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ウォーキング:掛川・袋井・隧道を行く

掛川市内でJR東海道線より北にある隧道を歩く。「隧道」はトンネルのことだが,ここでの隧道は,せいぜい軽自動車くらいでしか通れないような小さなトンネル。
その前に,倉見温泉のこんにゃく屋の前にある干支のオブジェの写真を撮りに行く。掛川駅から倉見線のバスで終点の倉見温泉まで。バス停の近くにこんにゃく屋があり,藁で作った干支のオブジェがしつらえられている。12月にうさぎから龍に置き換えられた。(情報は新聞で) 倉見はサッカー日本代表・森保一監督ゆかりということで,龍の玉はサッカーボールになっている。

折り返しのバスで戻り,八幡で下車。そこから西へ進むと,まもなく岩谷隧道がある。軽自動車なら通れるくらいの道幅なのだが,車両通行止めになっていた。

崩れた路肩はコンクリートで補修されていたから通れそうだが,まだ通行止めだ。歩行者,自転車なら通れる。

岩谷隧道

入口は円形になっているが,しばらく行くと,岩がむき出しになった。

出口(西側)。

入口側は市街地だったが,隧道を抜けると山の中だった。

しばらく行くと田園地帯となる。
集落に出て,瑠璃光薬師如来のお堂があり,その左手に飛鳥公会堂。飛鳥はこの地区の名称だ。

下垂木へ出て,らんぷで珈琲タイム。
ところで,今行こうとしている隧道は,岩谷隧道と富部地区の隧道,宇刈四連隧道の3ヶ所。「掛川 隧道」で検索してでてきたものだ。
桜木中学の前を通り,富部地区の隧道を目指したが,発見できず。
次いで,宇刈四連隧道を目指す。予定の道は工事中で通れなかったので少し迂回。茶畑から古墳らしきものが見えた。吉岡大塚古墳か。

この記事は見ていなかった。ごく最近整備・公開されたのだった。偶然だが時期が良かった。

中央に埴輪が並んでいる。左側から右へ,階段があって登れる。

ビニールハウス群を抜けて宇刈四連隧道へ。
この先だが,知らなければ隧道があるとは思わないだろう。

そのまま東側から入る。

第1の隧道
第2の隧道
第3の隧道
第4の隧道

この先に宇刈里山公園の駐車場がある。里山公園の南側になる。
さらに西進して,10分ほどで Miro に到着。

今日のランチメニューはパスタだけ。

ここまでで,隧道は終わり。この先に大日トンネルがあるが。
西進して森町飯田に出る。GoogleMapで見つけた崇信寺を飯田城跡を見ていくことにする。飯田小学校の南側から入ると「飯田城跡」の道標があった。地図上では
崇信寺方面。
崇信寺。

由緒書きによると,

崇信寺の境内は「古城」と呼ばれ,当所南方の「本城」より古い構えとされる。応永八年(1401),東海における曹洞禅の大先達如仲天誾(じょちゅうてんざん)和尚は,この地に崇信寺を開いたが,これは橘谷大洞院より十年早く,飯田城主山内道美の外護によるものであった。

崇信寺由緒書き

とあり,森町の天方城などとも関係があるようだ。
GoogleMapでは,飯田城跡への入口が不明だが,ここに道標があった。

飯田城跡入口

本曲輪口。石垣などはない。

遠州飯田城想定図。想定図なのであって,建物が復元されているわけではない。

物見曲輪にも櫓があるわけではなく,小さな祠があるだけだ。

西側への細い道をたどってみた。道路に出られたが,こちらには道標はない。知らなければこちらからは入れないのではないだろうか。
このあとは,バスで帰路についた。