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"愛"はダサい。それでも、 ~ピノキオピー5thアルバム『ラヴ』感想~

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2009年よりニコニコ動画にてボーカロイドを使用した楽曲を投稿し、以後数々のヒットソングを生み出してきたピノキオピー(以下敬称略)。そんなピノキオピーの第5作目となるメジャーアルバム『ラヴ』が2021年8月11日にリリースされました。


↓ピノキオピーオフィシャルウェブサイト↓

↓『ラヴ』特設サイト↓

今回はこのアルバム『ラヴ』を聴いた感想を書いていきたいと思います。非常に素晴らしい内容だったのでちゃんと気持ちを残しておきたいなぁ、と思いまして。
あと少しでも興味を持ってくれた方が曲に触れるきっかけになればとても嬉しいですね。


ちなみに『ラヴ』より前のアルバムについてはこちらの方がまとめてくださっている記事がオススメです。ピノキオピーだけでなくボカロシーン全体にも触れており、ピノキオピーのこれまでについて分かりやすく語られています。こちらも是非。


01.『ラヴィット』

アルバムの1曲目は『ラヴィット』。いわゆる「推し」への愛をテーマにした曲です。「愛」がテーマのアルバムの最初の曲がこれというところに現代っぽさを感じますね。

「推し」を愛することへの楽しさの裏側にある虚しさのようなものが歌詞に表れているなと思います。「良く知らないけど大好き」や「味のないキャロット」などのフレーズが印象的です。
しかしこの曲は虚しさばかりに目を向けているわけでもありません。純粋でありながら盲目的に推しを愛することへの警鐘を鳴らしつつ、それもひっくるめて把握したうえで楽しもうじゃないか、というメッセージも感じます。客観的に物事をとらえようとするこの姿勢に非常にピノキオピーらしさを感じますね。

ちなみにこの曲はTikTokでめちゃくちゃ流行っているらしいです。私はTikTokのことはよく分かっていないのですが友人が「ラヴィット流行ってるよね~」と教えてくれたので「本当に流行ってるんだ!」と実感を持って感じました。どうやら3億回以上再生されているとのこと。すご。
ただインタビューでも仰っていましたが、この曲が流行っていることそれ自体が批評的でもあります。さらにそのフィールドがTikTokというところも面白いですね。


02.『アルティメットセンパイ』

「愛すべき先輩」をテーマにした『アルティメットセンパイ』。この曲は実際にいるピノキオピーの地元の先輩がモデルになっているそうです。私もなんとなく身近にいる先輩のことが頭に思い浮かびました。
いつもテキトーやってて飄々としていて掴みどころがなく、でも皆から愛されているような先輩っているじゃないですか。そんな先輩とたまたま2人きりで話した時に意外とナイーブであるような一面に触れた…みたいなときの体験を思い出しました。どんなに自由そうに見えても、なんにも不安のない人なんていないですよね。

この曲はとても明るい雰囲気の曲なのですが、一方ほんのりと哀愁を感じるような部分もあります。その微妙な空気感を曲で見事に表現しており、同時に曲のテーマともマッチしていて素晴らしいなと思います。


03.『ねぇねぇねぇ。』

ピノキオピーでは珍しく鏡音リンがボーカルに加わっている『ねぇねぇねぇ。』。アルバム内でも特にポップな曲調が印象的です。
お互いに相手のことが好きで喋りかけているのに、互いに話を聞いていないからすれ違ってしまう…、という構造の曲です。初音ミクと鏡音リンの小気味良くかわいらしい掛け合いの裏に、孤独感や不安感が感じられます。

それと「@君へ」や「ハートマーク消して」というフレーズとからリアルではないオンラインでのやり取りを取り扱っているのかな、とも感じました。どうしてもすれ違いが起きがちなオンラインのやり取りにおける不安のようなものも表現されているように思えます。

また最後の「片方を選べない感じ?」という歌詞はインタビューによると、ピノキオピーが「作っているうちに、二人が二股をかけられていて、その人を取りあっている歌詞に思えてきた」というところから生まれたフレーズのようです。色々な解釈ができるのも音楽の良いところですね。


04.『シークレットひみつ』

「愛」を売り物にすることと、それに伴う暗い部分について歌った『シークレットひみつ』

すごく個人的な話になりますが最近とあるアイドルゲームに心酔していまして…。それもありこの曲がとても心に刺さりました。輝かしい表舞台の裏にある、苦しさ・悲しさ・汚さ・いやらしさ・残酷さなどの暗い部分を歌っており、全体的に悲哀が漂う曲だなあと感じます。
しかしそれらの暗い部分について分かっていながらも、その環境に身を置く覚悟をすることへの力強さや美しさといったものも感じることができました。

ちなみに個人的にはアルバム内で1番好きな曲です。先日ピノキオピーのYoutube Liveで「ラヴィットよりこっちのほうが聞かれると思っていた」と話されていて、少し嬉しくなりました。


05.『恋の恋による恋のための恋』

未熟な恋について歌った『恋の恋による恋のための恋』。これまで「推しへの愛」や「愛を売り物にすること」といった、ある種いびつな愛がテーマでしたがここにきていわゆる「君と僕の愛」的なストレートな愛がテーマです。

とはいってもややひねくれた心情も感じられます。かつては「恋なんて…」と馬鹿にしていたような人が恋に落ち、ギャップに打ちひしがれながら自らの未熟さを知る、といった心の動きを感じとることができました。
この曲は全体を通して「恋なんてくだらない」と思おうとしているのに、一度感じてしまった高ぶりに抗えないという状態を表現しているなと思います。恋の曲ですが歌われているのは恋をしている相手ではなく「恋」そのものについて。だから『恋の恋による恋のための恋』なんでしょうね。


06.『リアルにぶっとばす』

曲名通りのアッパーチューン『リアルにぶっとばす』。スマホゲーム『#コンパス 戦闘摂理解析システム』のタイアップ曲でもあります。

要は付き合っていた人と別れる、というような内容なのですがそれをロケットランチャーをぶっ放すことになぞらえて思い切りよくやってしまおうという清々しさを感じる曲です。「破局」というテーマと使用している「ロケットランチャー」というモチーフが見事にマッチしていますね。

歌詞からも後ろ向きに悩むよりも、これからのために思い切って関係を終わりにするという前向きな視点を感じることができます。また別れる理由の一つに「君の息の根を続かせるため」という相手のことを想ってのものが含まれているのが良いですね。タイトルや曲調からはハチャメチャで乱暴な印象を感じるのですが歌われている心情はとても繊細であるなと思います。


07.『404』

社会に居場所がないやるせなさを描いた『404』。6人組エンタメユニット「すとぷり」のころん氏に提供した曲のセルフカバーです。このあたりから社会の息苦しさをテーマにしたような曲が続きます。

404とは言わずもがな「404 Not Found」のことですね。インターネットで存在しないアドレスに行ってしまった時に表示されるエラーページです。存在しないページというところと社会での居場所のなさをリンクさせているのでしょうね。
この曲はわりと救いがないというか、社会に対してのいわば諦めのようなニュアンスも感じます。本当にあるがままの自分を受け入れてくれる場所なんてないんじゃないかという気持ちや、自分を偽って受け入れられてもい方がないからいっそ1人になる、というような感情が歌われているような気がします。


08.『変な愛にだまされないで -LOVE ver-』

※ミュージックビデオなし

ピノキオピー本人が歌っている別名義「工藤大発見」の楽曲のピノキオピー(初音ミク)バージョン。工藤大発見バージョンのミュージックビデオはあります。

この『変な愛にだまされないで』は非常にミニマムな愛について語っている印象を受けます。「変な愛」というのは言ってしまえば周りの社会のことなのかなと。そんな社会のうねりやいざこざに左右されることのない、ふたりの小さな世界の尊さを感じます。

またこの曲にはたびたび「普通」という言葉が登場する点が印象的です。近頃おいそれと「普通」という言葉を使うと少し角が立ちますが、この曲内での「普通」はあくまでも「ふたりの中だけでの普通」なのかなと思います。外の世界が何であろうとふたりの中ではふたりとも「普通のふたり」。箱庭的な良さを感じますね。


09.『ノンブレス・オブリージュ』

「息苦しさ」をこれでもかと表現した『ノンブレス・オブリージュ』。何を言っても誰かを傷つけるかもしれない、何を言っても誰かに傷つけられるかもしれない、そんな息苦しさを歌っています。

この曲は非常にアイデアに富んでいます。まず「ノンブレス・オブリージュ」というタイトル。「ノブレス・オブリージュ」という言葉がありますが、これは社会的に立場のある人はそれに応じて果たすべき社会的義務や責任がある、というような意味です。
近ごろ、少しでも配慮に欠ける言動をすればあっという間に火が付き大騒ぎになる…というような出来事が毎日のように起きています。それを受けて謝罪したり、姿を消したり、はたまた無視し続けたり…と色々あるわけですが、言動に伴う義務や責任の重さはここ何年かでとてつもなく大きくなってきたと感じます。

そこから何かを言いづらい、何も言えないという気持ちを「ノンブレス・オブリージュ」というタイトルに落とし込んだのがまず見事ですね。さらに息継ぎを一切しない歌唱というのもテーマと非常にマッチしたアイデアです。ボーカロイドだからこそできる表現ではありますが、そこにさらにもうひとつ意味を加えているのが素晴らしいですね。

そして曲の最後に「君と防空壕で呼吸をする」というフレーズのあと、息継ぎが入ります。これもすごい。この息継ぎがあるおかげで、この曲に少しの救いが生まれているように感じるんですよね。流石です。


10.『LOVE』

※ミュージックビデオなし

アルバム本編最後の曲であり表題曲でもある『LOVE』。タイトル通り「愛」というものについて大きな視点で歌っています。愛は素晴らしい物であると同時に、欠点だらけでもあり、ありふれたものでもあり、ともすれば勘違いによる産物でもあるのかもしれません。しかしそういった様々な「愛」があることを理解し、「愛」の良いところも悪いところも全部ひっくるめて受け入れていくような曲だなと感じます。

このようにひとつのテーマを取り扱いつつも、押しつけがましくない着地点はピノキオピーっぽくもあり、『ラヴ』というアルバムの最後にふさわしい1曲だと感じます。

ちなみにこの曲はスピッツのアルバム『ハヤブサ』の表題曲『8823』を少し意識しているとのこと。なるほど、言われてみれば確かにそうかもしれない…。


11.『セカイはまだ始まってすらいない -LOVE remix-』

※ミュージックビデオなし

ここからはボーナストラック的な扱いなのでさらっと触れていこうと思います。まずはスマホゲーム『プロジェクトセカイ』に書き下ろされた『セカイはまだ始まってすらいない』のリミックスです。通常バージョンのミュージックビデオはあります。

通常バージョンは全体的にポップ色が強めでしたが、LOVE remixは少し重めなサウンドが使われている印象です。この曲を制作した当時はボカロシーンがもっと盛り上げればいいなという気持ちがあったとのことです。


12.『愛されなくても君がいる -LOVE remix-』

※ミュージックビデオなし

次は『マジカルミライ2020』テーマソング用に書き下ろされた『愛されなくても君がいる』のリミックスです。通常バージョンのミュージックビデオはあります。

通常バージョンはバンドサウンドでしたが、LOVE remixはよりテクノポップに寄ったイメージになってますね。制作当時はバンドサウンドをリバイバルしてみようという試みとマジカルミライで歌われることを意識していたようで、それを今の素直なピノキオピーのサウンドに落とし込んだのがLOVE remixのようです。素敵ですね。


アルバム全体を通しての感想

やはりピノキオピーはどんどん洗練されているなという印象を受けますね。そもそも個人的に打ち込み系の電子音で作られた音楽やテクノっぽいサウンドが好きなのでピノキオピーを聴いているのですが、それを色々な切り口や描き方で聴かせてくれるので毎回新鮮です。特に先ほども一番好きな曲と紹介した『シークレットひみつ』や『アルティメットセンパイ』などそれ以降の曲は音数を減らそうという意識があったようです。そのおかげかシャープで聴いていて心地よいような曲が多かったですね。

またアルバムのコンセプトが「愛」なのも挑戦的だなと感じます。アルバムタイトルも『ラヴ』とかなりシンプル。
「愛」なんてこれまで散々擦られてきたテーマなんですよね。近代どころかはるか昔から人々が考えてきたテーマなわけです。ただ愛は愛でも非常に様々な角度から愛をとらえようとしているのが窺えます。例えば『ラヴィット』や『ノンブレス・オブリージュ』では非常に現代感のある「愛」を取り扱っており、「愛」ながらも新しさを感じることができました。

そしてこれが1番感じたことなのですが、「愛」について語るなんてことは正直言ってダサいと思います。
しかしダサいとわかっていながらも愛について考えること、それ自体に意味があるようにも思えます。愛には様々な形があります。素晴らしいところもそうでないところもあります。ダサいと感じながらも愛について考えること、これも愛なのかもしれません。
ダサいからと言って思考を放棄したり考えを突っぱねることはもったいないですからね。ダサくても何かに向き合うことの大切さや美しさをこのアルバムを聴いて感じました。
…少し読み返すとめちゃくちゃダサいですねこの文章。良いんだそれでも。ダサくてもいい。

以上で終わろうと思います。これを読んで少しでも興味を持ってくれた方がいれば幸いです。ほとんどの曲はミュージックビデオとして投稿されてますが、リマスタリングされてて音良くなってるし、そもそもこれはぜひアルバムで聴いてほしい作品だ…!各種サブスクでも配信されているので是非。



おわり



参考にさせていただいた記事等



その他画像は『ラヴ』特設サイトより引用させていただきました。 

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