」の話だ。その結果は「はじき」の末路と共通する。
 そこで,入試問題に記述式を,となるのだが,この本が出版されたのが2019年4月なので,その後起こった,共通テストでの記述問題への批判については書かれていない。共通テストでの記述問題の採点は実質不可能,という話であるが,これについての言及はなされていないのである。

 以上,「みはじ」やマークシート式問題の弊害について書かれており,それを,大学生の状況を論拠にしているわけだが,もしかすると,芳沢先生は,高校での普通の試験での解答がなんとも悲惨な状態にあることをご存知ないのかもしれない。採点基準と解答とのマッチングが非常に難しい証明問題でなくとも,普通の問題の記述力がないのである。

 実は,高校入試問題の時点でどうにも悲惨なことになっている。高校入試問題は毎年ほぼ同じパターンで出題される。計算問題,連立方程式の問題,図形の問題,2次関数,図形の証明,というぐあいだ。図形の証明はもちろん記述だが,それ以外の問題でも「解く過程をかきなさい」という問題がある。しかし,これをちゃんと書けないのだ。式だけをばらばらと書いているだけで論理的繋がりがわからない答案が多い。中学3年生の通塾率が90%を超えると思われる昨今,中学校でやってなくても塾では入試対策をやっているのではないかと思うのだが,どうもその様子がない。
 この調子で入学してくる生徒の記述力で,その後がどうなるかの例を示そう。たとえば,高校1年生の2次関数のグラフの問題である。教科書に次のような例題がある。(東京書籍 数学Ⅰ Advanced)

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このあと,まったく同じ形式の問題を解く練習をするのだが,生徒が書く解答は次のようなものだ。

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 例題をまねしていけば論理的に整理された解答が書けるのに,そうしないで,ただ計算だけを書き連ねる。例題では省略されている途中の計算(示す必要がないから省略されている)をぐちゃぐちゃと書く。それぞれの過程をつなぐ言葉,「すなわち」「ゆえに」などがない。(グラフは必ずしも描かなくてよい)
 それでも,試験のときは,連立方程式が立てられていて,結果が合っていれば,これで正解とせざるをえない。そうでないと採点基準のグレーゾーンが多すぎて公平な採点をするのに時間がかかりすぎるからだ。普段の授業で練習問題をやらせたときでもそうだ。このような答案に対して細かいコメントを書いている時間はないのだ。なんせ,授業が終われば会議や部活で,放課後にレポートを丁寧に見る時間などない。20名くらいなら頑張れるが,2クラス持っていれば80名だ。
 そこで,解答例を示して,「しっかり言葉を書くように」と注意し,私の場合などは「もっと言葉を」というゴム印を用意して赤スタンプで押す,ということもするが,いっこうに直らない生徒も多い。教科書の例題に倣って書くことすらしないのだから。

 結局,論理的に思考し,論理的に表現する力がつかないまま,それでも大学に合格していく。その末路は芳沢先生が書いている通りだ。

 では,どうすれば記述力がつくようになるのか。今書いた中にそのヒントがある。練習問題や試験の答案に,丁寧にコメントを書いて,しっかり書かせるようにすればよいのだ。しかし,そのためには,1クラスの人数を減らすことが条件だ。中学校でも同じだろう。放課後は部活や生活指導で退勤は20時などという現状ではとても無理な話だ。

 この本の中で,芳沢先生は,小学校の「みはじ」,大学入試のマーク式問題に言及しているが,実は高校の,ごく普通の問題の解答の状況も見ていく必要がありますよ,という話であった。