近道なんかじゃなくたって

過去記事サルベージ第二弾です。
※ロッキング・オンがやっていた「音楽文」というサイトが閉鎖してしまったためそこに投稿していた記事を再掲するもの。

こっちは2019年夏に書いている。ちょうど4年前だ。
今見ると随分とエモーショナルに寄っているが、当時、記事の中に書いてあるように曲の歌詞が変わるという出来事があって、それを巡るちょっとしたいざこざがあって、とにかくわたしは彼らのその選択を肯定したいなあ、と思って書いたので、やや大袈裟になっている部分があるのだ。
まあそれも一つの記録として残しておきたい。



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ORANGE RANGEが定期的に開催しているコンセプトツアー、「RWD←SCREAM」(以下、文中ではRWDと略して表記する)とは、過去に自身がリリースしたアルバムから1枚を取り上げ、今のORANGE RANGEがその収録曲を表現する試みである。
5回目となる今回のツアーは、メジャー5枚目のフルアルバム、2008年にリリースした「PANIC FANCY」だ。

はじめに断っておくと、この文章は強いていえばライブレポートだが、セットリストや、細かなメンバーの様子や、地方ごとのMCみたいなものはあんまりなくて、ツアーを総括して個人的に感じた思いを書いているので、レポートを期待して読むと肩透かしを食らうかもしれない。
ただただ、ツアーを終えてこの漠然とした満足感を自分なりの言葉で表したかっただけなのだ。


さて、標題のツアーを振り返るにあたって、自分を含め、公演に参加した人の感想を見ていた中で多かったものに、「ずっと好きでいてよかった」という一言があった。
それを見るたびにわたしは底知れぬ熱さと感動とが混ざり合って目から溢れてくるような、胸の奥が抱きしめられて暖かくなるような、そんな気分になっていたのである。

11年前のPANIC FANCYリリース当時、大阪城ホールや日本武道館も含んだホールツアーがあった。規模が大きかったしそんなふうに記念的な会場もあったから、何となくだが前回までのRWDと比べて、当時のツアーに参加した上で今回もまた、というファンの人数が多かったような気がする。当時のツアーTシャツやタオルを持っている人もたくさんいた。
個人的なことを語らせてもらえば、わたしは今でこそ「東京から乗り継ぎ無しでいける場所なら近い」「沖縄は羽田から飛行機一本だから余裕」とかいうトチ狂った距離感を身につけ、行きたい現場があるとなれば金額も見ずにチケット購入ボタンを押す人間となってしまったが、11年前は地方に住む芋くさい中学生で、経済力も、自立する力もなかった。県外に遠征するなんてこともできなくて、スケジュールの中に地元の県が入っていなかった当時は、武道館なんてすごいなあと思いながらも、テレビの中で録画された映像を見ることしかできなかった。
しかし、ライブというものがどんなものなのかあまり分かっていなかったあの頃でも、その空間はとても楽しそうに見えて、大きな会場を沸かしている彼らがとても輝いて見えたものだ。

わたしはこのツアーで4箇所の公演に参加したのだが、そんな思い出もあって、夏休みに帰省した地元で見た公演がたいそう感慨深かった。この地でこのアルバムの曲たちが生で聞けるこの日を、11年間待っていたのだから。幾度となく再生した2008年の日本武道館公演DVD、そこに映っていた彼らと同じ歳になった自分が、自ら稼いだ金でチケットを買い、グッズを買い、会場に足を運べるようになったのだ。
あの頃映像の中では、彼らの数多く存在する夏曲をメドレー形式にして矢継ぎ早に繰り出す、必殺技のごとき『夏曲メドレー』なるものをやっていて、楽しそうで楽しそうで、うらやましさに震えていたそれを、このツアーではPANIC FANCYの収録曲という訳ではないのに再現してくれた。
行けなかったあのときと同じように、『上海ハニー』から始まって、『ロコローション』に繋がって。実際に会場でそれを聞いたとき、時空を超えて11年前の自分が報われた気がした。そして、ああ、ほらやっぱりこう思うのだ——ずっと好きでいてよかったなあ。

その言葉がこんなに力を持って胸に染みるのは、たぶん2つ理由がある。
1つは、単純に、彼らが今までずっと活動を続けてくれているから。
この単純なことが、このご時世にどれだけ有り難いかは、言葉を並べ立てなくても感じられるのではないだろうか。解散、活動休止、事故や病気、起こりうる問題は数知れず、好きなバンドがいつどんな事態になるか分からない。そんな中で、昔出したアルバムの曲をもう一度ツアーで披露する現場に居合わせることができるのだ、どんなに嬉しいことだろう。

もう1つは、絶えず前進するORANGE RANGEというバンドを、我々がずっと“好きでいられたまま”、現在まで来ることができたからだ。
思えば、彼らに限らず、いろいろなバンドにおいて「昔の方がよかった」「最近の曲は微妙」「変わっちゃったよな」なんて声を聞くことは、一度や二度ではない。むしろバンドあるあると言ってもよいのではないか。それはそのバンドが自身の在り方を考えて、変化を探って進んでいる証拠でもあるのだが、自分が好きになったものが変わってしまうことを嘆く気持ちも分からなくはない。
ORANGE RANGEだって色んなことがあったのだ。PANIC FANCYがリリースされた11年前からに限定しても、今回2019年夏のRWDに至るまで、例えば一番大きな変化はメジャーからインディーズの自主レーベルに移籍したことだったり。8年前には大きな災害があって、以来毎年その地に赴いて、アコースティックライブをするようになったり。自主企画で対バンライブを主催するようになったり、デビュー10周年にはみんなで法被を着て横並びで踊ったり、結成15周年には47都道府県ツアーがあって、そこでは前回のPANIC FANCYツアー以来の武道館公演をやったり。
音楽性だって、まあ元々へんてこだったけれど、打ち込みだけのアルバム作ります、と思えば次回作はバンドサウンドオンリーのアルバムです、とかやったり、いきなり寿司が食べたいだけの曲を作ったり、メジャー時代に輪をかけて好き放題しまくっている。
それにも関わらず、昔の方がよかったという声は、まあゼロではないけれど、今の自由自在にやりたいことをやっている彼らが好きだという意見も多い。現にわたしは長年飽きることなく、いつもわくわくしながら彼らの次の一手を待っているのである。いつだって新しい、でもどこまでも彼ららしい一面を見せてくれるから、今現在のORANGE RANGEをそのまま好きでいられるのだ。

そしてだからこそ、RWDというコンセプトツアーは威力を発揮する。例えば今回取り上げたアルバムに収録されている曲たちで言えば、過去の自分を振り返りながらそこにある幸せを感じ、今を生きる自分への応援歌とする『シアワセネイロ』や、人生を線路に例えて真っ直ぐ未来へ進んでいく決意を込めた『君station』が挙げられると思うが、過去、現在、そして未来を繋ぐメッセージが込められた楽曲たちを聞きながら、当時の曲に、彼らが歩んできた時間を、自分が経験した思い出を、いっそう上乗せして感じることができるのだ。
もちろんそれは、上に挙げた曲だけではなくて、全ての曲について、この曲はあの時に聞いたなあとか、何年前のツアーでもやってたなあとか、その時自分は何歳で、彼らはあんな風で、あんな気分になったなあ、というように、人それぞれの物語があるはずだ。
11年前のツアーに参加した人でも、わたしのように当時は行けなかった人でも、「ずっと好きでいてよかった」と語る人々の言葉には、彼らとその人の年月が、それぞれの記憶がぎゅっと詰まっている。だからそれは、このツアーを総括するような一言になっているのだろう。そして今もなおステージの上で輝く5人の姿に、安堵やら愛しさやら希望やら、いろんな思いがないまぜになって、これからも好きなんだろうなと思うし、自分も前向きに未来に進んでいこうという気持ちにすらさせるのだ。

ちなみに、過去と現在の重なりが魅力の一つなのは間違いないのだが、このツアーは、どこかでHIROKIがMCでも言っていたように、当時の彼らのことを知らなくて、最近好きになったばかりの人でも、聞けるはずのなかった曲を生で聞けるというものすごく良い機会なのだ。つまりファン歴の長さに関係なく一挙両得の最強ライブである。何らかの賞を受賞してほしい。


ところで、今回のツアーを語る上で、外せない曲が一つあると思っていて、それは本編の最後に披露された『ドレミファShip』である。
ツアー初日の公演で、最後の曲だとその名が告げられた時、あの11年前のツアーと一緒なんだなと思いを馳せていたら、演奏前のMCで作曲者であるYOHがこんなことを語っていた。
この曲を作った当時、メジャーで活動する中で、もちろん良いことばかりじゃなくて、苦しいこと大変なこともたくさんあった。その中で、それでもみんなで力を合わせて頑張っていこうという思いを込めたのだと。
言葉にすれば単純なものかもしれないけれど、普段は言葉少なであるYOHから発せられたその一言は、アルバムリリース当時のインタビュー等では語られたことのない内容だったはずだ。

メジャーデビューからしばらくして、爆発的に彼らの名前が全国で轟いていた時、それはそれは体力的にも精神的にも大変だったんだろうと思う。彼らは勿論、当時は人前で弱音もあんまり溢さなかったから、10周年や15周年のインタビューやら今回のようなRWDツアーやら、そういう昔を振り返る機会があった時にぽろりと「こんなことがあったね」と話す内容でしかその実態を窺い知ることはできないが。この曲の持つ、周囲を照らすような明るさは、そんな中でもがむしゃらに前に進むしかなかった彼らの、強がりにも似た決意だったのだと、YOHのその言葉を聞いてこの時改めて気付かされた。

そして、そんな『ドレミファShip』の演奏が始まってしばらくして驚いた。YAMATOが歌うBメロの部分、その歌詞が1番も2番も元々の歌詞とまるっと変わっていたのだった。
元々の歌詞は恋する相手への思いを歌っているような内容だったのだが、今回新たに披露されたそれは、YOHが語った曲への思いを踏まえながら、現在のYAMATOから過去の彼へ呼びかけるような、さらには現在のメンバーへの、そして我々へのメッセージであるようだった。

《君に届くかな 僕のこの声は 近道なんていらないさ そうだろう?》
《僕らの出会いはかけがえのないものさ 回り道も人生さ そうだろう?》


作曲者のYOHは、原曲のこの部分において、キーやメロディの面でYAMATOに歌いづらい思いをさせてしまったことで、どこかやり残したような気持ちがあって、更にこの曲を良くするにはどうすればいいかとずっと考えていたのだと、このツアー中に語ってくれた。
昔の彼らの環境について、中でも特にYAMATOは、世間の加熱具合やめまぐるしいスケジュールに対して精神的にきつかったと語っていたように記憶している。そういう重圧から吹っ切れたのがずっと伸ばしていた髪をバッサリ切った頃だというから、確か2009年に20枚目のシングル『瞳の先に』をリリースしたくらいだ。それまでずっと、例えば3rdや4thアルバムをテーマにした前回までのRWDツアーでも、自分で当時は不安定な時期だったと話していたのだ。
YAMATOは今回のツアーでもMCで、アルバム収録曲の自らが書いた突拍子もない歌詞に触れ、「あの頃はどうかしてたね!」なんて冗談めかして語っていた。当時の彼の、本当の胸裡は勿論我々に知る由もないのだが、伸び伸びとありのままの自分でバンドの活動を楽しめている様子のある今現在の方が、何だか安心して彼を見ていられるというのは事実である。
だからYAMATO自身もきっと11年を経て、歌いたい、伝えたい思いが変化した結果でもあるのだろう。
最後の大切な曲に、その思いを乗せて——それは、昔からある曲に今までの年月を経た彼らの歴史が加えられて、また新たな顔を見せてくれるようで、いつだってわくわくする“今”を作ってくれる彼ららしい試みであったし、“今”の自分たちの心情を届けるための、彼らなりの表現方法だったのではないだろうか。
実はそれは、このツアーの随所に仕掛けられていたのだと思う。あの夏曲メドレーにしても、11年前のツアーのまんまではなく、2013年リリースの『Special Summer Sale』や2014年に制作された『JIN JIN』など、今まで新たに生まれ、ライブの中で育ってきた曲たちが加わっていたことも。アンコールでは過去の曲を離れ、まだリリースされていない最新の曲を演奏し、あっという間にその曲のキャッチーさで観客を虜にしてしまったことも。


彼らの今までの年月を振り返ってみれば、その歩いてきた道は決して近道なんかじゃなかっただろう。前述のように、いろんな変化も挑戦もあったし、振り返ってみたときに「当時は、自分たちがやっていることが正しいのか間違っているのか分からなかった」とも言っていた。
それでも、回り道でも信じて歩き続けた彼らが辿り着いた先にあったものが、今回のツアー各地でのステージから見る景色だっただろうし、ツアーファイナル公演のMCでHIROKIが感慨深げに零した、「PANIC FANCYって、良いアルバムだね」という一言だったのだろう。

あの新しい『ドレミファShip』を初めて聞いたツアー初日、7月11日の恵比寿LIQUID ROOMでは、今まで聞いていたものとは違うその部分をうまく聞き取れなかったことを覚えている。音響の関係かもしれないが、YAMATOの声はどこか演奏に埋もれて聞こえてしまって、もしかしたら初披露ということで、メンバー自身も不安な心持ちであったのかもしれない、と思った。
けれど最終日——8月30日のZepp Tokyoでは、11年の月日と今回のツアー全12公演を経て、その道程を肯定するYAMATOの澄んだ声が、どこまでも真っ直ぐに響いていた。それは確かに会場の人々に届いたと信じるに足る、美しく力強い歌声だった。


RWD←SCREAMというツアーは、昔のアルバムの曲を演奏すると言っても、ただの再現ツアーではないと思っている。そのコンセプトは、「次の一歩を踏み出すために過去をクローズアップしながら、現在のORANGE RANGEを表現する」と謳われているのだ。次の一歩という未来、過去のアルバム、現在のORANGE RANGE——今回のツアーは、その三位が一体となる意味を噛み締めることのできるこの上ない体験だった。
“RWD”は巻き戻すを意味する“Rewind”の略表記、そして“SCREAM”は直訳すれば“叫び”といった意味だが、原義としては大きな音が鳴り響くといったニュアンスもあるので、例えるならば楽器の轟音であったり、歌声であったり、観客の歓声であったりもするのではないだろうか。
その言葉を冠して行われるコンセプトツアー。ORANGE RANGEが巻き戻して表現するその音は、彼らをずっと好きでいたから味わえるこの感情と、過去も現在も背負って未来へと進む彼らの歩みへの、歓喜の声であることを願ってやまない。

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