見出し画像

俺は俺の世界で世界一 #XR創作大賞 #SF小説

最近、友達とVRソーシャルで会うたびに「お前AIじゃないよな?」と聞くのがブームだ。それは先日報道された、奇妙なニュースが大きな話題になったからだ。

「成人してから一度も人間と接することなく死んだ男」

VRソーシャルが普及してからというもの、僕たちの周りには人工知能が作り出した人格がいるのが普通になった。最近は、こいつらのことをAIと呼ぶのが流行りだ。VRソーシャルでパーティーをすれば、参加者の何割かはAIなのはみんな分かっている。一番の親友がAIだなんてやつも、別に僕だけじゃない。AI相手だろうと不倫は不倫として裁判になるし、相手がAIだろうと危害を加えれば障害罪だから、あんまり相手のことを「本当に人間なのか」と考えることもなくなった。

なくなっていた、はずだった。

だけどやっぱり、成人してから触れ合った人間がすべてAIだったという男のニュースは、さすがにショッキングだった。

なんでも、男は子供の頃から問題行動が多かったらしい。関わった人間ほとんどすべてからブロックされていた。親はとっくに行方不明になっており、彼はこのVRソーシャルに育てられたようなものだ。

この街では、VRソーシャル上でブロックされると、現実空間でも会わなくなる。もともと建設工事の多い街だから、あちこちが防音フェンスで囲まれたり通行止めになることが珍しくない。ブロックした人間と鉢合わせることがないように、街をコントロールする人工知能群が的確にダミーの通行止めやフェンスを出現させる仕組みだ。窓から目があったりしないように、自動的に窓の遮光ユニットが閉まるなど配慮も行き届いている。もともと日差しや周囲の工事状況に合わせて自動的に遮光されるのが普通だから、ブロックが行われていることさえ気づかない。

男はそもそもVRソーシャルに入り浸りだったから、街で人と会わないことにさほど違和感も抱かなかったのだろう。VRソーシャル上で、AIたちと暮らすことが、男のすべてだったのだ。

発覚したのは、男の遺体を回収した際に、まったく医療記録が残っていなかったことを捜査当局が調査したのが発端だ。この時点では、多くの人が「孤独死したかわいそうな男」という印象を持っていた。

興味本位でメディアが男のVRソーシャルでの履歴を明らかにしていくうちに、事件の話題は別の方向に広がっていく。

ものすごく楽しそうな人生だったからだ。

そもそも男の来歴が明らかになったのは、堂々と全世界に向けて、自分の充実した日々をエッセイとして公開していたことによる。もちろん、そこらじゅうの人にブロックされていたから誰からも読まれていなかったものだ。その存在さえ認知されていなかったエッセイには、AIたちからの絶賛のコメントであふれていた。

男はVRソーシャル上では映画を撮っていたらしい。自らも主演を務めることも多く、絶妙に調整した甘いマスクのアバターと相まって、「彼の世界」では大変な人気者だった。

感情の暴発を抑止するため、問題の多い人物ほど社会快適性を上げるように調整されているこのVRソーシャルでは、男を「彼の世界」で徹底的にスターにしていた。次々と男の好むAIを発生させ、送り込む。

男は「彼の世界」のナンバーワン女優アバターと派手な交際をし、多くの弟子を抱えていた。多忙を極める男にとって、体調が悪くなっても医療機関に出向くという発想はなかったのだろう。

男は幸せだったのだろうか?

この問いこそが、多くの人たちから、哲学的にも下世話な方面にも幅広く関心を呼ぶことになった理由だろう。おそらく、誰も答えられない。

基本的には人間を尊重するこのVRソーシャルが、ここまで徹底的に男の心を満たそうとしたということは、おそらく本当に問題のある人間だったのだろう。書き残された大量のエッセイは支離滅裂だった。そして、男が撮ったはずの膨大な量の「名作映画」は、ハッカーたちがどんなにVRソーシャル上を探索しても1つも見つからなかった。その意味では、男はからっぽだった。この世界に生まれ落ちてしまったこと自体が不幸という他ない。

だが、男は誰よりも満たされていた。それもまた、間違いがない。

そんな感情の居心地の悪さから、つい口を出てしまう言葉が「お前AIじゃないよな?」なのだろう。 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?