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⚠️ネタバレあり CoC正偽のイデア自陣SS「青に映えるは桜の香り」

本SSはクトゥルフ神話TRPG「正偽のイデア」の自陣1周年を記念して書いた非公式二次創作です。CoC「正偽のイデア」の重大なネタバレを含みます。

通過予定の方、TRPGを遊んだことはないが興味がある、といった方が読むことを推奨しません。

ネタバレが含まれることをご了承いただけた場合のみ続きをお読みください。












(以下より本編、ネタバレにご注意ください)



「ねえねえ、こうきくんは大人になったら何になりたい?」
「僕はね…」

聞こえた気がするのは、そんな幼い頃の無邪気でたわいもない会話。
あの頃の自分は、いったい何と答えたのだろうか。
その問いに真っ直ぐ答えられなくなったのは、いつのことだっただろうか。


そんなことを思いながら眼を開けた。
窓から差し込む朝日が、今日の始まりを告げていた。
まだ慣れない白いベッドに、しっかりと糊が着いた制服が視界に入る。
まだ重たい頭を振りながら体を起こした。

警察学校での日常が始まってほんの1週間が経った今日。初めての休日だが、どうやら早く目が覚めてしまったようだ。
休日だからといって特に予定があるわけでもなく、出かけるあてもない。1週間の疲れを取るためにも、ゆっくりと寝ていたかったところだが、早起きをすると得したような気分になるのはなぜだろう。

まあ、まずは水でも飲もう。

喉の渇きを自覚し、立ち上がる。
ジャージの上着を羽織り、部屋を出た。

まだ朝が早い寮は静まり返っており、春の少し冷たい空気が肌を刺す。
談話室には案の定誰もおらず、家電の静かな駆動音が耳に届いた。
冷蔵庫を開け、飲み物を手に取る。
手近な椅子を引き寄せ腰掛けながら口に含めば、喉の渇きは和らいだ。
そのまま窓の外、グラウンドの方を眺めていると、ふと視界に動くものを捉えた。どうやらランニングをしている者がいるようだ。

「こんな休日の朝から…って、あれ」

ふと口から言葉がこぼれる。

「…実莉?」


朝日を浴びながら体を伸ばしている少し小柄な女性、藍月実莉。
彼女は当然こちらには気がついていないようで、再び走り始めた。

休日、というのは彼女には関係ないのだろう。
最近ゆっくり話す時間もなかったな、などと思いながら、立ち上がる。
そのまま自然と足は校庭へと向かっていた。


「あれ、月下くん?今日休みなのに朝早いね」

額の汗を拭きながら、こちらに気がついた実莉が声を上げる。

「ああ、なんだか早く目が覚めちゃってね。実莉こそこんな早くからランニング?」
「そうだよ、休日とはいえちゃんと体は鍛えておきたくて。訓練にちゃんとついていけるようにね」

…実莉らしいな。

「じゃあ僕も、一緒に自主トレしようかな」
そう言いながら軽くストレッチする僕を、実莉は笑みを浮かべてじっと見てきた。

「…ん?何?」
「ううん、何も〜!やっぱり月下くんは真面目だねえ」

そう言うと彼女は地面を蹴った。

「あ、まだストレッチ中なのに。待ってよ」

実莉を追うように、僕も走り出した。

真面目なのは実莉の方でしょ。だって僕は___
それは口には出さなかった。出せなかった。


彼女の少し後ろを走る。

不意に今朝の夢が頭をよぎった。
あの夢の続きは分かっている。もう何度も見ている夢だ。
僕が答えようとした次の瞬間、広がるのは赤。ワインよりも真っ赤な赤。
そしてそこに、血に濡れた僕と、倒れた誰かがいる。

湧き上がる感情は罪悪感?嫌悪?恐怖?
__だったらどれほど良かっただろう。
そこにあるのは、高揚感。喜び、感動。自分の意思に反して口角が上がる。

これは僕の、どうしようもない、生まれ持ってしまった感情。
どれだけ眼を逸らしても、どれだけ努力を重ねても、決して消えることのなかった__殺人衝動。

嫌いだった。自分自身が持つこの歪みが。
嫌いだった。この歪みを消し去れない自分が。
嫌いだった。歪んでいるくせにまともな人間のふりをしている自分が。
嫌いだった。歪んでいることを心のどこかで認め始めた自分が。

だから、彼女の正義に憧れた。
真っ直ぐで、真面目で、真っ白な、その正義に。

__

「ねえ、どうしたの?体調でも悪い?」
ふいに横から声をかけられ、思考が現実に引き戻された。気がつくと実莉が横に並んで走っていた。

「いや、大丈夫だよ、ちょっと考え事してただけ」
「ならいいけど。無理しちゃダメだよ」
「平気だって。」

並走するのは気が引けて、そのままペースを上げた。ひと足先にベンチにつき腰掛けると、少し後に実莉もきて横に座った。


「前にも、確か受験前くらいかな、聞いたけどさ。事件を追ってる中で目の前の人間を殺さないといけないって状況になったら、実莉は相手を殺せる?」

ややあって実莉は答えた。
「_殺せるよ」

本心は分からない。その言葉は、以前に比べると力強く聞こえた。でも、それでも、少なくともやはり僕には迷いがあるように感じた。

そうだ。だから僕は、__君の矛になることを望んだ。

歪んだ僕は実莉の隣に立つことは許されない。
それでも、もしこの先2人とも警察になれて、もし2人で事件を追うことがあれば、実莉の矛になれる。きっと僕なら、迷いなく殺せるから。

「…その時は僕が代わりに。」

「ん?何か言った?よく聞こえなかった」
「いや、なんでもない。急に重たいこと聞いてごめんね。」
「あはは、変なの。それは全然大丈夫だよ。さ、お腹すいたしご飯食べに行こ!」

実莉が立ち上がり歩き出す。
青空の下、ふいに吹いた風が彼女の髪をさらった。
その後ろ姿を追いながら進む先の建物、その桜の紋が目に入る。

ああ、やっぱり、実莉には桜が似合う。
彼女が背負う桜が、綺麗に咲き続けるためなら、僕は地獄に堕ちたっていい。


だからこれは、歪みに歪んだ、矛盾だらけの偽りの正義が追う理想の話。

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