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あの日が忘れられなくて、どこか満たされていない。

 タイトル通りの気持ちなのだ。あの日。コンクリート剥き出しの城。机が並んだ教室。冷房の効かない暑い校舎で、彼の横顔をちらと眺めていたあの日が。そこには幾人かの登場人物がいて、そのどれもが太陽よりも光り輝いていた、あの日。

 妙に叙情的な気分になっている。それは海に来たからだと思う。海に来たせいなのだ。夜明けを待ちながら、少々の駄文を綴ってみよう。

 脳裏を離れない「one more time, one more chance」が、わたしをさらに追い込んでくる。

 あの日が忘れられないなどと戯言を述べていられる身分ではない。そのことは、よく理解している。でも、記憶は確かにわたしの心にも頭にも残っていて、消し去ることなんて、到底できそうにもない。

 贅沢な話だ。選ばれるのを待つ身であるはずが、いつしか何かを履き違えて、選ぶ側になったと勘違いをしている。それは舞い上がっていることの証だ。わたしはどうしようもなく汚れた人間になってしまって、あの日の純粋さはもはやどこにも存在しない。もっとも、あの日も純粋ではなかったのだが。

 立て続けにイベントが消滅した。花火大会に行く予定がまず失われ、次に会う予定がなくなった。たったそれだけとは思うけれども、その短い別離は、わたしに確かに打撃を与えている。

 わたしは、恋愛を始めるには幼すぎた。その事実は先立って知られることはなく、後から、遅すぎる未来からやってきた。気がついた時には全てが遅すぎて、もうわたしたちの関係は、後戻りできない場所まで来ていた。

 月並みな言葉だけがわたしを慰めてくれる。あれほど忌避したはずの陳腐な歌詞たちが、妙に心に響く。そしてそれは奇怪なほどの実感を伴っている。

 もうあの時のわたしはいない。既に存在しないものに縋っているうちに、夜はまた明けていく。

 覚えたてだったはずの煙草はいつしか様になって、灰皿には溢れかえるほどの吸い殻が、積み上げた罪悪を表すかのように鎮座していた。

 生活はいつまで経っても前進しない。それでも時間だけは過ぎ去っていく。もうすぐこの平穏も終わる。わたしを笑ってくれるのは、もうひとりだけになってしまった。みなが、大人になっている。

 いまでも、そしてこれからも、あなたのことは好きでしょう。それでもわたしは、もうどうすればいいかわからないのです。

 願わくば、わたしたちの関係が、もっといいところへ行ってくれますように。(1004字)

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