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旅:遠くへ行きたい

 ひとは何のために旅をするのでしょうか。

仕事     ・・・ 情緒がないので除外
誰かに会いに ・・・ 目的が明確であまり情緒がないのでこれも除外。
           たとえ相手が恋人であっても。
テレビや雑誌で見た風景をこの目で見るために ・・・ 普通でしょうか
趣味の事柄の調査 ・・・ たとえば歴史とか
日常からの脱却  ・・・ さあ,どんな日常なのか。脱却なのか逃避なのか。
あこがれ ・・・ どんなあこがれでしょう。気になりますね。

 1978年,谷村新司の「いい日旅立ち」がリリースされました。歌は山口百恵。
一世を風靡し,2007年には日本の歌百選に選ばれています。
歌詞はみなさんご存知でしょう。「今」に別れを告げ,「どこかで私を待っている人」を探しに旅に出る,という内容です。
「今」そして「過ぎ去りし日々」がどんなものであったのかは明かされません。
この「どこかで誰かとめぐりあう」が旅の目的になっている歌,もうひとつご存知ですか。

 1962年にNHK「夢で逢いましょう」でリリースされた,永六輔・中村八大の「遠くへいきたい」ですね。歌はジェリー藤尾でした。
 この歌も,「愛する人と巡りあいたい」のですが,旅には出ません。「行きたい」だけなのです。
 しかし,それが旅への情緒をかき立てます。「今」がどうなのかは一切語られません。「どこか遠くへ行きたい」のです。知らない街,知らない海へ。

 今まで多くの人がカバーしており,YouTubeで聞くことができます。なお,同名のテレビ番組があり,歴代多くの人が歌っていますが,私のところは系列でないので見たことがありません。あしからず。

 それにしても,この歌の「深み」は何でしょう。さすが永六輔?
中村八大のメロディーは美しい。ですから,メロディーだけを楽器で演奏しているものもあります。しかし,やはりこの曲は歌詞がないと。
それも,解釈によって歌い方がずいぶん変わるのですね。

 「知らない街を歩いてみたい」は,誰に向かって言っているのでしょう。誰かに向かって言っているのではなく,つぶやいている,気持ちを言葉に出しているだけなのでしょうか。このふたつを,仮に「外向き」と「内向き」としましょう。

YouTubeでいくつか聴いてみましょう。

 まずは,本家,ジェリー藤尾
ライブとレコードがありますが,ライブを聞けば,内向きであることがはっきりします。メロディーラインから少し外しながら,しみじみと語るように歌っています。
 レコードの方はもうすこしスッキリしていますが,スローテンポで,つぶやくように歌っています。メロディーラインが上がっていっても決して激昂しません。あくまでも淡々と。それでも,「愛し合い,信じあい,いつの日か」のところはクライマックスになります。
 旅に行きたい。それも,車でさっと行くのではなく,鉄道で。どこか遠くの街へ・・・

 これと好対照なのが尾崎紀世彦でしょうね。バックに鉄道のレールの音が聞こえます。伴奏のアレンジもドラムスが入り完全にポップス。
 はじめの 知らない街を歩いてみたい は自分ではなく客席に向かっています。「行きたいよ〜」と。

 もうひとつ好対照な,森進一
いやー,これはもう 森進一の「遠くへ行きたい」ですね。
居酒屋で,盃を傾けながらおかみさんに語りかける。バックのアレンジは歌謡曲風ですが,歌い出すと完全に演歌。

 同じようなのが,中村美津子。「内向き」風ですが,コブシの掛け方が演歌です。つまりは「聴いてくれ」という歌い方。

 もうひとり,演歌系で,藤圭子
しかし,これを聴くと,藤圭子は「演歌も歌える」歌手であって,演歌歌手ではないことがわかります。イントロはギターだけ。そのあともギターがメロディーを彩ります。歌い方は「内向き」。メロディーラインの上昇とともにテンションも上がっていきますが,あくまでも内省的。「旅に出たい,その背景に何があったの?」と聞きたくなるような歌い方です。

 旅といえば寅さん。というわけで,渥美清もあります。
はじめに台詞がはいるのですが,これ,完全に寅さんですね。「愛する人に巡り合いたい」というより,とにかく旅に出たい。その先に出会いがあるかもしれないけれど。

 コーラス版もあります。デューク・エイセスダークダックス。ダークダックスは,ゾウさんがソロを取ってます。面白い。4人とも情緒的な歌い方です。後半のソロはマンガさんかパクさんか。デューク・エイセスは,う〜ん,情緒がいまひとつかな。

 ほかにも,ダ・カーポなどがあります。

 最後にもうひとり。倍賞千恵子
何といっても,透明な声がすばらしい。おなじ女声の内向きな歌い方でも,藤圭子とここまで違うのか,という感じです。誰に,でなく,自分自身に語りかけるような歌い方。といって,つぶやきやため息ではなく,明るい歌い方。でも,明るさのところどころに垣間見える翳。藤圭子は「遠くへ行きたい」といっても,行かないでしょう。倍賞千恵子は行くかもしれない。「何があったの?」とは聞かないで,旅に出るのを見守りたい。


今は旅に行きたいけど行けない。でも,こころは,遠い街,遠い海へ。
あなたは誰の歌に旅情をかき立てられますか。