OcuFesができるまで 2013年最大のVRコミュニティ誕生 (2)桜花一門さんが第0回を開催する流れ
2013年8月4日のOculus Festival in Japan(オキュフェス)第0回、8月10日の第1回の主催者として当時はまだ珍しかった、Oculus Rift DK1の体験会を実施した桜花一門さん。現在はVR専門の開発会社「桜花一門」の代表を務められていますが、当時はとあるゲーム開発会社の社員でした。普通のサラリーマンが、なぜ、VRコミュニティを立ち上げるに至ったのでしょうか。
「自分の作ったVRコンテンツをたくさんの人に見てほしかった」
きっかけは、そんなシンプルな理由だったといいます。
面白い物好きだった桜花一門さんは、Oculus Rift DK1のクラウドファンディングが2012年に始まると即応募。2013年4月29日に、製品の到着をTwitterで報告しています。
「TwitterとYouTubeをちゃんと始めたのも、実はDK1が届いてからだった」
実は、このTwitter&YouTubeでの発信活動が、オキュフェスの元になっています。
桜花一門さんは、Unityを使ってちょっとしたVRゲームを作っては、その様子をTwitterとYouTubeで公開していました。初音ミクに取り囲まれたり、VR内でテトリスをしたり、初音ミクに土下座したり。独特の発想から生まれるVRならではの表現を一人で制作しては公開すること自体を楽しんでいたといいます。作ったものを見てほしいから、それまではあまりやっていなかったTwitterやYouTubeでの発信活動をするようになったというわけです。
ゲーム会社の社員だったため、会社の同僚には自分の作ったものを見せていたといいます。
「だけどもっとたくさんの人に見てもらいたいなと思って」
そんな気持ちを抱えていたところに、Twitter上でGOROmanさんを知ったといいます。今でこそ桜花一門さんとGOROmanさんは二人ともVR界隈の有名人ですが、2013年の当時は知り合いではありませんでした。
2013年当時、GOROmanさんも同じく、Oculus Rift DK1で作ったアプリをTwitterやニコニコ動画で発表していました。
また、Oculus Rift DK1が到着してすぐの2013年5月から、GOROmanさんは自身が経営するXVI社のオフィスや、果てや居酒屋にいたるまで、各所でOculus Rift DK1によるVRを体験してもらうゲリラ体験会を数多く実施していました。
Twitter上でお互いに近いことをやっているとして認知した二人は、TwitterのDMで連絡を取るようになります。この二人の交流が、Oculus Festival in Japanという体験会につながっていきます。
GOROmanさんのお知り合いに、秋葉原のRMバーガーというハンバーガーレストランとつながりのある方がいました。このRMバーガーは2016年に惜しくも閉店してしまったお店ですが、単なるハンバーガーレストランではなく、店内にイベントスペースがあり、ライブアイドルのイベントが行われたりしていました。イベントを開く側は無料でスペースを使わせてもらうことができ、店舗としては来場者がハンバーガーやドリンクを注文してくれることで収益を得る形です。
↑RMバーガーの店内とイベントスペースの雰囲気
自分の作ったVRコンテンツをたくさんの人に見てもらいたいと思っていた桜花一門さんは、事前のチケット購入や登録が不要でふらりと来場できることが理想だったため、RMバーガーは理想的な会場でした。TwitterのDMで知り合ったGOROmanさんを通じてRMバーガーさんに連絡を取り、さっそくVR体験会を開催したいと交渉を開始。企画書を制作します。(ちなみに、無料で誰でもふらりと来場できるという方針は、オキュフェスやJapan VR Festではずっと通して守られているポリシーです)
打ち合わせの時期は、ロケハンもかねて週3回もRMバーガーに通っていたとのこと。一般の飲食店でVR体験会を開くというのはほとんど例がなかったはずで、開催する側としても実施のイメージをつかむのに苦労していた様子がうかがえます。
開催に向けて、Twitterで知り合った人たち数人で、Skypeグループが作られます。2013年当時、Discordはまだ登場しておらず、一方でmixiは最盛期を過ぎていたので、密にやり取りするグループとしてSkypeが使われることは多かった時代です。
実際の運営のためのやり取りは、このSkypeグループで行われていたため、TwitterやBlogのような形で記録が残っていませんが、かなり急ピッチで準備が進められていたことはうかがえます。
そして、7月14日に、Oculus Festival in Japan第0回と題したイベントが、8月4日に開催されることが告知されました。
↑運営をお手伝いしていたYoshihisa Segawaさんのツイート
当時のWebサイトはもう残っていないのですが、Internet Archiveで雰囲気を感じ取ることができます。
告知されてすぐ、7月22日にはファミ通.comで記事になっています。
キャッチコピーは「君が叫ぶ一秒前」でした。
上記のファミ通.comの記事にもあるのですが、日程としては8月4日と10日の二つが告知されています。これは、初めての試みである以上、やってみないとどうなるかわからないことばかりだったため、最初は第0回として開催し、その経験を生かして10日の回を第1回としようとしていたからだったとのこと。
体験できるコンテンツを作った人は桜花一門さん、GOROmanさんなどのほんの数名でした。いずれもいち早くOculus Rift DK1のクラウドファンディングに参加した人が、趣味として開発したものばかりです。
来場者に体験してもらうための機材が必要ということで、貸してくれる人を呼び掛けたところ余るほどの申し出がありました。イベント開催側だけでなく、参加者の熱量も並々ならぬものだったことがうかがえます。
体験したいと思う人の人数はまったく予想がつかなかったそうですが、ふたを開けてみると第0回から150名ほどが訪れる大盛況かつ大混乱になりました。
翌日には即、アスキーのWeb媒体に体験記事が上がっています。
この大盛況を受けて、桜花一門さんたち運営メンバーは6日後の第1回に向けて、運用ルールを定めます。この時に考案された運用方法は、その後の数多くのVR体験会における基礎になりました。
Oculus Rift DK1が届いてわずか3か月後の時点で、ヘッドセットの消毒や眼鏡への対処なども現場の経験から考えられていたことがわかります。
筆者の私見ですが、日本でVRコミュニティが盛り上がったのは、この開発者主導かつ現場大好きな空気があったように思います。単にアプリケーションを作るだけでなく、体験を待つ間から装着するとき、そして体験を終えて次の人に回すまで、一連の流れをVR体験の品質ととらえることが開発者の間で根付いていました。その萌芽は、すでに2013年の段階で見えています。
また、この2013年のOculus Festival in Japan以降、体験会はただのコンセプト発表ではなくちゃんと動くデモを持ち込み、開発者自身がデモの現場に立って体験者の反応を観察するというのも日本のVRコミュニティの一般的な姿になりました。
ところで、もともとは普通の会社員だった桜花一門さんが、こうしてイベントの運営をするようになったのはなぜなのでしょうか。
「『絶望に効くクスリ』(山田玲司著)ってインタビュー漫画があって、そこの岡田斗司夫回で「声優イベントに徹夜で並んでいるオタクに、イベント主催すれば声優さんと喋りたい放題だよ」って言うシーンがあって。それを読んでいて「ああ、イベントって簡単に開けるんだ」って思ったのがイベント開催の心理的ハードルを下げたのはある」
そんなこともあって、自分の作ったVRアプリを見てほしいという動機で体験会を始められたということでした。
「いざやってみたら、運営で忙しくて自分の作ったアプリを体験している人のことは全く見られなかったんだけどね(笑)」
(続き)
(3)OcuFesができるまで 2013年最大のVRコミュニティ誕生 (3)Oculus Festivalの名付け親 TKGジャパンさん
【本稿の終わりに】
2013年の最初のOculus Festival in Japanのことを記録に残したいと思い、桜花一門さんに取材をさせていただいて作成したものです。もし、事実の間違いなどがありましたら、それは筆者の取材不足、理解不足が原因です。この時代をより正確に記録に残したいと思っておりましたので、出展側や体験者側でこのイベントに参加された方、よろしければお話を聞かせてください! 続く形で記事にまとめさせていただきます。
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