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54 バーチャルアイドルとの最終決戦

 千歳が仮想空間にログインすると、その日の仕事場に意識が直送された。

 さっそく仕事が始まるらしい。

 あと1時間程度でアクセス用の一般パスが解放されて、ライブ会場に人がなだれ込んでくるのだが。

 偉い人の説明によるとサーバーには多大な余力がありアクセス過多によるサーバーダウンは起こりえないと言っているが、それ以外にもライブにトラブルが起きる可能性は0にできないとも言っていた。

 まあ、人間がやることはどうあがいても完璧にはならない。

 それなので、ライブに参加している人の善意によって支えられているだけの砂上の楼閣がこれから出現するのだ。

 千歳はそれが危なっかしいものに見えて仕方がない。

 警備員に控室は用意されていなかった。

 ただ、廊下の片隅にクラスメイト全員が集められただけだった。

 舞台と観客席以外はどうでもいいと言う設計思想なのだろう。

 まあ、黒子の扱いなんてそんなものだが。

 今日の先生はアバター姿になって表れた。

 先生が表示されるディスプレイを用意できなかったそうだ。

 先生
「というわけで、今日も仕事を頑張りましょうか。ところで、明日は給料日かつクリスマスですね、資本主義の奴隷諸君は何を買うか決めましたか? 先生は恋人にプレゼントを買うつもりです。では、皆さんもお仕事を頑張ってください」

 そう言って先生のアバターは消えた。

 どこかのモニターからライブの様子を見ているようだが、今日も来場者対応の役割分担が行われた。

 千歳と梓は西ゲートからの来場者の誘導、唯と榛は西ゲートから入ってきたところから右に曲がるポイントにカラーコーンを設置して待機、篝は物販の付き添い。

 四季は西ゲート全体をモニタリングする役割についた。

 これを言っては何だが、仮想空間で酒を大量に摂取することはできないが、現実世界で酒を多量に摂取した後仮想空間に来ることはできるわけで。

 今日がお祭りの日であることを考えるとおかしな動きをするアカウントは数名現れるだろう。

 常に正気を保つのは凡人には難しいところがあるが、正気を失いたければコップ一杯の蒸留酒で簡単に失えるのが現実の厳しいところだ。

 しばらくして、来場者が流れ込んできた。

 案外来場者は大人しく客席へと流れていくのだった。

 千歳の見立てでは多少は暴れる人が現れると思ったが、そんなことはなかった。

 千歳
「みんな大人しいなあ。どこで訓練を受けるんだろう?」

 
「さあ、意外とそんなものじゃない? 人間って生まれつき善意を持って生まれてくるから」

 千歳
「意外とそんなもんか」

 千歳は梓の言葉をさらっと流したが、梓は何か大切なことを言っているような気がしないでもない。


 来場者の誘導が終わると、一同はライブには興味を示さず、廊下の片隅に集まるのだった。

 そして、クラスメイト達が千歳を囲んだ。

 が、その時、その輪を払いのけて、あるアバターが千歳に話しかけた。

 千歳
「なんでしょう?」

 プロデューサー
「初めまして、モニカのプロデューサーです。実は、モニカがあなたをステージに招きたいと言っていまして。ついてきてもらいますよ」

 千歳はアバターに連れられてなんとモニカが歌って踊っているステージに転送されるのだった。

 そこでは、数千人の観客が見守る中、バーチャルアイドルのモニカが笑顔で千歳を迎えている場だった。

 モニカ
「みんな、この人がね、私が応援してる政治家を守ってくれた千歳君だよ。みんなで拍手してね」

 すると、拍手が会場から巻き起こった。

 が、千歳は事の真相全てを知っている。

 モニカ
「はい、マイクをどうぞ。詠子さんを守った英雄さん」

 モニカは千歳にマイクを渡した。

 千歳は状況を瞬時に理解した。

 このアイドルは親会社がマネージメントしているアイドルだ。

 だから本田詠子の誘拐事件ともつながっているし、それを守った英雄を称えるのも茶番劇でしかない。

 初めから自作自演なのだ。

 だから、千歳はそのマイクを受け取ってこんなことを話した。

 千歳
「こんな茶番劇ふざけてる! 本田議員の誘拐を企てたのはほかでもないこのアイドルの親会社だ。俺に命中した弾丸の痕跡とブラックマーケットで購入されたゴーストガンの痕跡が一致してる。その銃を購入したのはこのアイドルの親会社だ。この際だからはっきり言おう、皆さんは踊らされてる。企業に。こんな茶番劇をやってまで政治を操作したいんだ、この会社は。日本の政治はとっくの昔に企業組織が牛耳ってるんだ。それに早く気付くんだ」

 この時、モニカの表情がぽかんとしていたのを千歳は見た。

 予想外の声が返ってきたと、モニカは思ったのだ。

 モニカ
「でも、千歳さんは生まれつき親がいないんだよね。今回の法律が通れば、千歳さんには新しい親ができて、新しい家族ができるんだよ? それって素敵なことじゃない?」

 千歳
「そうかもね。ただ、やり方が暴力的すぎる。どうせ本田議員を誘拐してニュースのトレンドに入れるのが目的なんだろう? 昔から戦争でよくある英雄を死なせて兵士たちを奮い立たせる手法だ。そんなやり方をしてまで法律を制定したいか? やり方が悪すぎる」

 モニカ
「そっか、ふーん」

 モニカは舞台の上で千歳とほんの少し距離を置いた。

 千歳
「ところで、どうして俺が生まれつき親がいないとか知ってるの? 権力で情報を吸い上げたのか?」

 モニカ
「教えてあげられませーん、ファンの皆が見てるからね。そんなことより、千歳さんに一つ質問をしようかな?」

 千歳
「なんだい?」

 モニカ
「千歳さんは何をもってして善と悪を区別しているのかな?」

 千歳
「え?」

 モニカ
「私は知ってるよ、千歳さんが普段から何をしているのか。どんなことをしているのか。そのうえで、千歳さんは会社がやってることを否定するんだ、面白いね」

 千歳
「何を言ってる?」

 モニカ
「別に、千歳さんに私の言った言葉が刺さったならそれでいいんだよ?」

 モニカは何か千歳の核心に迫る情報を握っているようだった。

 舞台の裾で、プロデューサーがモニカに引くかどうか確認する仕草を見せたが、モニカは千歳と相対すると決めたようで、千歳との対話を進めるのだった。

 モニカ
「思うんだけどさあ、今のこの国は子供をただの道具だと思って労働に駆り出しているわけだよね。それが子供が育つうえでどのくらい悪影響か千歳さんは知ってる?」

 千歳
「確かに、悪影響だと思うね」

 モニカ
「だから子供のことを真剣に考えてくれる議員の存在はとっても大切なんじゃないかな?」

 千歳
「そうだね。だけど、だからと言って誘拐していいわけじゃない。それはわかる?」

 モニカ
「わからないなあ。子供への扱いの国民の注目度がどのくらいだか知ってる? 子供のことを真剣に考えている大人なんて1パーセントもいないんだよ。大半の大人は子供がいないし、子供の教育に悪いから規制を敷こうとする人は子供を口実に使っているだけで、実のところ何も考えてないなんてよく言われていることじゃない。だから大きなニュースにして注目度をあげて、支持を一気に獲得する必要があるんだよ、それはわかる?」

 千歳
「それは、ただの暴力だよ」

 モニカ
「そうだよ。ただの暴力だよ。でも暴力以外の何で解決できるの? 子供のことを真剣に考えようって今まで何十年も言われてきたことじゃない。それなのに、最近の大人は近頃の若いものはとか言うよね。エジプトの壁画から同じような言葉が出てきたのは知ってる? そう、人類史をいくらさかのぼっても子供は社会のおまけでしかなくて、どれだけ説明や説得をしても子供のことを考える人はマジョリティにならないの。いい? 私たち子どもは今までの歴史の中でずっと虐げられてきて、話し合いをいくらしても解決しないって、今この瞬間、話し合いが通じないという今この瞬間が話し合っても無駄なことを証明し続けているんだよ。そんな現実があるのに、千歳さんは暴力を否定できるの? 現実から逃げるのやめたら?」

 千歳
「くっ」

 千歳はここでこの相手には勝てないだろうな、と理解した。

 モニカには背後組織に千歳の謎の組織よりもはるかに強大な企業の力を借りているのだ。

 そんな相手に勝つことなんて不可能だった。

 モニカ
「私はね、いいことと悪いことの差は、多くの人が賛成してくれることが正義で、少ない人しか賛成してくれないことを悪と思ってるんだ。だから、千歳さんがいくら正義を主張したところで、私にはここにいるファンの皆がいる。だから千歳さんはどれだけ正しいことを主張しても誰にも受け入れてもらえないんだ。さらに私の背後には大企業が控えてるし、お金もたくさんある。ね、正しいことの根拠はこれだよ。だから、千歳さんがいくら真実を告発したところで、千歳さんが正しくなるわけじゃない」

 千歳
「それはどうかな?」

 モニカ
「ふーん、否定するんだ」

 千歳
「否定するね」

 モニカ
「じゃあ質問だけど、千歳さんはいい人かな?」

 千歳
「そうだね、いい人だと思う」

 モニカ
「じゃあ、子供たちが幸せに暮らせる世の中になるのは当然賛成だよね?」

 千歳
「そうだね」

 モニカ
「じゃあ、子供たちが幸せに暮らせるようになる法律が作られるのを止めるのはいい人のやることじゃないと思うんだよね。さっきと言っていることが違うじゃない。千歳さんはいい人なのに」

 千歳
「ああ、そうかい。だからと言って違法な行為をしてまで法律を通す必要はないだろ」

 モニカ
「今は千歳さんの話をしているんだよ?」

 千歳
「ふーん、そうか、そうか」

 モニカ
「じゃあ、こうしようか。千歳さんは暴力を使ってまで子供を幸せにする必要はないってみんなに説明して、千歳さんが正しいかどうかみんなに投票してもらおう。それでいいよね?」

 千歳
「わかったよ。その誘いに乗る」

 モニカ
「その代わり、千歳さんは半数以上を説得させられなかった場合、重いペナルティを負う。これでどう?」

 千歳
「受けて立とうか」

 モニカ
「じゃあ、千歳さんの話を始めていいよ。この会場の人たちを説得してごらん?」

 千歳は来場しているモニカのファンに向き合う。

 そして、ほんの少しの間をおいてこう話した。

 千歳
「最初にモニカさんは自分のことをいい人かどうかと尋ねました。それを自分は肯定しましたが、残念ながらあれは嘘です。自分は悪い人間です。正義の定義と言うのは確かに相手よりも強く力があり経済力や人気で上回っている人間の手に渡るものです。相手を叩き潰し屈服させ逆らうものは根絶やしにしていく。争いに勝利した人たちこそ正義の正体です。そう、相手に勝つことでしか正義というのは証明できないのです。しかし自分は違います。自分は最初から悪です。悪は正義が言うところの平等や安心、安定などはありません。しかし、自分の掲げる正義に反したからと言って排除されるということもありません。正しさを掲げる人たちから攻撃されることもありません。根絶やしにされることもありません。皆さんはどうでしょうか? この世界が正義で覆いつくされたとき、安心した暮らしを手に入れられる立場にいるでしょうか? 悪は正義ではありません。正義ではありませんが、多くの人を受け入れることができます。それは決して美しい世界ではありませんし、混沌が極まった世界でしょう。しかし、悪が世界を覆いつくしたとき、正義とは真逆にありとあらゆる人々が受け入れられるんです。強いことでしか正義が証明できないなら、皆さんの中の弱い人たちは正義に受け入れてもらえません。自分が掲げる悪は、そういった人たちを守ることも十分視野に入れてします。だから、モニカさんが言うところのどちらが正義であるか、という話に乗る気はさらさらありません。そんなことより、自分は自分の身内や友人を助けることを、モニカさんが言うところの悪と定義されることであってもやり遂げたいと思います。それにはこの会場にいる弱い立場にいる皆さんも含まれています。自分が正義に属せない弱い立場の人間であると自負するなら、この私の正しさを肯定してください。以上です」

 会場は静まり返った。

 そして、観客の見ている画面にアイコンが表示され、千歳を支持するか否かの投票が行われた。

 1分後、1000人いた観客から回答が返ってきた。

 千歳を支持する、59票。

 千歳を支持しない、196票。

 その表示が出た瞬間、千歳の意識は、ぷっつりと途絶え、少しも動かなくなり、10秒と経たないうちにステージから消えた。


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