虚無虚無不倫

武田亨は虚無であった。
結婚し、美しい妻と賢い子供がいた。港区にマンションも買った。
仕事も順調であった。
だからこそ、だからゆえの虚無であった。
虚無って何ぞや。それは何もない上に虚しいということであった。
哀しい。字のままであった。
家で妻と話していても、どこか居心地が悪い。
言葉が体を一周りした後に外に出ていく。
話したという要素のみが頭の中に残り、内容は彼方へ消えていく。
世の中が青く見える。まるでここは俺の場所では無いかのようだ。
子供は賢すぎるが故に夜9時には寝ていた。虚無であった。
冷蔵庫を開けると、牛乳があった。コップに次いで飲み干すが、ポカリの様な味がした。おかしい。虚無だからである。

だから武田亨は不倫をすることにした。
相手は同じ会社の隣の隣の席の27歳の女性であった。
彼女はフィッシュマンズを好んで聴いていた。
ああ、佐藤伸治。俺もそこに行きたい。
彼女とセックスを終えたあと、いつも寝るまでの間に宇宙で生きているかもしれない生物の話をした。
金星の隣の星には、猫がいるかもしれない。

だがしかし武田亨は虚無であった。
内に居場所がなく、外に居場所を求めたが、そこも虚無であった。
隣の隣の席の女性以外との不倫も行った。
行うがごとに虚無は深くなっていた。
虚無に深度はあるのか。あった。
深く深く、青が濃くなっていった。
虚無は青かったのだ。

そのうちに、武田亨の身体は溶け始めた。
指先からぽたりぽたりと己の身体が溶けていった。
そして、いつのまにか武田亨は消えてしまった。
どこまでも虚無であった。虚無の海に溶けていった。
虚無は広かった。どこまで行っても何も無かった。

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